154 こんなザルみたいな その1
「きゃぁぁぁぁ、助けてぇぇ! 誰か! 誰か助けてぇぇぇ!」
ウルガー、あっちだ、あっちから悲鳴が聞こえるぞ!
俺達は悲鳴のした方向へとひた走る。
何が起こっているのかと言うとだな――
事は数日前に遡る。
とある辺境の村から森の奥で得体のしれない巨大なグロリアを見かけたので調査してほしいとの依頼が騎士団に届いたのだ。
騎士団は他の件で忙しく、騎士団に任せたら調査は一か月後になりそうなことと、依頼にはぜひとも自由騎士ウルガー様に来ていただきたいと名指しの記載があったので、俺達が予定の合間を縫って調査に出かけたのだ。
いつもどおりウルガーの跳躍で現地に到着したのだが、現地の村長さんはこんな依頼は知らないと言い出して。
誰かの悪戯と判断して帰ろうとしていたところ、せっかく来たので観光をしていくとよいじゃろうと森の中にある伝説の湖の話をし出した村長さんと、面倒くさいから帰ると言い出したウルガーと、湖の話に食いついたレナとで。
そんなわけで森の中に入って湖を目指していた所、この悲鳴だった。
草木をかき分けて獣道を全力疾走する。
俺たちの中で一番体の大きなウルガーが先頭で枝葉を手刀で払いながら進み、ケロライン、レナ、俺と続く。
どうやらウルガーの手からは衝撃波が出ているようで、迫りくる木の枝も遠距離カッティング。普段走っているのと何ら変わりないスピードが出ている所、つくづく人間技じゃないって思うよウルガー。
「きゃぁぁぁ、きゃぁぁぁ、きゃぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が一段と大きくなってきた所で俺達は森を抜け、ぽっかりと開けた場所へ出た。
どこだ!
視界を全方向に広げて声の主を探す。
いた!
小さな湖の
岩を背にして座り込んでしまっている人と今にも襲い掛かろうとする巨大な蛇のグロリア。
「スー!」
分かってる、けど、遠い!
ケロラインなら!
ウルガー!
一足飛びでたどり着くには距離があり、俺では間に合わない。
だけどケロラインなら驚異の跳躍力で到着どころか一撃入れてもお釣りがくるだろう。
「……っ!」
おい、ウルガー! 何やってるんだケロラインに指示を!
だめだ、ワンテンポ遅れた。
これならケロラインよりも、先行する形になった俺の方が早い!
間に合うか間に合わないかの瀬戸際。
だが幸いなことに、突然現れた俺達に対して蛇グロリアの意識が一瞬向いて――
俺は蛇ではなく襲われていた人に体当たりよろしく突っ込んでいき――
「ケロライン、回転ドリル脚だ!」
ようやく出たウルガーの指示でケロラインが高さ5mはあろうかという蛇グロリアに蹴りを叩き込み――
俺はと言うと、襲われていた人を勢いよくだがやさしく体内に包み込んで、勢いそのままに背後の岩にぶち当たり、その衝撃の反動を利用して跳ね、蛇グロリアから離れる事に成功した。
ずぅぅぅんと音を立て土煙を上げて地面に倒れ込んだ蛇グロリア。
俺は地面にワンバウンドツーバウンドしてウルガーとレナの後ろへたどり着く。
「ウルガー様!」
「……すまん」
一刻を争う状況でミスをしたウルガーに対してレナのお叱り。
不調なのは分かっているが取り返しのつかない場面でのそれは大事につながりかねない。
だからウルガーも素直に謝罪を口にしたのだ。
今回は事なきを得たのでこれ以上は言うまい。それに、まだ問題が解決したわけじゃないからな。
救出した女性をいつまでも俺の体内に閉じ込めているわけにはいかないので、ぷっ、と吐き出すように体外に排出する。
大きなポンチョのような布を羽織った女性。フードを深々と被りこんでいるが、綺麗にウェーブのかかったショートボブの端っこだけがフードの奥に見えている。
蛇から逃げる際に無くしてしまったのか、両足とも靴を履いておらず素足だ。
「もう大丈夫ですよ」
「は、はい……」
こんな状況なら怯えきって話すことも出来ない場合が多いが、幸いそうではなさそうで。
この調子なら事情が聴けそうだな、と思った所で、倒れこんでいた蛇グロリアが起き上がった。
事情を聴くのは後か。まずはあいつをなんとかしなくては。
太陽の光を浴びて黒光りする鱗。コブラのように膨らんだ頭部に近い部分が特徴的で、腹にあたる前面のうろこは黒くは無くクリーム色だ。
見た目からするとBランクのメガサーペントのようだが、それにしては巨大すぎる。通常のメガサーペントは大きくても高さ2m長さ10mくらいだが、こいつは倍以上の高さ5mに長さなんて30mくらいもありそうだ。
突然変異だったら別種として神カンペには載っているはずなんだけど……見つからないからただ体がデカいだけの可能性もある。
メガサーペントだったら気を付けるのは牙で噛みつかれた際に侵される毒だけだ。
俺でも問題なく戦えるだろう。
問題があると言えばケロラインだ。
グロリアにも天敵や得手不得手がある。カエルグロリアは総じて蛇グロリアが苦手な位置づけとなっている。
さきほどウルガーが一瞬指示が遅れたのはその可能性も無くはない。
とは言え、これまでケロラインは何の影響も無く蛇グロリアとも戦ってきてたから、別に原因があるのかもしれない。
ウルガーの目が若干泳いでいる気がする。
ウルガー自身の問題か?
こちらを視界に収めチロチロと小刻みに舌を出し入れする蛇グロリア。
ケロラインも問題なく動けるとして、さてどう戦うか。
ヘビってのは赤外線を感知するピット器官をもってるから目つぶしは意味ないし。相手が毒を持っていると言う事は強力な毒耐性を持ってるはずなので、状態異常は効きづらいだろう。
変温動物だとすると体温調節能力が低い場合が多いから熱の攻撃は効きそうだけど、神カンペによるとメガサーペントのうろこは耐熱ってことだし……。
まあ深く考えるよりもレベルを上げて物理で殴ればいいっていう言葉もあるくらいだし、全力で体当たりするとしよう。
よし、久しぶりに
サンロードスライム時の技だが、今の俺は輝力を無限増殖させてさらに強力な体当たりが出来るだろう。つまりは五月雨連撃2だ!
ケロラインの攻撃と合わせてクロス攻撃にする算段だ。
俺は突進のためのパワーを得ながら輝力を増幅させるため、体を小刻みに左右に揺らす。
ゴムを長ーく引っ張って引っ張って、そして溜めて溜めて溜めて放す! そんな感じだ。
ケロラインが動く!
よし、行くぞ、くらえ! えっ!?
残念ながら、いつもいつも敵がヒーローの技を待ってくれたりはしないものだ。
俺達が技のモーションに入るよりも先に、メガサーペントは尖った牙の生えた口を大きく開けると、そこからいかにも毒々しい赤い色の霧を吐き出した。
まさか毒ブレス!?
メガサーペントの技にはそんなもの無いぞ!?
しかもこれは!
レナっ!
ヤツの吐き出した毒ブレスは俺とケロラインだけに向けられたものではなかった。
5秒、10秒、20秒。それだけ長時間吐き続けたブレスはこの湖広場一体を真っ赤に埋め尽くしてしまった。
「ゴホッゴホッ!」
この密度そして重さは風が少々吹いたくらいでは消え去りそうにもない。
体にねばりついてくるようなこの毒霧に対して布で口を押えるウルガー、レナ、そして助けた女性だが、その程度で体内への侵入を防げるレベルの物ではない。
俺は呼吸しないから吸い込むことは無いけど……この毒、皮膚からも!
数分の潜水が出来るケロラインも、そのぬめった皮膚から侵入する毒には対処できずにいた。
急いで解毒しなくては全滅してしまう。
一体何の毒だ。神経毒か? 出血毒か?
俺はスライム細胞に侵食してきた毒の成分を分析する。分析と言っても解析装置みたいに答えを教えてくれるわけではない。どんな成分かをいちいち神カンペと照合する人力ならぬスライム
正直なところすぐに答えが出そうにない。
とりあえず解毒は後回しにして、俺の体内に皆をかくまってこれ以上毒を取り込まないようにしないと。
幸いメガサーペントはこの毒霧の中を襲ってくる様子はない。きっと毒で弱り切った所を捕食するつもりなんだろう。
ぬぬぬ、呼吸をしていないとはいえこの毒は俺の体にも影響を与えているようだ。どうにもスライム細胞の動きが遅い。
神経も血も無い俺に影響を与える毒、いや、瘴気が輝力を阻害して活動を鈍らせているんじゃないか? これはつまり麻痺ガスだ。
しまった……もう少し早く気づけば……。
俺は体の自由を奪われ動けなくなり、成す術も無くその場にへたりこんだ。
「くくく、ミーシャの
だ、だれだ……。
どこからともなく聞こえてきた声……。
男の声……。どこかで聞いたことが……。
その瞬間、ブワッと風が吹いたかのように周囲に充満していた赤い麻痺ガスがきれいさっぱりと無くなった。
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