153 メスのほうがきめ細かくてプルンプルンで
自由騎士ウルガー。
集団行動を好まない彼は常に単独行動をとっており、日夜、は言い過ぎだが、まあまあそれなりの頻度でグロリアの絡む難題を解決している。
「ウルガー様、疲れているんじゃありませんか?」
ウルガーの
5歳のころからずっと成長を見守っている自慢の女の子だ。現在は立派な騎士を目指して修行兼奉公中。
今日も今日とてウルガーの
だけど今日は問題を解決してバンザーイと言う訳ではなかった。
レナの言う通り、最近ウルガーの調子が悪いのだ。
どう調子が悪いかと言うとだな……。
そもそも彼自身、相棒であるグリーンフロッグのケロラインに頼らずともAランクグロリアくらいなら余裕で倒せる力を持っている。
BランクやCランクのはぐれグロリアなど指先一つでダウンできるはずなのだが、この前は村のグロリアが襲われて困っているという依頼で退治にいったグレーターハウンド(Cランクの犬型グロリア)の群れとの戦いで何体か仕留め損ねて咬まれそうになったし、またある時は海水浴客に被害が出るかもしれないから退治して欲しいと依頼されたハイドラロード(Bランクのシャチみたいな水中用グロリア)と対峙した時に、反応が遅れて水中でもろに突進を受けて海面まで吹っ飛んでいたし……。
そして今日はというと、危険を察知してたどり着いた場所に大量発生していた
そんなことがあるたびに俺がフォローに入って事なきを得てきたけど……こんな感じでウルガーは調子が悪い。レナが言うように疲れているのかもしれない。
「俺が疲れているだと? どうだほら、シュッシュッ」とか言いながらシャドーボクシングを始めたウルガー。
いきなりシャドーボクシングを始める辺り、疲れてる証拠なんじゃないかって思うけどな。
「私、いいお店知ってるんです。きっとウルガー様もリフレッシュできますよ」
いかがわしい店の話ではない。夜ごはんの話だ。
レナによるとその店は王都内ではなく今いる場所の近くの町にあるらしく、まあ飯くらいなら寄り道してもいいだろうと言う事でみんなしてその店へと向かった。
◆◆◆
――キィキィキキキキキ
――ウォウンウォウン
――ジジジジジ
「おい、おやじ、酒だ! 酒もってこい!」
「こっちにはビッグキューカンバーを頼むぜ!」
騒がしい……。
レナおすすめだという店は酒場だった。
「お嬢ちゃん、子供は入れないよ」と入店を断られたものの「保護者同伴だからいいでしょ」とウルガーを前面に押し出して入店したのだが……。
「見て見ろよ、おれのクロちゃんの毛並みを、漆黒で吸い込まれそうだろ!」
「いや、おれのぬらぴっぴだって負けちゃいねえ。この全身を包む粘液の崇高さよ!」
皆が皆、酒を飲んで上機嫌になりながら自分のグロリア自慢をしていたかと思うと、
「ほーら、ジャブ。お前の好きな【人参入りハンバーグ スララ風濃厚ムースを添えて】だぞ」
「美味しいか? 味わって食べるんだぞナチ。なんたって俺の普段の食事よりも高いからな。まあ、たまのことだから奮発するさ」
別のテーブルではグロリアに贅沢ご飯を食べさせて労っている
「うわぁ、雑誌に載っていたとおりね。グロリアが大好きな人たちが集まる隠れ家的な名店なんですよ。一度来てみたかったんですよね!」
目をキラキラさせて嬉々として語るレナ。
隠れ家的と言うには騒がしすぎる気がするけどな。
「ほらウルガー様、ここではグロリアと一緒にご飯を食べるのがマナーなんですよ。ケロラインを出して出して」
レナの勢いに押される形でウルガーはクラテルからケロラインを呼び出して。俺はもともとレナに抱っこされているから問題なくって。そうして夜ごはんが始まった。
「ほらスー、あーん」
いつも言ってるけど俺は口が無いからあーん出来ないんだが。
「ケロラインもあーん」
ウルガーが適当に注文した【ヤングヘロンフィッシュのスードゥウェンド揚げ】なるものをケロラインの口に持って行くレナ。ケロラインは舌を伸ばしてそれをくるりと回し取ると、もっしゃもっしゃと食べていた。
レナの前には何故かケーキが並んでいる。ウルガーのおごりだから思いっきり食べるらしい。ウルガーはと言うとジョッキに入ったビールのような酒を飲みながら、先ほどケロラインのために頼んだ魚の揚げ物をちょいちょいつまんでいた。
ウルガーよ……それグロリア用の料理だからな。
そんなこんなで夕食を満喫していた所――
「お、兄ちゃん、そのグリーンフロッグいい体してるじゃねえか」
頭にターバンを巻いた髭面のおっさんが近寄ってきた。
「なんだあんたは?」
酒をぐいっと飲みながらウルガーはそのおっさんをにらみつけた。
「おっとそう睨むなよ。ただのグロリア好きの男だよ。それよりもこのグリーンフロッグ凄いな。ガルオーンを思わせるような鍛え抜かれたその後足に、その腕の細さながら上位ランクグロリアも物ともしない攻撃をくりだしそうな腕。見た目には分かりづらいが皮膚の下にはみっちり鍛えこまれた筋肉が詰まっているんだろう。どれ――」
おっさんがケロラインに手を伸ばした。
――パンッ
その手をケロラインの舌が叩いた。
「おっと、失礼。レディーに断りも無しに触れるなんて紳士のすることじゃなかったな。許して欲しい。我を忘れてしまうほど君の鍛え上げられた肉体がすばらしいってことなんだ」
ほう。初見でケロラインがメスであることを見抜くなんてな。
なかなかの
うおっと!
「おじさま、私のスーも見て見て。ほら、凄いでしょ!」
レナがいきなり俺を持ち上げ、ターバンおじさんの目の前に掲げた。
「うーん。まあまあ凄いな。でもオスだからなぁ。メスだったら満点だったな」
「なによ、オスとかメスとか。おじさまの変態。スーは凄いんだから!」
カエルよりも難易度の高いスライムのオスとメスを見分けるなんて何気に凄いおじさんだな。グロリア好きが集まる酒場、伊達じゃないな。
「そうは言うけどなお嬢ちゃん。スライムはオスメスで少しだけ手触りが違うんだよ。メスのほうがきめ細かくてプルンプルンで――」
「ふーんだ。おじさまには分からないのよ。いいもん他の人に自慢してくるから」
お、おいレナ?
レナは俺を担ぎあげると酒場の前方に設置されているお立ち台に向かって走り出し――
「この子は私のスーです! スーはスーパー凄いスライムなの!」
お立ち台に先に登っていたひょろっとしたお兄ちゃんを押しのけて俺の宣伝をし始めた。
「おー、なんだ嬢ちゃん、飛び入りか?」
「いいぞー、ピーピー!」
「んっふっふー。スーの力を見せてあげる! スー、火炎放射よ!」
ちょ、ちょっと待つんだレナ。店内で火を吹いたら火事になるぞ!?
何かレナの様子がおかしい。
もしかして、おっさんたちが飲んでる酒の匂いにあてられて酔っぱらっているのでは!?
「どうしたのよスー。ほら自爆よ自爆、ふふふ!」
いやいや、自爆とかやったことないよね。これはもう完全に酔ってる。目が据わってるし。
ほらレナ、降りて降りて、ちょっと店員さんに水貰って外に涼みに行こうな。
ん? ケロラインに引っ付いてたターバンのおやじ、店の外に出ていくぞ。もう帰るのかな。
「ヤダヤダヤダーっ! もっとスーの自慢するのー!」
はいはい分かったから。さあ行こうな。
足元がおぼつかなくなってきたレナを俺の上にのせて、とりあえずウルガーのいるテーブルまで輸送する。
「ふえー。あれーうるがーさま。へんたいおじさんは?」
「なんかよくわからんが、俺の名前を聞いて帰って行ったよ。って、うわ、なんだこいつ酔っぱらってやがるのか?」
どうやらそうなんだよ。やっぱりおこちゃまに酒場は早かったんだ。
しかたねーなぁ、と言いながらしぶしぶ水をもらいに行ったウルガーに、チルカなのにレナが迷惑かけて申し訳ないと思う俺だった。
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