152 人間の俺とドラゴンのレナと、そして…… その2
「いくぞ! もごっち、ピクサ、
ふる、なに??
何が始まるんだ!?
あっけにとられた俺の目の前。
怪しげなオーラを纏って宙に浮かぶ箱。
その横で
箱の中から現れたのはなんと――
「よ、鎧! しかもあの鎧は!」
見たことがある。ていうか、レナと俺がマーカスパパの誕生日にプレゼントしたあのブルーメタル全身鎧だ。
「はっ!」
鎧の登場に驚いているとマーカスパパが気合を込めた声を上げる。
するとパパの体がスッと宙に浮き始め、同時に箱に鎮座していた鎧が弾けてガントレットやブーツなどのパーツに分かれたかと思うと――
「ふっ! ふっ!」
腕を突き出したポーズのパパにふわふわ飛んでいったガントレットが装着され、ばばっと風を受けるポーズになったパパにチェスト部分の鎧が装着され、足に、肩にと、変わる変わるポーズを変えるパパに自動で鎧が装着されていく。
それを成し得ているのが終始光りっぱなしの
なんというか、星座を関した闘士が身に着けている鎧の装着シーンを思い出す。
これ、相当練習したんだろうなぁ。
関心して見ているうちにフルフェイスの兜を身に着け終え、マーカスパパはガシャリ音を立てて地面に着地した。
「もごっち!
俺と同じくぼーっとパパを見ていたモゴン。
パパのセリフを受けワタワタしながら口を開けると、その漆黒の穴から一振りの剣が射出され……驚くことに、パパは後ろ向きのままでその飛んでくる剣を左手でキャッチし見事受け取ったのだ。
すらりと鞘から剣を抜き放つマーカスパパ。
「か、飾りじゃないのか!?」
この世界、人間対人間の戦いが起こらないので現在では剣は刃の無い美術品としてしか存在しない。だけどパパの持っている剣はそれとは違い、殺傷能力がある刃が光っている。
「私が大金をはたいて異国から取り寄せた剣だ。娘に言い寄る男達を抹殺するためにと用意していたものだが、こんなところで役に立つとはな」
「ま、待ってください、本当に誤解なんです、俺は下着泥棒でも不審者でもありません!」
「ええい、黙れ。悪人はみんなそう言う。多くの人間を見てきた私だ。嘘か本当かなど見破るのはたやすいわ。そこで大人しく真っ二つにされろっ!」
金属の鎧がこすれる音を立てながら、マーカスパパは両手持ちした剣を高く掲げ、俺を真っ二つにするために踏み込んで来た。
動きは素人くさい。本職の騎士ではないからそれも仕方ないのだが、とはいえ刃物を持った大人には間違いない。いつもの俺なら余裕で無力化出来るのだが今は人間。体の動きも遅いし特殊な能力も無い。
仮に斬撃を防ぐためにパパ本体へ攻撃しても、俺達の自信作である全身鎧に防がれてしまうだろう。
回避だ回避! それ以外の選択肢は無い!
「きえぇぇぇぇぇ!」
気合の入ったパパの声。
上から迫る斬撃を回避しようとした瞬間、俺は後ろの布団の下にレナを隠していたことを思い出した。このまま避けると斬撃がレナに当たってしまう。
ぐぬぬ、やるしかない、やるしかない!
「真剣白刃取りぃぃぃぃ!」
上から襲い来る刃に対して、タイミングを合わせて両手のひらで挟み込んで攻撃を無効化する日本古来の技だ。
難易度が高く、実際に出来るようになるまでにはかなりの修練が必要とされる。素人が見よう見まねで出来るはずもなく、ましてや人間に戻りたてで体の動きが怪しい俺が出来るかっていうと――
「な、なんだと!? 手の平で受け止めたぁぁぁぁ!?」
考えるんじゃない感じろ。
俺が背負っているのは自分の命だけではない。もっと重要なレナの命を背負っている。失敗など許されない。
つまりはレナへの愛で白刃取りを成功させた。
「マーカスパパ聞いてくれ!」
「ぐぬぬ、剣が動かん! ええい、放せ、放さんか!」
「俺はスーだ。朝起きたら人間になっていたんだ」
「ええい、戯言を!」
聞く耳持たないか。それもそうだ。俺が逆のパターンでもそうなる。大体スライムが人間になるなんておかしいんだよ。
などと言っている場合ではない。
なんとか俺がスーだって分かってもらわないと!
「その鎧、レナと俺がプレゼントしたものだ。1700度の炎にも耐える事が出来るし破損の自己修復と装備者自動回復も出来る優れものだ」
「それがどうした。そんな事は私が街中に自慢しているから誰でも知っている話だ!」
くそう、このネタではダメか。なら……。
「ブライス家とノイエンバッハ家が協力して秘密裏に立ち上げた【レナとジミー君をくっつけようの会】だけど、何度か大型事案を実行に移したものの一向に進展が無く暗礁に乗り上げている!」
「な、なぜそれを! い、いや、それを知っているからと言ってお前がスーだとは言えない。ノイエンバッハ家から情報が漏れた可能性があるからな」
くっ、このネタでもだめか!
こうなったら――
「
俺の発した言葉を聞いて、マーカスパパはピクリと動いた。
「ご存じですね、季刊鎧ガール。
鎧に身を固めた美女達がこれでもかと掲載されている雑誌で、中にはビキニアーマー、もとい騎士初心者用鎧を身に着けた少女も載っている男性鎧マニア御用達の雑誌。年4回発行されるそれは鎧に全く興味のない人が見たら禁書扱いされること間違いなしのもの。
それはもちろんレナやライザママも例外ではなく、暖炉の裏に隠してあったものをレナに見つかって、家族会議が開かれましたね」
「そ、そんな事はない」
「俺もその場にいたから知っていますよ。普段温厚なライザママが激怒してパパは怒りを鎮めるために土下座して。二度と買わないという誓いのために涙しながら雑誌をビリビリに破り捨てましたね。どうですか? おれがスーだって信じてもらえますか?」
「ぐっ、ぐむぅ……」
パパが剣に込める力が弱まった。
「確かにお前はスーなのかもしれない……」
「分かってもらえてよかったです」
パパが剣を引こうとしたしたので、俺も白刃取りを解く。
誤解も解けたようで一安心だ。
「だがな……いくらスーだとしても人間としてそれを知っている以上生かしてはおけんっ!」
俺を油断させるためのフェイク!
剣を奪い返し真実を知ったものを惨殺するための二の太刀!
もう一度白刃取りをするしかない。
星座を抱いた闘士には一度見せた技は通用しないというジンクスが頭の中をよぎった。
「とった!
「くぴぃぃぃぃぃ!」
絶体絶命のピンチ。
だが俺の頭に刃が届くよりも速く、布団の中に隠れていたレナ竜がパパへと体当たりをぶちかました。
堅い物同士がぶつかる音が響き渡り、後方へとぶっ飛ぶパパ。
思いっきり壁に叩きつけられて、よくある壁にひびが入るシーンを実演したが、鎧があれば怪我はしていないだろう。
「な、なんだこのグロリア。うわぁ!」
「くぴっ、くぴっ、くぴっ!」
倒れたパパに馬乗りになってガッシガッシと鎧を叩き続けるレナ。
人間用の爪切りで全く傷がつかなかった硬度のドラゴンクロ―が鎧を削り、思った以上に力のあるレナのパンチが鎧をボコボコにしていく。
「レナ、ストップ、すとーっぷ!」
俺は素早く駆け寄ると、暴れるレナを腕で持ち上げてマーカスパパから引きはがした。
「くぴっ! くぴくぴっ!!」
俺の命を狙う不埒者には天誅を、と言わんばかりにたけるレナ。
じたばたと暴れるレナをどうにか静めようとしている時――
「あら? 不用心ね。ドアが開いてるじゃない。アナタ~、いるの~?」
げっ! あの声はライザママ!?
ちょっとこの修羅場に新たなプレイヤーはお呼びじゃないよ!
トントントンとこちらに向かって来る足音が聞こえる。
まってまって、こしみの、こしみの!
「あら?」
なんとか布団のシーツを腰に巻き終えたところに現れたライザママ。
「いや、その、あの……」
娘の寝室にいるシーツを巻いただけの上半身裸のおっさん。そしてきゅいきゅいと鳴くピンク色のドラゴン。夫であるパパは全身鎧を身に着けて床に倒れている。
なんの言い逃れも出来ない現場。
「あらスー。随分とイケメンになって。レナも久しぶりね。元気にしてた?」
「へっ?」
「変身して潜入工作とかするのかしら。
「えっ、あの?」
ニッコリほほ笑んで人差し指を立てる仕草をするママ。
何が、何が起こっているんだ?
修羅場が一層の地獄になるんじゃなかったのか?
「ほらアナタ。レナ達はお仕事なんだから邪魔しないの。そもそも私達も大事な商談に向かうところでしょ。レナに会うのは終わってからって約束したじゃないの」
倒れて返事が無いパパの様子を見たママ。
いつの間に鎧を持ち出したのかしら、きつくお灸をすえる必要があるわね、と呟いて――
「それじゃあねレナ、スー。何日かしたらまた来るわね」
ライザママは
俺達は呆然と立ち尽くすしかなかった……。
レナはきゅいきゅいと前足を振っていたので、呆然としていたのは俺だけだったようだが。
◆◆◆
嵐が過ぎ去ってしばらく。
ライザママに服を買ってきてもらえばよかったのでは?
とその後気づいたりしたものの、結局問題は解決せず……どうやって外に出るか考え続けているうちに夕方になって夜になって。
そうこうしているうちに何事も無かったかのように俺はスライムに戻って、レナは人間に戻って。
あっけなくチェンジ状態事件は解決に至った。
あまりの疲労・心労から俺はしばらくの間ぐでんと水溜まり状態になっていたし、レナはと言うとドラゴンになっていた時の事を思い出したのか顔を真っ赤にしてうーうー唸りながらベッドの上で足をバタバタさせ続けていた。
この件については絶対に他言してはならないとレナから箝口令が敷かれたが、そもそも俺はスライムでしゃべれないから箝口令も何もなく、後日商談を終えたパパとママがやってきた事で箝口令は水の泡と帰した。
パパはママにこってりと絞られたようで終始無口だったが、ママは俺の人間姿がいかにイケメンだったか、自分があと10歳若かったら放っておかなかったなどと言いだしてパパをハラハラさせていた。
そんなママの話を聞いて人間状態の俺の姿を思い出したのか、レナはまた顔を真っ赤にしていた。
それからというもの、俺の修行メニューに人間に変化するための訓練が追加されたのは余談となる。
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