150 ドラゴンボディの危険個所
倒れた俺の胸の上に乗ったままのレナ竜。敵意は無く愛情表現だと分ったのでホッと一安心なのだが、それが分かったのなら分かったで今まで気にならなかった部分が気になるというもの。
今までは死の恐怖と戦っていたから置き去りにしていたのだが、俺の上に乗っているドラゴンお嬢様は実はめちゃくちゃ重い。
大きさ的にはいつもの
なんていうかずっしりしてるっていうか身が詰まっているっていうか、生き物じゃなく鉄の塊じゃないかと思える程。
とにかくそれほど重いピンクの物体が俺の胸の上に全体重をかけているので俺はたまったもんじゃない。
先ほどそれを指摘したところ、牙を剥いて威嚇されました。
どうやら逆鱗に触れたようです。竜だけに。
ドラゴンになっても、体重の話はトップシークレットという女の子の心は忘れてないんだね。
そんなこんなで、レナの頭をなでなでしたり、ベロンベロンと俺の顔やら体やらを嘗め回されたりと、それらをレナが満足するまで続けたところようやく俺の上からどいてくれた。
取り急ぎ、レナの唾液でべっとべとになった体を風呂で洗いたい。
もともと素っ裸なので即風呂にINできる。
俺はそう思って風呂へと足を進めたところ――
「くぴぃぃ」
「あだだだだだだだだ! ちょ、レナ、まじ痛い。爪が、爪が肩に食い込んでるって!」
レナが俺の背中に飛び乗ってきたのだ。
急激にかかった重さと痛みによって俺は倒れこんで悶絶する羽目になり――
「きゅいきゅい」
「ひぃぃ、しみる、しみるぅぅぅ!」
追い打ちとばかりに肩にできたひっかき傷に唾液を塗りこまれた。
なんというむごい仕打ち……と思っていたら徐々に傷が小さくなっていき、とうとう消えてなくなって。元からそこには傷が無かったかのように治癒してしまった。
これがドラゴン12不思議の一つ、ドラゴンズサライバというやつか。
ドラゴンの唾液には治癒効果があると語られているやつだ。
実際色々な書物にそう記載されているが、そもそもドラゴンの召喚事例が少なく詳しい情報は少ない。
だけど俺は知っている。ドラゴンの種類によって唾液に治癒効果があるものとそうでないものがいる事を。もちろん神カンペさんの情報だ。これによってレナが何ドラゴンなのかを結構絞れたのだが、まだ確定には至っていない。
レナの種族の事はさておき、追加で唾液を塗りたくられた俺はなおの事風呂に入らなくてはならない。
だけど俺が移動しようとするとレナは俺の背中に飛び乗ろうとしてくるのだ。
どうやらレナは俺が一人でどこかに行ってしまうと考えているようで、俺が動こうとする度に一緒に連れていけとばかりに飛び乗ってくる。
レナの考えに気づけたのは大きな進展だ。
レナが何を言いたいのか、何を考えているのか。
よーく心を集中すればそれがぼんやりと分かる事に俺は気づいたのだ。
これはもしや
俺がスライムの時、俺はレナの言葉を完全に理解していたけど、レナとしては俺がしゃべらないからこんな感じで俺の思いを理解していたのだろう。
レナが俺から離れたくないのが分かったので、いつもレナが抱っこしてくれるのとは逆に俺がレナ竜をだっこして、そうして風呂場へと向かった。
抱っこされて喜ぶレナを連れて風呂場に到着した俺。
そこで重要な事に気が付いた。
「お湯、どうするんだ……」
この世界は蛇口をひねったらお湯が出てくるわけではない。
お風呂と言えばどこかで沸かしたお湯を風呂桶に入れる必要がある。
水は風呂場に引っ張っているので水は出るのだ。
だからいつもは風呂桶に入れた水を俺が灼熱パワーで沸かして適温にしていた。
その俺が人間になったということはお湯にはありつけない。
「くぴっ」
「ぶわっ! ちょっとレナさん!?」
レナ竜が給水口をいじりだした結果、水が吹き出して俺の顔を直撃した。
唾液まみれの上にずぶ濡れだ。
水と言っても常温。それほど冷たいわけでもなく。
ならばしかたないかと、お湯を準備できない俺は水で体を洗う事にした。
「レナ、石鹸借りていいか?」
俺は給水口の前に座ると石鹸を手に取ってそう尋ねた。
そもそもこの家の中の物は全てレナのもの。レナ用の石鹸、レナ用のタオル等々。レナが必要と判断したら自分の物を俺に使ってくれていた。
だけど今俺はそれを自発的に必要としている。
俺がスーだとはいえ、今の俺はスライムではなく人間。つまりは他人と言っても過言ではない。
それに、さっき鏡で見たけど俺の容姿は死んだ時と変わらずの35歳。せっかくなら10代の若い頃の姿だったらよかったのにと思わないことも無いが、贅沢を言ってもしかたがない。
そんなおっさんに自分の物を使われたくないと思うのは、年頃の娘でなくてもそうだろう。
レナだからそんな事は言わないと思うけど、きちんと確認はしておかないとな。
「きゅいきゅい」
ふむ。使うのはいいけど自分も洗って欲しい、と言っているような気がする。
ペタリペタリと歩いて俺の前にやってきたレナ竜。
さあ、さあ、早くと言わんばかりに俺の方を見上げている。
「分かったよ。グロリアでも清潔にするのは大切だからな」
俺は手で石鹸を泡立ててレナの体をなでるように洗い始める。
タオルを使うと竜のうろこに引っかかってボロボロになってしまうだろうから、ここは俺の手のひらでタオル役をやる。
頭、顎の下、肩、脇、小さな翼の付け根、腰、尻尾、足。順番に丁寧に洗っていく。
きゅいきゅいとレナはご満悦の鳴き声を上げてくれるが、これはどうなんだろうか?
レナは本当は人間の女の子で、その肌は男の手が触れたこともない清らかなものだ。あ、家族はノーカンね。
グロリアの俺は家族扱いされてるはずだけど、今の姿はなぁ。
とりあえず倫理的に危険と思われる個所は避けるとするか。すでに全体を洗ってしまった上にドラゴンの体のどこが危険個所か分からないけど。
水をかけながらレナの泡を落としていく。
なんというか、鱗が防水な感じで水をはじいている。さすがドラゴン。
さてレナを洗い終わったのでようやく俺の番だ。
レナのタオルを使うのは気が引けるので先ほどと同様に手に石鹸を泡立てていく。
「くぴっ」
「ん? どうしたレナ。タオルを使っていいのか?」
レナがタオルを引っ張って持ってきたのだ。
まあ使っていいというなら使わせてもらおう。俺はタオルに石鹸を塗りたくる。
「きゅいきゅい」
「ん?」
石鹸を置こうとした隙にレナにタオルを奪われて――
「ひぎぃ! レナ、爪が、爪が!」
レナは俺からタオルを奪うと俺の体に爪を立てたのだ。
「しみるぅぅぅ!」
傷口に触れる石鹸の泡。一度で二度ダメージが入るという拷問だ。
すぐさま患部を水で洗い流すが、そのおかげで水のダメージも入ってしまった。
一体どういうことなのかと思ったら、どうやらレナは俺が体を洗ってあげたように俺を洗いたかったようで。
俺がタオルに石鹸が付けた所まではよかったが、ドラゴンの手でタオルを器用に扱えるわけも無く、無理に実行しようとしてタオルを爪が貫通しそのまま俺の肌をやってしまったと言う訳だ。
レナの厚意はありがたいがこれ以上血まみれになるのは承服できかねるので、自分で洗うからとレナをなんとか説得したのだ。
そんな騒動を乗り越えて、ようやく唾液まみれの体を綺麗にすることが出来たのだった。
◆◆◆
風呂上り、もとい行水上がり。
レナ用に買い置きしていた新品の歯ブラシを借りて歯を磨いていると、レナがきゅいきゅい言いながら寄ってきた。どうやらレナも磨きたいようだ。
レナ用の歯ブラシはあるとはいえ、ドラゴンの手じゃ持って磨くのは至難の業だ。
俺は自分の歯を磨き終えるとレナを呼び椅子の上に立たせ、俺もしゃがんで丁度いい高さになったところで口を開いてもらったが……。
「おぉぉ……凄い歯だな」
ギラギラと尖った歯が沢山並んでいる。ちび竜なのにこんなに歯が鋭いなんて。やっぱり肉を食べるためなんだろうか。奥歯まで尖っていて、これ、すり潰す気が無い歯のつくりをしてるな。
どこから磨くかな……と考えながら、クンブタマというグロリアの樹液から作られた歯磨き粉を歯ブラシに付けていく。
さて磨こうかとレナの牙に歯ブラシを当てた瞬間――
――バキッ
レナの口が閉じた。
「ひぇぇぇ……」
牙によってボキッと折られた歯ブラシ。
奥を磨こうとして手を入れていたら俺の手がこうなっていたかと思うと背筋が凍る。
レナが口の中に残った歯ブラシの残骸をプッと吹き出した。
「あの、レナさん? 急に口を閉じられると歯を磨けないっていうか、危ないっていうか……」
「くぴっ、くぴぴっ」
レナが弁明するには、どうやら口を長く開け続けたので顎が疲れてしまったとのことだった。
確かに俺がじっと歯を見続けていたせいもあるだろう。
とりあえずは同じ轍を踏まないように、口を開くのではなく、いーってして歯をむき出しにしてもらってそこを磨く事にした。
歯ブラシは折れてしまったので俺がさっき使ったものを使って一本一本磨いてあげた。
◆◆◆
歯磨きを終えて。
レナは小さいながらドラゴンであって体中が凶器であることを改めて知った。
おろし金のようなうろこであったり、のこぎりのような鋭い歯であったり。
その中でも最も危険なのが、この短い間で何度も俺にダメージを与えてきた爪だ。
何をするにもこいつを何とかしたい。
そう思ってレナを椅子に座らせて。金属製の爪切りでパチパチやろうとしたのが、爪を切るどころか傷一つつかず、逆に爪切りが壊れそうになったのであきらめた。
やはりグロリアグッズショップで固い爪をもつグロリア用の爪切りを買わないとだめのようだ。
でもドラゴン用の爪切りとか売ってるのかな。ドラゴン自体が珍しいから特注かなぁ。
となると、やすりを使って爪の先を丸くする方法もありかもしれないな。
鈍い色の爪切りをしまい込みながら、そんな事を考えたのだった。
そんなこんなであれこれとレナと過ごしているうちに、いつのまにか朝日が昇ってそれなりの時間が経っていた。
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