149 くさだんごは食べられない
「むにゃむにゃ、もう食べられない……むにゃむにゃ」
レナだめだって、そんなに沢山草をつっこまれても……もちろん食べられるけど過剰摂取はもったいない。えっ、なにそのフォークとスプーンは……。えっ、一度俺の事を食べてみたかったって? プルプルで美味しそうって、まてレナ、俺は食べ物じゃないしそんなに美味しくないと思うぞ。さすがに名前がくさだんごだからって、うわ、レナの目がやばい!
「うわーっ!!」
はあ、はあ……。
「なんだ夢か……」
それにしても酷い夢だった。疲れてるんだろうか……。
でも昨日はそんなに疲れてないはずで……。
昨日グラウ王子の部屋を後にしてすぐにウルガーに担がれて国の端の農村部にいったけど、ウルガーが感知した問題はウルガー自身がパッとが片づけたので俺達にはまったく出番が無くて。
結局、そのままとんぼ返りで夕方には帰ってきたからな。
「水でも飲んでからまた寝るとするか……」
ん?
男の声?
「家の中には俺とレナしかいないはずだが」
ん!?
「あーあー」
…………。
「って、これ俺の声ー!?」
――ズダンッ
「うげっ、いててて。驚いて飛び起きたらベッドから落ちてしまった。いやまて、痛いってなんだよ。俺の体は痛みは感じな――」
何の冗談だ。
痛みの箇所を確認しようと視線を向けると、そこには人間の手があった。
フリフリと動かしてみると思い通りに動く。
もしやと思って全身を確認してみる。
あったのは手だけではない。
足も頭も、そしてどうやら今すっぱだかのようで人間の時以来失われてしまったあれも存在していた。
「人間に戻ってる……」
どういう理屈かはしらないが今俺は人間。
夢じゃないよな? という場合のお約束である頬をつねる行為などしてみたが、痛みを感じる。
痛みを感じる夢を見ているだけかもしれないが、それにしてはこの覚醒感は目覚めている時のものだ。
――ガサガサッ
レナが寝返りをうった音にビクっとした。
この状況はまずいんじゃなかろうか。
夜中のベッドにすっぱだかの見知らぬ男。どう考えても犯罪案件でレナに見つかった時点で詰むことが想像される。
となるとここは見つからないようにこの場を後にして……。
「うわっ!」
ゆっくり立ち上がろうとしたのだが、久しぶりの手足の感覚に慣れないため見事に転んでしまった。しかも思いっきり声を出して……。
レナを起こしてしまっていないだろうか……。
ベッドに掴まってそーっと、静かに目だけをベッドの端から出してこっそりとレナの様子をうかがう。
「…………」
セーフ。布団に動きが無い事から、どうやら目覚めてはいないようだ。
それじゃあ、そーっと、そーっと。
俺はレナを視界に収めつつ、抜き足差し足でゆっくりとその場を後にする。
あれ……? レナはベッドで寝ているよな?
それにしては布団のふくらみが小さいような?
小さいというか、布団が丸くなって膨らんでいるだけのような。
レナはどこにいったんだ? トイレか? そうだったらまずいぞ。鉢合わせしたら終わりだ。
――モソモソ
いや、かすかに音がする。布団の中にいるのはいるのだが、どうもおかしい。
レナ、ちょっとごめんよ。布団をめくるぞ?
俺は布団の端を指でつまんでゆっくりと持ち上げてゆく。
「えええええーっ!?」
朝っぱらから大声を出してご近所迷惑極まりないのだが仕方なかったんだ。
だって、そこにあるはずのレナの可愛いおみ足は見当たらず。
布団の中で見つかったのはレナのパジャマと、それにくるまれたピンク色の爬虫類の姿だったんだから。
爬虫類っていうか、これはドラゴン。
もちろん俺達は子ドラゴンなど飼ってはいない。戸締りは完璧だし、どこかから入り込むこともあり得ない。
そもそもレナがパジャマを脱いでいなくなってしまう事はありえない。レナは露出癖なんてないのだから。
極めつけは、このピンク色のちび竜の持っている輝力がレナのそれと同じだと言う事だ。
8年間ずっと感じ続けている輝力を間違えるわけは無い。
つまりこのちび竜はレナ。そして俺は人間。
「もしかして俺達……入れ替わってるー!?」
というお約束のネタを突っ込むくらい混乱している。
そもそも入れ替わりではない。入れ替わりなら俺が美少女レナでレナが
つまりは何らかの原因で、それぞれの姿が変わったということだが……。
もしかしてとは思うが、昨日の
「くぴ?」
し、しまった、驚きに驚いて声を出しまくっていたので
丸いつぶらな瞳が俺の方を見ている。
「や、やあ、おはようレナ」
俺の言葉が理解できるのだろうか。
元がレナだから出来ると思いたいが。
まてよまてよ、この姿では俺だとわかってもらえないのではないか?
まずは俺が不審者じゃないってことから説明したほうが!?
「くぴぃぃぃぃ」
「ぐえっ」
小さく高い音程の鳴き声を上げながら大砲の玉のように俺に向かって跳びはねて来たレナ。
ピンク色の見た目とは裏腹に硬いドラゴンボディが、何も身に着けていない素肌すっぱだかの俺の胸にぶち当たり……その衝撃になすすべもなく後方へと倒れこんだ俺は、ベッドの端からも転げ落ちて、本日2度目の床とのご対面となった。
「ぐぐぐ……」
胸に受けた衝撃で呼吸もままならない。加えて厄介なことにここ8年ほど感じていなかった痛みが俺の頭の中を支配する。
しかしいつまでも痛みに悶えている暇はない。
レナは俺を敵だと認識している。痛みをなんとか無視してこの場から離れないと……。
「ひいっ!」
床から見上げるベッドの端。そこにピンク色の物体、つまりレナが姿を現したのだ。
殺られる!!
さっきの一撃で分かったけど俺の人間ボディは思った以上に弱い。元のスライムボディならあの程度の体当たりは逆にはじき返して終わりなのだが、そう言う特性を受けついでいるわけでもなく本当に生身の人間だ。
人間の体ってこんなに打たれ弱かったっけ。そりゃあクマに襲われたら死んでしまうわけだ。って達観している場合では――
「くぴぃぃぃぃ」
今から貴様を葬ってやると言わんばかりの咆哮と共に、ベッドの上から俺めがけてダイブするレナ竜。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!」
肺が押しつぶされる。
迷うことなく同じ場所を狙って来たレナの一撃は俺の思考を痛みで溢れさせ、目の前の視界を黒く染め上げた。
チカチカする頭をどうにかしようと考える事が出来るということは、まだ命を失ってはいないようだ……。
だが体は動かない。1撃目を受けた時は座っている状態だったので体当たりの衝撃は後ろの空間に逃げ場があったが、2撃目は床に背を付けていたので逃げ場はなく、床と体当たりとのサンドイッチになって一層ダメージが大きい。
まだ生きているとは言え俺の命は風前の灯火と言える。
胸が痛くて冷たくて重くて。痛みで感覚がおかしくなっている。
特に重さが頭をバグらせている。胸に重くのしかかる重りのような重さ。
ええい、そんな事よりも逃げなければ。
レナは? レナはどこに行った?
痛みにより真っ暗だった視界が徐々にもとに戻りつつある。
「げえぇぇぇっ!」
見てはいけないものを見てしまった。もはやグロ画像。
俺の視界に飛び込んで来たのはレナそのもの。ちょうど俺の胸の上に乗っているピンク色のドラゴンが口を開けその小さく鋭くとがった歯を見せつけた場面だった。
「ひぃぃぃ、食うのか!? 俺を食うのか!? 俺を食ってもうまくないぞ! 肉が欲しいなら買ってくる! だから食わないでくれっ!」
レナがニタァっと笑った気がした。
圧倒的な強者に踏みにじられる感覚。
力無き者は蹂躙される。それが根源世界の真理。
俺はあまりの恐怖に目を閉じた。
そして次の瞬間――
――ビチャビチャビチャ
俺の顔を撫で回すネチャネチャの何か細いものと顔に塗りたくられた水分が奏でるハーモニーが俺の耳へ届いてきたのだった。
い、いったいなんなんだ!
感覚から推察すると、目を閉じる前にちらりと見えたレナの舌が俺の顔を這いずり回っているのだと思うんだが。
「もごごっ!」
恐る恐る目を開けて様子を確認しようとした矢先、俺の口の中にぬるっとした何かが入ってきた。
眼前にはレナ竜の顔がドアップ。
もう間違いありません。レナの口から出た舌が俺の口内を蹂躙しているのです。
おごごごご。く、くるしい。
この苦しさ、酸素か? 酸素が足りないのか? 人間って結構不便だ。
酸素を取り入れるための呼吸。
口が塞がれているので鼻から息をしようとするのだが、鼻もレナの唾液でふさがれていて吸い込むことが出来ない。
いかん、意識が……。
……こ、このまま死んでたまるか。ええい!
俺は口内の唾液を胃の中に流し込み、なんとか確保した気道から空気を取り入れた。
「くぴ?」
そんな必死な俺の様子に何を思ったのか、レナ竜は俺の口内蹂躙をやめると今度はその体を俺にこすりつけ始めた。
「いだだだだだだだ!」
ちび竜とは言えドラゴンのうろこ。某テレビゲームでは一枚の竜のうろこを装備しただけで店売り防具を装備したのと同じくらい守備力が上がる。
そんな強度のうろこだ。俺の柔肌がそんなおろし金のような鱗に耐えられるはずもない。
い、いったい何なんだ?
レナは何がしたいんだ。俺を食いたいわけじゃないのか?
そもそも俺を撃退するのが目的なのか?
舌でベロンベロンに嘗め回したり、体をこすりつけたり……、それってまさにマーキングじゃないか。
もしかして……。
俺はこの体勢でもかろうじて動く両手で、大根おろしを行っているレナの体を左右から掴む。
「くぴ」
それに反応したのか、レナは大根おろしをやめて、頭を俺の手の方に摺り寄せてきた。
こ、これは……。
俺はレナの頭をゆっくりとなでてあげる。
「きゅいきゅい」
高音程の鳴き声を発するレナ。嬉しさを表現しているのだと思われる。
「そうか、愛情表現だ……。最初からレナは俺がスーだってこと分かってたんだな……」
とんだ勘違いをしていた。レナは家の中にいた不審な男を撃退しようとしていたのではなく、いつも以上にぶっ飛んだ愛情表現をしていただけだったんだ。
俺がこの小さなピンクのドラゴンがすぐにレナだと分ったように、レナも俺の事が分かっていたんだ。
冷静に考えれば気づけたはずだが、人間になったりドラゴンになったりとあまりの出来事に冷静さを欠いていたな……。
俺は脱力し大の字になって天井を眺める。
するとレナはもっとなでろと言わんばかりに自分の頭を俺の顔に摺り寄せてくるのだった。
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