147 王子様と秘密のお話 その1

「そんなかしこまった話し方はいらないよ。本当に久しぶり。元気にしてた?」


 えっ!? 久しぶりって!?

 どこかで会ったことがあるっていうのか?

 レナ覚えてるか? 貴族パーティで会ったとか?


 ふるふると首を振るレナ。


 そうだよな。王子の知り合いなんていないよな。大臣の知り合い(服役中)ならいるけど。


「あの……失礼ですがどこかでお会いしましたでしょうか」


「そうか、やっぱり分からないか。うん。じい、下がっておれ」


 かしこまりました。外に控えておりますので何かあればお呼びください、と言ってセバスチャンさんは部屋を後にした。


 人払いが済んだところで、グラウ王子はタンスの中をガサゴソとあさり始め、あったあったと、何かを見つけて取り出した。


「ボクだよボク」


 なんだぁ?

 蝶を模した怪しい青いマスクじゃないか。貴族たちが仮面舞踏会で使うって言う噂のあれ。

 それを王子が着けたってことは、仮面舞踏会で会ったことがあるって言うのだろうか。でも仮面舞踏会なんか参加したことあったっけ?


 うーん、と首をひねるレナ。

 だよなぁ。


「やっぱり分からないかぁ。しかたない。ヴォヴォ、アレを」


 ヴォヴォ?

 誰だ? この薄暗い部屋の中にまだ誰かいるってのか?

 あ、もしかしてあれか、しのび的な人?


 そんな軽々しい考えはその瞬間吹き飛んだ。

 なぜなら、今まで全く気配を感じなかったその部屋の中に突如巨大な輝力を感じたからだ。


 威圧する類のものではない。ただ気配を消すのをやめただけだ。

 その、ただそうしただけの行為が俺に冷や汗をかかせた。


 現れたのはこげ茶色の体毛に覆われたグロリア。それもかなりデカい。

 今まで寝そべっていたのだろう、体を起こすと天井付近まである。王族の部屋だけあって天井はそれなりに高く5mくらいはある。

 上方から俺達を見下ろすようなそのグロリアは狐のような顔をしており、まるで稲荷神社のお稲荷様のようなそんな姿だった。

 デカい体以上に目につくのはその尻尾。もっさもさでふかふかの尻尾が一、二、三、四、五、見えない部分にもまだあるだろうから、正式な数は分からないがとにかく沢山の尻尾を持っているのだ。


「ヴォヴォ、いつものやって。説明するより見た方が早いから」


「そのままでよいのか?」


 しゃ、しゃべった!

 人語を操るグロリア、こいつは、いや、このお方は、かなりの高位のグロリアだ。


 お姿から察するとマジックフォックスの上位か?

 となると、ルナールセニアル、いや、もしやナヴィガトリアか。


「ん? そのままって? いいよ? どうぞ」


 疑問符を浮かべた表情の王子。いったい今から何が行われるのか。


『ナヴィガトリア:Aランク

 千年以上生きたルナールセニアルが進化した姿。人間を超える知性と数々の特殊な能力を持つ。その力は尻尾の数が多いほど増し、3本以上あればSランクに匹敵する力を持っている。しっぽを使い魔に変えて働かせ、自らはじっとして動かず寝ている事が多い。その習性は怠けているからではなく膨大な力を抑えておく目的とさらに力を貯めて尻尾を増やすための行為である』


 間違いなくヴォヴォ様はナヴィガトリアだろう。念じるだけで俺みたいなスライムなど木っ端みじんに違いない。


 そんなヴォヴォ様の狐目が細く鋭くなったかと思うと、グラウ王子に膨大な輝力が集中していっって……程なく、王子の体に異変が起こった。

 

 なんと背丈が伸びていき、髪の毛も銀色から金色へと色を変えていく。やせ気味だった手足も肉付きが良くなっていき、そして――


 ――パツッ


 小気味よい音と共に、王子の着ていた上着のボタンがはじけ飛んだ。


「うわぁっ!」


 局部的に増大した胸部の肉量に服が耐えられなかったのだ。


 想定外だったのだろうか、王子は慌てた様子で今まで存在しなかったその大きな胸を腕で隠した。


「お姉さんになった……」


 一部始終を目撃したレナは目を丸くしてかろうじてそう呟いた。


 そんな、声まで変わって! というキャッチコピーを思い出す。

 目の前の王子だった人はもういない。

 身長も性別もまるで違う別人に変わっていたのだから。


「ごめんごめん、見苦しい所を見せてしまって」


「だから確認したではないか。そのままでよいのかと」


「いや、もう少し詳しく言ってくれないと分らないよ」


 などとやり取りを続ける一人と一体。

 いつまでも胸を押さえているわけにもいかず王子(王女?)は服を着替え始めた。


 外に出ていますねと進言したレナだったが、時間がもったいないからそこにいてよと王子(王女)が言うのでしかたなくその場に待機。

 お姉さん生着替えが行われている間ずっとレナは俺を手で覆っていたが、そもそも俺は目が無く感知で辺りの様子を掴んでいる。

 とはいえ俺は紳士だしレナの意向も踏まえて感知を切って、レナの鼓動だけが伝わってくる中、着替え終わるのを待っていた。


「じゃーん、どう?」


 お着換えが終わった王子(王女)様。

 お召し物は軍服のような青色模様が入った上着にボディラインが出る白のズボン。そして極めつけは羽根飾りのついた青色のハットを被り、先ほどの蝶仮面をつけて、キラリンとポーズを決めている。


 まさかとは思ったけどこのお姉ちゃんは……。


「リリアンさん!」


 レナも分かったか。その昔、悪徳大臣ギリヌイの野望を打ち砕くため一緒に戦った怪しい仮面のお姉ちゃん。その胸の谷間にクラテルを隠して悪人たちを欺き、悪事を暴き出したあのリリアンだ。


「やっと分かってもらえた! そうそう、ボクはリリアン。体の弱い王子というのは仮の姿。その正体は自由騎士ウルガーの良き相棒として悪を裁くミステリアスお姉さん。ちなみに一緒に戦った時に連れていたアーマーテンペストミナディウスはお父様のグロリアなんだ」


 まさか王子様が実は王女だったなんて。


「グラウ、その言い方だと勘違いされる。今のお前は我の力で一時的に肉体と性別を変えているにすぎない」


「うっ、ま、まあそうなんだけど、ミステリアスなんだからちょっとぐらい……」


 ふむ。つまり病弱な王子様が本体ってわけだな。

 それほどの肉体変化を起こすことが可能な目の前のグロリア、そんな力をもったグロリアがなぜ王城にいるんだ。

 それに、この国でAランクグロリアと契約する契約者マスターは8人とされていて、その中にグラウ王子の名前は無かったはずだ。


「あの、リリアンさん。その大きくて強そうな狐さんは……」


「ああ、彼はヴォヴォ。Aランクグロリアのナヴィガトリアだよ。

 本当の名前はヴォーヴォリーガヘフガーって言うらしいけどボクはヴォヴォって呼んでる。このルーナシア王家に代々伝わる秘伝のグロリアさ。

 表のルナシスと裏のナヴィガトリア。このヴォヴォの存在は継承する王族にしか知らされていなくて、重臣は元より兄上達も知らないんだ。知っているのはお母様とお父様だけ」


「それって……私が知ったらまずい内容ですよね?」


「あぁぁぁぁぁぁぁ! そうだった! ごめん見なかった事にして!

 ただの大きな狐のグロリア、そう、彼はそうなんだよ!」


 途端、頭の中がぐにょりと捻じ曲がるような感覚が襲ってくる。

 同時に体を維持するのがめんどくさく、億劫になって、べしょりと水溜まりのように床に広がっていく。


 レナ……レナも膝をついて……俺の横に……。


 遠くで王子たちの声が聞こえる。

 周囲の景色はぼやけているのに、その声だけは鮮明で……。


「何やってるんだよヴォヴォ!」


「何とは心外な。お前の尻ぬぐいをしているにすぎぬ。体組織を1日前の状態まで逆行させて記憶を飛ばすのだよ」


「だめだめだめ、それこの前やって大変な事になったでしょ!」


「しかたないな」


 光り輝く狐の目が光量を落としたところで、頭の中がグルグルするような不快な感じが消えて行った……。

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