145 リゼルとマフバマとウルガーと その2

「あの人はクシャーナにはいません。

 あなたをナバラ様に預けた後、あの人は私達家族がもう一度一緒に暮らせる方法を探しに行くと言って旅に出ました。

 念話も通じないほど遠くに行ったのでしょう。今どこにいるのかは分かりませんが、無事に帰ってくることを祈っています」


「そうですか……。

 正直、心の整理はついていないし、あなたに言いたいことも沢山ある。

 でも自分がグロリアであるってことは受け入れるしかないようだ。

 もう人間として生きること、リゼル・クーシーとして生きることが出来ないってことを」


 そこまで言って再び口を閉ざしたリゼル。

 今必死に折り合いを付けようとしているのだろう。


「グロリアね……」


 考えている事が洩れたのか、リゼルが独りごちた。


「なあスー。以前ダグラード山脈でお前に言った事を覚えているか?

 私がお前の事を好きだって思ったのも、私がグロリアだったからだったんだな……。

 そりゃモテないはずだ。結婚できないはずだ。だって私はグロリア。人間とはどうやっても結婚できない」


「リゼルさん、それは違う!」


 ウルガー!?


 驚いた。俺が反論を返すより先にウルガーが声を上げたのだ。


「グロリアと人間が結ばれないだなんて、そんなことは無い。

 リゼルさんは素敵な女性だ。人間かグロリアかだなんて、そんな事でリゼルさんが素敵じゃなくなったりはしない!」


「ふっ、ありがとうウルガー。嘘でもそう言ってもらえると気が楽だ。今まで男性からそんな事を言われた事はないからな」


「嘘なんかじゃない」


「いいんだ。同情はいらない。虚しくなるだけだからな」


「嘘でも同情でもない。俺の本心だ。リゼルさんさえよければ俺の家に一緒に住んで欲しい」


 えっ、えええええ!?

 何、ウルガー、どうしたんだ? リゼルの事好きだったの!?

 まてまてまて、数日前が初対面だったよね?

 いや、そもそもこれまでそんな素振りは無かったよね!?

 レナ知ってた!?


 ほんのちょっとだけそんな感じはしてたよ、ってレナから返ってきた。


 まじか……。


「本気で言ってるのか?」


 キッと睨みつけるようにキツイ視線でウルガーに問いかけるリゼル。


「ああ。言葉ではうまく説明できない。だけど人間とかグロリアとかそういうのじゃない。

心の形、ありよう、リゼルさんの本質が、それが俺を惹きつけるんだ。

 俺も人生の中で沢山の女性を見てきた。だけど一緒に生活したいと思えるような女性はいなかった。そう思えたのはリゼルさんが初めてなんだ」


「ありがとうウルガー。

 だが断る」


 断ったー!!

 いい話じゃないか。とうとうモテ期がやってきたんだぞ?

 それをどうして。


「話しからすると私がグロリアであることは帝国に伝わったのだろう。じきにあなたの国ルーナシアでも広まる事になる。つまりは私は人間として一緒に暮らすことは出来ない。

 それになにより、あなたは私の好みから外れているからだ」


 うわ、リゼルきつい。ウルガー完璧にフラれた形だよ。


「ウルガー様、あきらめちゃだめですよ!

 リゼルさん、ウルガー様は自分勝手で軽薄そうに見えるし、根もぶっきらぼうで、もう少し人とコミュニケーションを取ったほうがいいって思いますけど、お金持ちで将来安泰ですから!

 世の中お金があれば何とかなりますから、ね!」


 レナ、塩を塗ってはだめだ。

 概ねあってるけど逆効果だ。


「すまないウルガー。言い過ぎたな。別にウルガーの事がとても嫌いだと言う訳ではないんだ。金銭面も考慮すると」


 金銭面の評価が加わっても『とても嫌いだと言う訳ではない』ランク……。

 ウルガー……お察し申し上げます。


「だがな、私がグロリアだと言うなら、私は結婚相手を人間にこだわる必要は無いんだ。

 すでに目の前には素敵なグロリアがいるからな」


 リゼルと目があった。俺に目は無いけど。


「それでも私と添い遂げたいと言うなら、それに相応ふさわしい男になるといいさ。

 私が言わなくても自分自身その心当たりはあるだろう?」


 一秒、二秒。

 無言で見つめ合う二人。


「さてと。励ましてくれてありがとう。

 私は旅に出ることにするよ」


「旅とは急じゃな。いったいどこに行くというのじゃ」


「ええ、その、マフバマさんの夫、オランドットさんを……私の父さんを探しに」


 ◆◆◆


 その後リゼルはクシャーナから去って行った。

 その際、マフバマさんが身に着けていた首飾りを受け取っていた。どのように接していいのか距離が掴めないのであろう、ぶっきらぼうに、だけどなんだか照れくさそうに。


 俺達も惜しまれながらクシャーナを後にした。

 クシャーナから飛び降りた後、ちょうど入国許可を得たルーナシアの飛行騎士団とマックスに合流することが出来て、俺達はぶつくさ文句を言うマックスに申し訳ないと思いながらウイングキャメルの背に乗って王都への帰路へと着いたのだった。


 ◆◆◆


 ――どこかの場所 神達


「所在不明だった守護君テラマギオンが見つかったそうだな」


「ええ。これで世界のバランスは一層安定することになるわ。ただ……」


「ああ。まさか姿を消したあいつがテラマギオンを利用し、我々の目を欺いてあのような事をしているとはな」


「私達の関知しない所であいつに生み出されたグロリア。通常であればイレギュラーとして消去するところだけど?」


「そうだな。生み出されてすでに現地世界時間ワールドタイムで25年も経っている。今更あのグロリア達をすべて消去する事は影響が大きいだろう。加えて、生み出されたグロリア達に悪意は感じないし秩序だって行動している。我々としては静観することにしよう。ただし召喚世の中の理に組み込むことはしないがね」


「そうね。後の手続きはやっておくわ。種族名も任せてもらっていいのかしら?」


「ああ、まかせる。

 種族名と言えばもう一つ。ある意味こちらの方が問題なんだが」


「なにかしら」


「スライムだよスライム。あの」


「ああ、あのスライムね。私は応援しているわよ」


「ふむ。まあ君がそう言うのなら。あのスライムの事もしばらくは静観するとしよう」


 ◆◆◆


 ――どこかの場所 オランドット


「オランドットさま~、準備ができましたよ」


 遠くの空を見上げて佇む男に向けて女が声をかける。


「オランドット様。どうされたのですか? 空に何かあるのですか?」


「どうせ昔の女の事でも思い出してたんでしょ。エッチ。すけべ。変態」


「なんでもねえよ……。それよりも、いつも言っているように俺から離れるんじゃないぞ。お前たちは珍しいグロリアなんだからな。人間に見つかったらたちまち捕まって酷い目にあわされちまうぞ」


 男に付き従う二人の女性。人間のような姿をしているが体の一部は明らかに人間の物ではない。一人は蛇のように鱗の生えた長い下半身を持っており、もう一人の腕は鳥の翼のように多くの羽根が生えている。


「でもそれってオランドット様にされること変わらないですよね」


「そうそう。毎晩は勘弁してほしいのよね」


「そいつは無理だな。お前たちが魅力的すぎるのがいけないんだ」


 きゃー愛されてるー、と言う黄色い声の主達。

 周囲に人の気配の無い海岸に声が響き渡り、夜は更けていった。

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