144 リゼルとマフバマとウルガーと その1
「んっ……ここは……」
おお、リゼル! やっと目を覚ましたか!
傷は治っているのにずっと目を覚まさないから心配したぞ。
もしかしたらマフバマさんの治療は失敗してるんじゃないかって疑ったこともあったけど、まあ目を覚ましてくれたならそれも些細な事だ!
あっ、レナ、何するんだ。ちょっと。
俺はレナの胸の中から飛び出してリゼルの元へと向かおうとしたのだが、それをうまくキャッチされて胸の中へと引き戻された。
チャリクの間でのひと騒動が終わって俺達はマフバマさん宅に戻ってきた。
リコッタも一緒に帰ろうとしたが、結界師マーサさんに捕まって早速修行が始まり居残りとなった。
ドタバタしてそれなりに時間が経っていたがリゼルは未だ目を覚ましておらず、俺とレナ、ウルガーがリゼルの様子を見ていたのだ。
リゼルは床に布団を引いた上に寝かされていて、目を閉じていて微動だにせず、呼吸音もまったく聞こえず、まるで
そんな中、待ちに待って目覚めたリゼルに喜びを伝えようと思ったのに、起きたばかりで騒がしくしたら駄目よ、とレナに確保されたと言う訳だ。
「おっと、リゼルさん、起き上がらずにそのまま寝ていてくれたらいい。生きているのが不思議なくらいの重症だったんだ」
起き上がろうとしたリゼルの体調を気遣う紳士ウルガーだったが、問題ないとそれを一蹴したリゼルは体勢を起こした。
リゼルが目を覚ましたのを察してマフバマさんとナバラ師匠もやってきて……そうして皆が集まったところで、戦いが終わったことをリゼルに告げた。
「そうか。足を引っ張ってすまなかった」
自分が倒れている間の顛末を聞いたリゼルは、申し訳なさそうに、面目なさそうに頭を下げた。
「いえ、謝るのは私のほうです」
頭を下げるリゼルに対し、マフバマさんが謝罪の言葉を口にした。
「謝る?」
「大けがを負ったお主の治療をしたのはマフバマなのじゃ」
「そうでしたか。ありがとうございます。おかげで命拾いしました」
「申し訳ございません」
ニコリとほほ笑むリゼルに対してマフバマさんはまた頭を下げた。
「なぜ謝るんですか? 謝罪やお礼を言うのは私の方であって、あなたではありませんが」
「あなたに謝りたいことは2つ……。
一つがあなたに治癒の力を使ったこと。
そしてもう一つ……」
マフバマさんはそこで言葉を区切り、ふーっと深く息を吸い込んだ。
「23年ほど前になります。私は夫であるオランドットと暮らし、子供を授かりました。
愛し合って子供が生まれる。なんてすばらしいのだろうと、なんて愛らしいのだろうと若かりし私はそう思っていました。幸せな日々がこれからずっと続くのだろうと。
ですがそうはなりませんでした。
私とオランドットの子は生まれた時から莫大な輝力を有する子でした。
我々にとって輝力保有量が高い事は良いことであり、私もとても喜んでいたのです。
ですが、私の娘の輝力は高すぎたのです。
ご存じのとおり、このクシャーナは秘匿結界に覆われて外界から隠れています。
娘の大きすぎる輝力は秘匿結界に覆われていてなお外から確認できるほどで、つまりはこのクシャーナの存在が露呈する事につながってしまいます。
この子の存在はクシャーナを危険にするということで相当の圧力を受けました。
中には殺してしまえという過激な意見もありました。
ただ娘の輝力が高すぎただけ。それだけなのにと私は悲しみました。
ですが、当時私はすでに司祭でした。クシャーナを守るという責務がありました。
クシャーナを守るため娘を殺さなくてはならないのか。娘の命とクシャーナすべての民の命を天秤にかけざるを得なかったのです。
私は外の世界で暮らしていた先代の司祭のナバラ様に相談し、悩みに悩み抜いた末に、娘をナバラ様に預けることにしました。
その際に娘を人間として育てて欲しい事、私達は死んだことにして欲しいと頼んだのです。
本当にごめんなさい。
娘の名はリゼル。あなたなのです」
「ははは、御冗談を。私は人間です。あなた方のように耳も尻尾も無い。師匠からも違うって言ってくださいよ」
「リゼル、すまん……」
「えっ?」
「マフバマの言う事は事実じゃ。わしはお前にずっと嘘をついておった。
両親が生きていることも、お前がグロリアであることもずっと隠しておったのじゃ」
「まさかそんな……。いや、私は人間。グロリアじゃない」
「数年前、そこのスーの見た目をわしが変えた事があったじゃろ」
「え、ええ」
「お主の耳も尻尾もその力で隠しているのじゃ」
「う、嘘です!」
「すまんリゼル」
そう言うと、ナバラ師匠は手のひらをリゼルへと向け、念を送り始めた。
「リゼルさんの頭に耳が……」
ああレナ。ナバラ師匠が術を解いたんだ。
ウェーブのかかった黒髪の上。以前ダグラード山脈で見たのと同じく、可愛い猫耳がぴょこっと現れていた。
「……」
頭の耳には反応を示さず、リゼルはごそごそと尻のあたりをまさぐっている。
尻に違和感を感じたのだろう。
ぴっちりズボンの中を探索していた手が細長い尻尾と共に俺たちの目に触れる。
「痛っ!」
引っ張ったのだろう。その痛みが否が応でも自分の尻尾であることを知らしめた。
「そ、そんな、私がグロリア。マフバマさんが死んだお母さん」
うつむきながら目を見開いて、ワナワナと小刻みに震えているリゼル。
こんな時どんな言葉をかけたらいいのか。
励ますほうがいいのか。同情するほうがいいのか。
俺はその答えを出すことが出来ない。
「いまさら……いまさらそんな事を言われても、今更親だって言われても納得できない!
私の親はナバラ師匠だ。あなたじゃない!」
俺が困惑している以上にリゼルは気持ちに整理がつかないはずだ。
声を荒らげるのも無理はない。
「ええ、そう言われてもしかたありません。ごめんなさい。
私とてこの事は胸の内に秘めておくつもりでした。
成長したあなたを見た時、私の胸は喜びで弾けそうでした。何度も何度も、私が母であることをあなたに伝えたいと葛藤しました。ですがそれと同時に絶対に伝えてはいけないと、固く誓ってもいました。
あなたを困らせたくなかったから」
「だったらどうして今!」
「ごめんなさい。私の不注意であなたがグロリアであることを知られてしまったのです」
マフバマさんの言葉の意味を理解できていない様子のリゼル。
「謝らないといけないことはこの二つなのです。
あなたをナバラ様に預けたこと。そしてあなたの命を救うためにクシャーナの民にしか効果の無い治癒の能力を使ったことで、あなたがグロリアだということが知られてしまったことです」
本当にごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝りながらマフバマさんは涙を流し始めた。
しとしとと降る雨の日のように沈んだ雰囲気が辺りを包み込み、それに呑まれた皆は誰一人として口を開くことが出来ずにいた。
「父は……」
「え?」
「父はどこにいるのですか?」
悲壮感漂う中、ポツリと、ポツリポツリと、リゼルが呟いた。
その言葉を聞いたマフバマさんは涙を拭き、じっとリゼルを見ながら口を開いた。
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