141 都合よく出てくる切り札

 俺はさらに体を膨張させて大きくなり、圧倒するようにナフコッドへと迫る。


「なんなんだいこのスライムは! ええい、忌々しい!」


 さらに高度を取り、憎しみに満ちた目でこちらを見下ろしている。


 あの目は降参しようって思うような目じゃないな。

 やはり倒すしか無いのか。


 この距離だと遠距離攻撃しか手は無いが、生半可な攻撃では身に着けているアドミラルローブに防がれてしまう。銃弾のようなウルガーの一撃でさえ受け流したからな。


 となると、生半可ではない攻撃をすればいい。

 今の俺は無限エンジンを背負っているからな。方法は無限大だ!


 おや?

 ナフコッドが懐から小さな箱を取り出したぞ。マッチ箱程度の大きさだが一体……。


「ここでこいつを使う事になるなんて、しゃくだねえ。

 この島が帝国の領土として使い物にならなくなるのは残念だが……まあ、それ以上に重要な脅威を排除しておくためだ」


 あの箱、エンチクロペディアの能力で厳重に施錠されているな。封印と言ってもいい。

 一体その小さな中には何が入っているのだろうか。


 神妙な面持ちのナフコッド。

 箱に指をあて輝力を流し込んで封印を解除し……箱を開いて中から何か小さなものを取り出した。


 あの形状は、種、か?


「ま、まさかあれは……。いかん、やめるんじゃ。それをこんなところで解き放ってはいかん!」


 ナバラ師匠、あの種が何かご存じなんですか?


「へぇ、こいつが何か知っているのかい。なかなか博識じゃないか」


「わしも知識として知っておるだけじゃ。そいつは、かつて栄えたエール聖王国を滅亡に追いやったグロリア、グドマラガボス。その種じゃ!」


「正解だ。お前、帝国に来ないか? ここで死ぬには惜しい。その知識、帝国のために活かすがいい」


「お断りじゃ。それよりも、お主は何をしようとしているのか本当に理解しているのか?」


「知っているよ。Sランクグロリア、グドマラガボス。その増殖力は凄まじく、ひとたび発芽すれば数分を待たずに村程度の規模を侵食し、数日たたずに一国を飲み込んでしまう。

 かつての聖王国内には死の沼と呼ばれる広大な毒沼があり、周囲に悪影響を及ぼすその毒の浄化は聖王国の悲願でもあったという。

 そこで目を付けたのが毒にめっぽう強い植物グロリアのグドマラガボス。こいつで毒沼の水分を毒ごとすべて吸収して無害な土地に変えようと考えたわけだ。

 悲願達成のためグドマラガボスの種を毒沼に投げ込んだのだが、結果は知ってのとおり。

 毒沼の水分をすべて吸収したまでは良かったが、そこでおさまらず、結果、聖王国全土がグドマラガボスの蔦に飲み込まれて滅んでしまった。愚かな話だよ」


「そこまで知っておるなら――」


「こいつを解き放つ事が危険であることは間違いない。だけどそれ以上にそのスライムは危険なんだよ。

 それに、おあつらえ向きなのさ。毒沼の毒をものともしないこいつはね。

 そのスライムがどれだけ強い毒を持っていてもその体の水分を栄養に成長できるのさ。

 つまりは、いかに巨大に成長するスライムでもこいつに吸われておしまいってことさ。

 まあ、その後この島は使い物にならなくなるがね」


「この島だけですまんかもしれんのじゃぞ」


「その時はその時さ。私とてなにも無策でこいつを使う訳じゃない。考えて見なよ。なぜ種が残っているのかを」


 エール聖王国が滅びた後、何らかの方法でグドマラガボスを倒したってことか。


『グドマラガボス:Sランク

 水分さえあればどこまでも増殖できる植物型のグロリア。その増殖力は世界の生態系を瞬時に変えてしまうため注意が必要。過去にXランクからのチェックをすり抜けて実装され、世界に大きな爪痕を残した。現在はその危険性により召喚及びこのグロリアへの進化は行われないように設定中。イレギュラー等で発生した場合は速やかに当事者へ冷気属性を付与したユニオンリンクを授けて討伐に当たらせること』


 なるほど。一応冷気が弱点のようだ。

 ただ、並みの冷気じゃなく神が授けるAランクグロリアユニオンリンクの力が必要ってか。


「それじゃあお別れだ。まあお前達の最後は空から見させてもらうよ。グドラマラボスが発芽する瞬間を見られるなんていうのは、こんな機会はめったにないからねぇ。あははははっ!」


 そう高笑いするとナフコッドは俺めがけて種を投げつけた。


 馬鹿め!

 その手から離れる瞬間を狙っていたのだ。


 俺は粘着液を射出し種を確保しようとしたが――


 げげっ!


 確かに粘着弾は種に当たったのだが、瞬間、もさっと緑色の蔦が生えたのだ。

 まさか粘着弾の水分まで成長に使えるなんて。


 と思った時にはもう、伸びた蔦が俺の体に到達していた。


 うわわわわわわわ!


 蔦を伝わって俺の体内に種が入ってしまった!

 その部分を切り離そうにも、切り離した側からワサワサと蔦を増殖されて俺本体を侵食していく。


 こ、これはまずい。

 予想以上のスピードだ。毒も効かない。

 アサガオかモヤシかゴーヤか、そんなものとは比べ物にならない圧倒的な速さで成長するグドマラガボスのツルとツタ。

 普通植物は根で水分を吸い取るのだが、こいつは伸ばす蔦からも水分を吸収している。


 俺の体の表面近くを波縫いするかのように出たり入ったりしながら侵食する蔦。

 俺の体の中心部分を目指して奥へ奥へと侵食する蔦。

 種から発芽した本体近くの水分を吸いつくそうと伸びる蔦。


 まるで寄生虫のように俺の体を蝕んでいく。


「う、うわぁぁぁ、来るな! た、助けてくださいナフコッド様!」


 まずいぞ、体内で拘束している帝国兵の方に蔦が伸びていく。

 このままでは帝国兵が吸われて干からびてしまう。


 このっ!


 俺は捕えていた帝国兵を砲弾のように体外へ射出するとともに、自分の体を大きく揺さぶって動かして、ニ・三回転してその場から移動した。


「スー!」


 俺の体から外に出たレナ。

 転がることで、泥で地面に固定された仲間達から距離を取ったのだ。


 結局この短い時間であのコンクリートを侵食したり破壊したりすることは出来なかった。

 そのため地面に固定されたレナ達は帝国兵と同じように射出して逃がすことが出来ず、俺の方から離れる必要があったのだ。

 リコッタは固定されてない面子だが同じ場所にちゃんと置いてきた。


 心配するなレナ。

 今の俺はエターナルなスライムだ。こんな草もどきに負けたりしない。


「スー……」


 そう伝えても、なおも心配な表情を浮かべるレナ。


 まあそれはそうだな。

 俺の焦りは伝わってしまうか。


 正直な所、成す術は無い。


 毒は効かない。熱も効かない。

 体内に誰もいなくなったのを見計らって俺の体温を灼熱状態まで上げてみたが、全く動じていない。こいつにかかればちょっと温まったゼリー程度の認識のようだ。


 すでに俺の体の8割はグドマラガボスに取り付かれている。

 

 弱点の冷気なんか起こせやしない。

 混ぜたらヒヤッとする物質を作ってみたけど効果は無かった。


 除草剤もダメ、焼いてもダメってなったら……どうやってこの植物を滅ぼしたらいいんだよ。


 発想を逆転して根性勝負するか?

 吸われても吸われても無限に再生してやるぞ?


 でもダメだろうな。なんとなくこいつも無限に成長しそうだ。

 それにそうした場合、成長しすぎたこいつがレナを巻き込んでしまう……。


「あっはっは! どうやら今度は本当にお終いのようだねぇ。えらく手間をかけさせてくれたもんだ。帝国に逆らった罪の重さを噛みしめながら食い殺されるがいいさ」


 食い殺されるか。言い得て妙だな。

 スライム細胞ごと水分を吸われている俺は食われていると言っても間違いじゃない。

 植物ごときにスライムが食われるなんて……。


 食われる……なんて?


 何で気づかなかったんだ……。

 どうして蔦を払いのけたり枯らせたり焼いたりしようとばかり思ってたんだ……。


 どうして喰おう・・・と思わなかったんだ!

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