138 すべての答えはドリルにある

 固まった泥からの脱出のため頭をフル回転させる俺。


 いくぞ!


 俺はスライムボディの密度を上げることで小さく収縮していく。その際、固まった泥と体がくっ付いている部分は細胞を剥離するようにしてはがした。

 体の大きさが先ほどまでの半分になったところで、ドーム状になっているコンクリートに向かって体当たりするが――


 だめだ、もっと小さくならないと体当たりを繰り出すための間隔が、威力を出すための距離が足りない。


 小さく小さく、圧縮圧縮。

 おれは最高密度のゴルフボール大にまで小さくなり、蓄えたパワーを一気に爆発させてコンクリートドームに向かって体当たりを繰り出した。


 だが、室内で撃った弾丸が跳弾するかの如く俺の体はドーム内で跳ねまくった。


 堅い、堅いけどこれしきのもの!

 コンクリがなんだ、雷撃がなんだ! レナを守るんだ!


 その昔リゼルと一緒に戦った時。俺は体を硬化させる術を得た。

 キサニウム化マルリンとスグロンジナスカ酸トルミストールを4対1。それを体の前方に集め、固まり切る前に体をねじる。そうする事で出来たのは、らせん状に硬化した先端。


 つまりドリルだぁぁぁぁぁぁ!


 勢いよく体を回転させて跳ねたスライムドリルはコンクリートドームの一点を穿ち……俺の体は外の光を浴びた。


「くらいな! メーザーライトニング!」


 うげっ! コンクリ割るのに必死で外の様子が分からなかったけど準備完了して攻撃直前じゃないか!


 俺の直上、空には雷雲が発生しており、ナフコッドのセリフが終わった瞬間、蓄えた雷撃を地面へと解き放った。


 雷は人の目には捉えることが出来ないほどの速度で落ちる。俺がスライムでもそれは同じだ。見てから回避しようなど、土台無理な話だ。


 だけど回避するのでなければ、そのすべてを受け止めるのであれば、無理難題というわけでもない。

 元々雷撃を受け止めてレナを守るつもりだったのだ。だから心構えは出来ていた。

 なので俺はすぐさま硬化したドリル部分を切り離し、小さく収縮していた体を逆に膨張させたのだ。


 解き放たれた稲妻が俺の体に突き刺さる。

 俺の体は薄く伸ばしたホットケーキ形状。赤いホットケーキが仲間たちの頭上で初手の雷撃を受けた。


 だが受けただけであり雷撃を完全に無効化は出来てはいない。

 稲妻は俺の体を貫通して地表へと到達するが、それでも威力は抑えられており致命傷にはならないだろう。


 稲妻が通った場所のスライム細胞は焼け焦げて死滅している。

 そこを即座に修復し雷撃に備える。備えると言っても次々と雷撃は降ってくる。

 まるで雲と地面を線でつないだかのように。


 ホットケーキ形状は俺の初手に過ぎない。レナ達に雷の直撃をさせないための次善策だ。

 本当の狙いはこれだ。


 俺はそのまま地表へと落下し、レナ、リゼル、ナバラ師匠、マフバマさん、ウルガー&ケロラインの上へと覆いかぶさり、そのままさらに体を膨張させて体内に取り込んだ。


「またお前かいレッドスライムX。本当に目障りだねぇ。それで私のメーザーライトニングを防いでいるつもりなんだろう?」


 何が言いたいんだあのボンデージスーツ女。


「どうして私が手間暇かけてこの状態を作ったか分かるかい?」


 おいおい、スライムに話しかけるなスライムに。

 ペットの犬や猫に話しかけているのと同じだぞ。会話が成立すると思っているのか?

 仮に俺が答えてたくてもこちらの考えは通じないだろ。まったく。


 それはともかく、軍師っていうからには味方に被害を出さずに相手を倒すのがその役割であり至高の目標だ。

 敵の動きを封じて一方的に攻撃できるのは理にかなっている。


「教えてやろう! ナフコッド様は弱いものをいたぶるのが好きなのだ! それもじっくりと長く。ネチネチと耐えられる限界を見極めながらのそれはまさに芸術! 我々はお前らがうらやましい。ナフコッド様からご褒美をいただけるのだから!」


 しゃしゃり出てきた一人の帝国軍人。

 彼の意図が手に取るように分かる。彼もご褒美が欲しいのだ。

 案の定、セリフを邪魔されたナフコッドに鞭を打ち付けられて喜んでいた。


「まあそういう訳だ。罠にはまってもがき苦しむ哀れな羽虫どもを見るのが好きでねぇ。

 分かるかい? 今はあえて雷撃を抑えているんだよ。

 手加減してやっている雷撃に耐えられて、このままやれるって思ってしまったのかい? 残念だったねぇ」


 なんて意地の悪い女だ。見た目美人は美人だが意地の悪い女は俺は好かない。


 やつの言う通り、今のところ手加減された雷撃を防ぐことは出来ている。とは言え稲妻がスライムボディを貫くたびに絶縁物質ごと細胞を焼き切っていくので再生のたびに輝力が減っていく。ジリ貧だ。


「スー頑張って!」


 レナが自分の輝力を振り絞り俺に渡してくれる。

 ありがたい。今のうちに何とか活路を開かなくては。


「あまり苦しんでないねぇ。ちょっと威力が足りないってわけかい。それじゃあ今の倍ほどにしてみようかね! それと……一発はおまけだよ!」


 ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!


 打開策を考える時間も無く、今までの比ではない雷撃が俺の体を襲った。

 そして僅かに遅れて一際強力な稲妻が俺の体を通過した。


 じょ、冗談じゃない!


 俺の体を貫通した稲妻は、幸運にも誰もいない地面に突き刺さった。

 あれがレナの上だったらと思うとぞっとする。


 意識を乱した俺の体をいくつもの雷が焼いていく。

 俺は余計な事を考えずに全力で絶縁体防御膜を作成すると共に体の再生を行い続ける。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 レナは息を荒くしながらも輝力を供給してくれる。

 だが、終わりが見える。レナの輝力も長くはもたないだろう。


「スー、ワシの輝力も渡そう。全盛期には及ばんが多少の助けにはなろう」


 ナバラ師匠!

 ありがとうございます!


「俺の輝力も使うといい。雀の涙ほどだが」


 ウルガー!

 まさかあんたから輝力をもらう事になるなんてな。


「では私も。先ほどこの子の治癒にほとんど使ってしまいましたが」


 マフバマさん!

 司祭の練り上げた輝力、使わせていただきます。


 うおぉぉぉぉぉぉぉ!


 みんなの輝力を得た俺のボディは稲妻をはじき始めた。


「頑張っちゃって可愛くないねぇ。みんなの力を合わせて友情パワーってかい?

 そういうのが一番嫌いなんだよ! もういい、跡形も無く消し飛ばしてやるよ! フルパワーだエンチクロペディア!」


 うぐっ、ぐぬぬぬぬぬぬぬ、ぐあぁぁぁぁぁ!


 ナフコッドの渾身の輝力を込めた稲妻。四方に置かれたライトニングライガーの爪がその威力を増幅し、途切れることのない雨のように雷の槍の降らせてくる。


 こ、これがフルパワーのメーザーライトニング……。

 俺の、俺達の全力の力でも及ばない。


 体の機能が落ちていく。

 稲妻で焼かれ、焦がされ、撃ち抜かれるたびに少しずつ感覚が失われて行く。


 レナ、すまん。俺では守り切れない……。


 闇に沈んでいく感覚が俺の心を締め付ける。


 偉そうに保護者ぶっていても結局はこのありさまだ……。

 立派な騎士になるっていうレナの夢をかなえてやることも出来そうにない……。


 それでも最後まで、俺の体の最後の一滴になるまではレナを守るよ……。

 リゼル、ウルガー、ナバラ師匠……後の事は頼む……。


 消えゆく意識。

 この感覚……人間だった俺が死んだ後神様に会って、それからレナに召喚されるまでにいた空間に似ている。

 死んだらまたあそこに帰るのだろうか……。


「レナ! スー! みんな!」


 ……なんだ、だれの声だ。

 ぼやける視界を声の方に向ける。


 ……リコッタ?


 リコッタ!?


 消えかけていた意識が急に鮮明になった。

 俺の知覚能力が捉えたのは見知った少女の姿。

 初めて出会った時はボロボロの姿で山道をさまよっていて、意外な事に大食らいだった猫耳猫尻尾の少女だった。


「スー! ダメだよそんなんじゃ。ダメ、見てらんない!」


 ちょっと待てリコッタ! 危ない近寄るな! 丸焦げになるぞ!


「えーい!」


 リコッタはぐっと足を踏ん張るとこちらに向けて一直線に駆け出す。


 俺の忠告も虚しくリコッタは荒れ狂う稲妻の中に飛び込んで……その勢いのまま俺の体内に入ってきた。

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