137 ナフコッドの罠
「娘の心配をしない親がどこにいましょうか。
それは帝国でも同じはずです。あなたには子供はいないのですか?」
え゛っ!?
い、今なんて言った!?
「なんだと?」
「そのような装束を身に着けておられるのです。多くの子供を産んでいることでしょう。
考えてください。自分の子供が戦いに向かう。死んでしまうかもしれない。そんな時に冷静になれますでしょうか」
「私に子供などいないし、欲しいとも思わないねぇ。だからお前の言っている事は理解できんしする気も無い。
だがまあもう一度聞いてやろう。お前はどうしてここに来たんだい?」
「娘の……リゼルの事が心配だったからです。
あなたも子を産み育ててください。そうすれば分かるようになるでしょう」
リゼルとマフバマさんが母娘。
確かリゼルの両親はリゼルが小さいころに死んでしまったって、リゼルからはそう聞いたことがある。その後ナバラ師匠も同じような事を言っていた気がする。
いや……確か両親は生きているって言ってたか?
ナバラ師匠!
『……マフバマの言っていることは事実じゃ。じゃがこれ以上はワシからは言えん』
頭がこんがらがってきた。
リゼルはグロリアで、マフバマさんの娘で、マフバマさんはリゼルが心配でここにきて。
うわっぷ!
なんだ、泥が。雨が降って地面がぬかるんで、風で飛んできたのか。
「きゃっ!」
レナ! 大丈夫か、泥まみれだぞ。
急に強くなった風が地面にいる俺達を泥まみれにする。
「おやおや、酷い恰好だねえ。雨と泥で体が濡れて寒いだろう。暖めてやるよ」
なんだと?
疑問を抱いた時には遅かった。
雨は止み、酷かった風も止み、暖かな空気が辺りを包み込んだ。
「どうだい、暖かいかい? 私のエンチクロペディアは熱を生じさせることも可能でね。そーら、体も乾いてきたことだろう」
気づかなかった。
振り出した雨。ただの通り雨だと思っていた。なのにあれだけの雨が降っていたのにあいつら帝国軍は少しも濡れていない。
「スー、泥が、固まってる!」
体が動かない。嵌められた。
体中に被った泥がエンチクロペディアが発生させた熱で急激に乾燥し、ガッチガチに固まったのだ。
これは全てヤツの、軍師ナフコッド・シベラの罠!!
もがき苦しむ俺達だが、固まった泥はびくともしない。
これはおそらくモルタル、いや、砂利が混ざっているからコンクリートか。
水や液剤などを混ぜる事で硬化する物質、つまりはセメント。それに砂を混ぜたものがモルタルで砂利を混ぜたものがコンクリートと言われている。
もちろんその辺の土に水を混ぜただけでは硬化しない。火山灰とか石灰とか特別なものが素材でなくてはならないはずだ……。
まさか……。
「ほう、そこのレッドスライムXは気づいたようだねぇ。
人間のお前達、いや、この場にはグロリアのほうが多いか。おっと、話しが逸れたが、ともかく人間のお前達よりもそのスライムのほうが賢いってわけだ。お笑いだね」
「どういうことだ!」
かろうじて自由になっている腕で足元のコンクリートをたたき割ろうとするウルガーだったが、体勢も悪く思うようにはいかない。
脆いイメージもあるコンクリートだけどこれは違う。
まるで金属が固まったかのように強固でびくともしない。俺のイメージするコンクリートとは別物だ。
「ちょっとは頭を使いなよ自由騎士。まああっさりと罠にはまったお前達が可哀そうだから教えてやるよ。
この戦法は相手の動きを封じる効果は絶大なんだが、準備が手間でね。なんせ相手に悟られないように泥まみれにしてやる必要がある。
もちろんどこの泥でもいいというわけではない。都合よく固まる泥もあるだろうが、敵がいつもその上にいるとは限らない。
そこでだ。泥を作り出す必要があるというわけだ。もちろんそれと気づかれずに。
材料は帝国内にあるグラビオス火山の火山弾を食べさせて育てたフリーゲンゴレム。そいつを敵にけしかけて適度に体を破壊させて辺りに破片をまき散らす。
それをエンチクロペディアの風で敵の全身にまぶしておく。
そして、しとしと雨を降らせて破片に水分を取り込ませる。これで準備完了。
あとは高温で乾かしてやるとこのとおり。
無様に固まった間抜けな姿を晒すやつらの出来上がりってわけだ」
言うのは簡単だが、実際に行うとなるとかなりの難易度だ。
敵がフリーゲンゴレムを破壊するだけの力が必要で、怪しい風や雨に気づかれないようにしなくてはならない。
だけど俺達はまんまとやられた。
風なんか視界を奪うためだと思っていたし、リゼルが撃たれたことで雨なんか降っていることにも気づかなかった。
ナフコッドがマフバマさんと長々と会話していた理由も雨を降らし続ける時間稼ぎか……。
「そこの生意気なグロリア女にも聞かせてやりたかったねえ。最初から自分がはめられていたと知ったらどんな顔をしたのか。
くぅぅ、想像するだけで鼻血が出そうだ。おい、起きろ。起きてその顔を見せて見なよ。あーっはっはは!」
高笑いをするナフコッド。
悔しいが完全に相手の手のひらの上で踊っていた。そこは完敗だ。でもだからと言って諦めるのはまだ早い。
俺は状況把握に努める。
レナ、ウルガー&ケロライン、ナバラ師匠、マフバマさん、撃たれたリゼル。みんな地面にいてドロドロにぬかるんでいた泥に足を付けていた。
まず一つ、その地面の泥が固まってみんな足を取られて動けない。
もう一つ、風で飛んで来た泥をかぶって、その部分が固まってしまっている人もいる。
そして、泥を浴びていなくても嵐の中で砂まみれになった人は、その砂が雨でドロドロになって固まってしまっている。
ウルガーのようにかろうじて体の一部を動かせる人もいるけど、そうではない人が大半で、一部が動いたとしても足が自由に動かない以上どうしようもない。
そして俺。
みんなより体高が低かったため、みたらし団子のように全身を泥に覆われていた。
つまり、全身ガッチガチ。少しでも隙間があれば体を変形させてそこからにゅるっと脱出できるものを、そんな隙間もなくガチガチ。
こんな状態からどうやったら打開できるか。
「ナフコッド様、準備を開始します」
帝国兵はそう言うとクラテルからブラックホール胃袋を持つモゴンを呼び出す。
その大きな口から沢山の物を腹の中に取り込めるモゴンは物資運搬役としては最適だ。
そしてその口から何かを取り出して俺達を中心に四隅にそれを設置していく。
「何をしているのか気になるだろうから説明してやるよ。あの4つの塊はSランクグロリアのライトニングライガーの爪だ。知ってのとおりライトニングライガーは雷を操る神獣だ。その巨大で鋭い爪は雷の力を増幅する力がある。あれをお前たちを囲むように置いてだな」
やばいぞ。もうこの先は言われなくても分かる。
エンチクロペディアによる広域雷撃攻撃を行うつもりだ。
空から降る稲妻の槍。動ける状態でも回避は至難の業だというのに今は全員が動けない。
ええい! 俺が何とかするしか!
レナを、リゼルを守るんだスー!
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