136 暴かれた秘密

「リゼルさんっ!」


 レナの声にハッとした。

 ええい、俺は何を呆けていたんだ!


 相当切羽詰まった状況だ。俺だって慌てている。

 だがそれとは別に冷静にこの状況を見ている俺もいる。


 落下したリゼルの元にたどり着くとその体から流れ出た血が地面に赤色の水溜まりを作り出していた。


 どこだ、どこを撃たれた!?

 

 血の流出元はすぐに見つかった。

 穴の開いた革の胸当て。ど真ん中ではない。かなり左にビー玉大の大きさの穴が開いており、そこから血が噴き出していた。

 肺の位置。おそらく弾は貫通しているんだろう。

 とりあえず即死しているわけじゃない。意識は無いし口からも血が流れているが死んでいなければ何とかなる。


 ウルガー! どこだ!

 ポツリポツリと振り出した雨の中、ウルガーの姿を探す。


「ウルガー様! フェニックスの尾羽を!」


「ケロライン、頼む!」


 ウルガーが懐からフェニックスの尾羽を取り出し、ケロラインに渡そうとした瞬間――


 ――チュィン


 弾丸が尾羽を撃ち抜いたのだ。


「このっ!」


 ウルガーは地面の石を拾い上げ、明後日あさっての方向へ投擲とうてきした。

 おそらく弾道から狙撃手の位置を割り出して逆に狙撃したのだ。直後に何者かの鈍い声がしたのでちゃんと倒せたのだろう。


 狙撃手がいなくなったら安心だ。

 さあウルガー、早く! 雨がリゼルの体を冷やしてしまう。フェニックスの尾羽を!


 どうしたんだウルガー、早く。


「すまん。今のが最後のフェニックスの尾羽だ……」


 な、なんだって……。


「くくく、いい顔をしてるじゃないかお前達。どうやら万策尽きたようだねぇ。小生意気な女も静かになっていい気味さ。もう少し無様にわめいてくれた方が溜飲も下がるってもんだが、まあいいだろう」


 こ、このっ!


「野郎っ!」


 ウルガーが軍師に向けて投石する。

 弾丸と遜色無い一撃。

 だが軍師が身に着けていたマントが勝手に動いてそれを払いのけた。


「残念だったねぇ自由騎士ウルガー。こいつはアドミラルローブ。私の意志に関係なく自動で防御行動を行う可愛いやつさ。くくく、いいのかい、私なんかにかまっていて。その女が死んでしまうよ?」


 そうだ。このままではリゼルが死んでしまう。

 フェニックスの尾羽が無いとなると……どうやって救えばいいのか。

 俺では無理だ。多少の怪我を直すことは出来てもこれだけの重傷を治癒することは出来ない。出来たとしても医者に見せるまで俺の体内に入れて出血を押さえるのと酸素吸入する事くらいだ。


 だけど、この状態で医者まで行けるわけはない。

 戦場の真っただ中で逃がしてもらえるほど甘くは無い。


 レナもナバラ師匠も立ち尽つくしている。

 二人も俺と同じ考えなのだろう。打開策の提案は期待できそうに無い。


 一体どうしたら……。


 無力感に苛まれながら流れ続ける血と雨とが赤い水溜まりを広げていくのを見ていたその時――


「皆様、どいてください! 私が!」


 えっ!?

 どうしてここに!?


 木々の影から駆け出して来たのはマフバマさん。

 村にいるはずのマフバマさんがバチャバチャと水溜まりを気にすることも無く駆けて来たのだ。


 そして、リゼルの体に手を触れると目を閉じて念じ始め……。


 ぽうっとマフバマさんの体が淡く光ったかと思うとそれは強い光へと変化し、そしてその光が手を伝わってリゼルの体を覆っていく。


 まるで奇跡だった。

 血を噴出していた暗い穴は見る見るうちに閉じていき、元々傷など無かったかのように革鎧に開いた穴の下に肌の色を湛えた。


「ふぅ……これでもう大丈夫です。じきに目を覚ますでしょう」


 マフバマさんはリゼルの頬に手を当てるとニコリとほほ笑んだ。


 よかった、リゼル……。


「ほう、お前はグロリアか。人間の傷を瞬く間に治すグロリア。聞いたことも無い。捕まえれば帝国はますます繁栄する。くくく、一匹だけじゃないんだろ、答えろよ。人間の言葉も理解しているんだろ?」


 嬉々として話し始めたナフコッド。

 治癒の力を目の当たりにしたことで興味がそちらに移ったのだろう。


「残念ですが癒しの力は人間の方には効果がありませんし、使えるのは修行を積んだ司祭の私だけです。だから民を捕えてもあなたの考えているような事にはなりません」


「マフバマ!」


「あっ!」


 ナバラ師匠の叱責でマフバマさんはしまったという表情を浮かべる。


 マフバマさんの様子から嘘ではなく本当の事を言ってしまったのだと分かる。

 迂闊すぎだ。守るべき民達の事を思ってああ言ったんだろうが、迂闊すぎだ。


 神カンペの情報でもマフバマさん達の種族は分からない。

 だから俺も彼女に治癒の力があるのも知らなかったし、その力が人間にも作用するのかどうかも分からなかった。


 ただ一つ、俺がかつて知った情報と合致させるとマフバマさんの発言が何を意味しているのか、それが知れた時どうなるのか……それは分かっている。


 同じ情報を持っているナバラ師匠もそれを理解したので叱責したのだ。


「ほう、へぇ。なるほどねぇ。こいつは面白い」


 やはりか。

 レナやウルガーはまだ半信半疑だろう。だけどエンチクロペディアの能力を使えば……。


「くはははは、グロリアか! グロリアだよ! あれだけ生意気に講釈垂れていた女が人間じゃなくてグロリアだったなんてな。あーっはっはっは。こいつはお笑いだ」


「リゼルさんがグロリアだと? どこから見ても美人女性じゃないか。羽も鱗もない」


「ほう。仲間のおまえにも隠していたのか。傑作だ。お前には見えないのか? その耳が、尻尾が。うまく隠していたようだが私には見えるね」


 エンチクロペディアの視覚強化能力。遠くを見たり隠されたものを看破したりできる。

 あの女軍師の言っている事は本当だろう。

 間違いなくリゼルの耳と尻尾を見ている。


 そしてまじまじとリゼルの顔を覗き込んだウルガーも直感的な能力で見えたのだろう。

 ピクリと眉を動かした後、無言でまだ目の開かぬその顔を見続けていた。


 リゼルがグロリアであることを知られてしまった。

 本人も知らない事実。ナバラ師匠と俺しか知らない。


 ……ん、まてよ?

 マフバマさんは知っていたのか? ナバラ師匠から聞いたのか?

 いや、たとえナバラ師匠とマフバマさんが親しい仲だったとしても、それだけでその話を伝えたりはしないはずだ。


「いやぁまったく、笑わせてくれるねぇ。人語を操る獣風情。言葉は喋れても知能は高くないと見える。お前のその服装、所作。お仲間のグロリアの中でも身分が高いんだろ? それがお供も連れず戦場にのこのこ現れるなんてねぇ」


 そ、そうだ。なんでマフバマさんがこんなところにいるんだ。村でエネルギーを貯める総指揮をしながらリコッタを待っているはずだ。


「確かに私情を挟むなど司祭のすることではありません。ですが心配だったのです」


「心配だと? 戦場とは命のやり取りの場。そこでは死は日常茶飯事だ。子供も女も、戦場に出れば皆等しく戦士。死ぬ覚悟はできている。お前たちがどうかは知らんが、少なくとも帝国軍人はそうだ。それを心配するなどと帝国では軟弱とされる」


「娘の心配をしない親がどこにいましょうか。それは帝国でも同じはずです。あなたには子供はいないのですか?」

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