135 銃口の先

 俺があらかたの脅威を排除した事に遅れる事少し。レナが息を切らせて到着した。

 全力疾走し終えたレナは手で口元を押さえながらゆっくりと深く息を吸い込んでいる。


 んん? ああ、風で砂が舞っているのか。

 吸い込んだらいけないしな。スライムになってから呼吸をしていないから、ついつい忘れてしまう。


 さて、ナバラ師匠に怪我はないとは言え、テンペストクロウヒエルゥはもはや戦う事が出来ないほどに傷ついている。落下の前にフリーゲンゴレムにやられたダメージだ。

 致命的なのは翼。折れていて飛ぶことは出来ないだろう。


 師匠、ヒエルゥをクラテルに戻して俺の後ろに下がっていてください。


 ナバラ師匠は念話を使えるので俺と会話ができる。だから意思疎通は完璧だ。


 などと格好つけた所だが、そもそも師匠が俺の意識を読んでいなくては伝わらないわけで……。


 俺はもう一度念じながらナバラ師匠とヒエルゥを体外に排出する。


 どうやら俺の思いは通じていたらしく、師匠はレナからグロリア用回復薬を受け取ってヒエルゥにぶっかけ、そしてクラテルに戻した。


 さてと……。


「なんだんだいあのスライムは。あれがただのレッドスライムなわけが無いだろう! いつも言ってるだろ! 情報は! 正確に! って!」


「で、ですがナフコッド様、あうんっ! 昨日はっ! そんなことっ! なかったん、あふぅ!」


「言い訳をするな言い訳を! ああもう、無能だねぇ!」


 なんだあれは……。

 チラ見した時から気にはなっていたが、露出の高い服装のおねーちゃんが鞭で帝国兵をシバキ上げている。


『ヤツはナフコッド・シベラ。帝国の軍師らしいのじゃ。その力は未知数じゃが軍師という肩書通りの力は持っておる。ワシらもいいようにやられてしもうた。気を付けよ』


 ナバラ師匠からの念話だ。


 帝国の軍師ね……。

 本国からの増援だろうか。昨日からすでにいた線も考えられるが、空に浮いているあのオーロラシェル……あれならダグラード山脈上空に吹き荒れる乱気流も乗り越えて帝国から直接やってこれるだろう。


「まあいい、予定は狂ったが計画そのものは順調だ。今後あのスライムはレッドスライムXと呼称する。そして報告に合った4人目、レナ・ブライス……」


 あいつ、レナの事を知っているのか!?


「続行だ。陣形を整えろ!」


 俺が何体か倒したとは言え、フリーゲンゴレムはまだ両手では数えられないほどの数が残っている。俺には手も指も無いけど。

 見た所、波状攻撃を仕掛けてきていたようだが、同じ戦法で来るのか?

 俺に近づいた時点で爆散だぞ?


「エンチクロペディア! お前の力見せてやれ!」


 ――ゴウッッ


 俺達の周囲の風が一層強くなる。


「ぐうっ、こりもせずまた風か。帝国の軍師とやらもたかがしれてるな」


 リゼルが言うように同じ……なんだろうか?

 確かに風は風で同じだが、威力が今までよりも強くて何よりも……。


「スー、見えないよ!」


 そうなんだよ。風が巻き上げる砂が視界を覆っているのだ。砂嵐、いや砂の竜巻の中にいる感じだ。

 俺は目が無いので視覚は感知能力に頼っているのだが、この砂で感知能力も制限されている。

 俺の視界を奪ってフリーゲンゴレムを破壊させない算段か?


 空中のリゼルはどうなった? 飛べているのか?

 黒い影みたいにしか見えないぞ。

 上には影が3つ。フリーゲンゴレムもいるのか?


 ――ガゴン


 うげっ、岩、いや、爆散したフリーゲンゴレムの破片か。風にのって俺にぶつかってきた。

 体は砂まみれ砂利まみれ。空もそうだが地上はもっとひどい。


 俺はレナとナバラ師匠に岩がぶつからないようにガードする。

 すまんが防戦一方だ。ウルガーとリゼルでこの砂嵐を何とかしてくれ。


 一体何を考えているんだ帝国の軍師とやらは。

 確かに俺は防御に手一杯だが、これだけでリゼルやウルガーを倒せるとは思わないぞ。


 ――クエェェェ!


 そんな中、突如鳥の鳴く声が響いた。


 なんだ、どうした!?

 空のヒーランからだ。何があったんだ?


「大丈夫かヒーラン! くそっ、どこから撃ってきた!」


 様子は全く分からないが、どうやらどこからか狙撃されたようだ。

 ヒーランは大丈夫なのか、どうなんだ!?


「どうだい、恐ろしいかい? 視界0の中で撃ち込まれる弾丸はどんな味だい!」


 ――クエッ、クエェェ!


「ほら、ほら、もっと踊れ、無様な姿を見せてみなよ! あーっはっはっは!」


「くそっ、血が止まらない。何とかこの狙撃から身を隠さないと……」


 どこから狙撃されているのかは俺にも分からない。

 どうやらこの竜巻の中と外を隔てるように何らかの力に覆われているのようなのだ。そのため先ほどまで明確に見えていた外の様子は今はほとんどうかがい知ることはできない。

 かろうじてボンデージスーツ軍師の姿が分かるくらい。その先にあるはずの巨大なオーロラシェルの存在もぼやけて分からないのだ。


 ケロラインは……大丈夫だろう。

 彼女にはどんな弾であっても当たるイメージが湧かない。


 俺だって問題ない。

 狙撃は回避できないだろうけど、撃たれたところで重要な臓器があるわけでもなく、ダメージはたかが知れている。


 となるとやはり――


 リゼルっ!

 一旦着地するんだ!

 って、俺の声は聞こえないか! 仮契約時代なら以心伝心だったものを!


「リゼルさん! 着地してください! そのままじゃ狙い撃ちに!」


 レナの通訳が入った!

 そうだリゼル着地着地!


「いや、着地はしない」


「えっ、でも……」


「あるんだよ、身を隠す場所が。それはここだ!」


 ここってどこだよ!

 見えないよ!


「ほう、フリーゲンゴレムの影に隠れたかい。確かにその巨体なら壁としては最適。

 だがな……悲しいかな、お前はグロリア研究家だ。騎士でも軍人でもない。だから軍隊の事を何もわかっちゃいない」


「どういうことだ! 何が言いたい!」


「こういう事さ」


 ――ギュリィィィィィィッ


 金属が固いものと触れ合った時に出るような甲高い音がした。

 もしかして、これは、まさか……。


 ――クエッ、クエェェ!


 ヒーランの鳴き声。

 俺は自分が想像した事が現実になったのではないかと恐怖する一方、まさかそんな事は無いだろうと自分に言い聞かせていた。


 ――ドサッ


 空から何かが降ってきた。

 あぁ、やっぱり……。

 なんでそう言う予感ばかりが当たるのか……。


「あーっはっはっは! だから言ったろう。お前は軍人じゃないって。

 どうしてフリーゲンゴレムごと撃ち抜くって考えなかったんだい。

 どうしてグロリアではなく自分が狙われるって考えなかったんだい!」


 音を立てて地面に落下したのは紛れもなくリゼルだった。

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