133 クシャーナ防衛戦 その3
その動く岩塊の動作は軽やかなステップとは言い難いがスローすぎてあくびが出るほど遅くも無い。
爆音を携えて迫る巨大な岩の壁に対し、リゼルは
想定通りである巨体による拳打を回避し、その体に爪での一撃を加える。こちらも想定通りその岩石ボディに傷はつくものの対したダメージにはなっていない。
ナバラの方も同様だ。迫るフリーゲンゴレムに対してくちばしで突撃するが、表面を削り取っただけでその大きな体に対してはダメージ割合は少ない。
こいつは骨が折れそうだ。
リゼルは独り言ちたが、その声は爆音にかき消された。
地上のウルガーと
重力を乗せた空からのパンチに対し、あえて自らのパンチを合わせるケロライン。
岩の拳と小さな蛙拳が触れ合った瞬間、岩石で出来た腕にビシビシと亀裂が入り、フリーゲンゴレムの右腕が砕け散った。
様子見を終えたリゼルとナバラも本格的な戦闘に移る。
先ほどまで表面を削るだけだった攻撃も、
さすがは歴戦のグロリア研究家達。時には危険地帯に入ってはぐれグロリアの調査を行う彼女達はグロリアバトルも高い能力を発揮する。
「ナフコッド様。思ったよりも損傷率が」
「そうだな。入れ替えろ」
場に出ているフリーゲンゴレムの全てが3人に襲い掛かっていたわけではない。今攻撃を行っているのは前後3列のうちの1列目のみ。前列の消耗が激しくなったため入れ替わるように2列目が前に出る。
後方に戻った1列目のグロリア達。片足を失っている個体もあれば両腕が欠損している個体もあったりと消耗が激しいが、すぐさまグロリア用回復材で治療が行われる。
穴の開いた体、失われた四肢。それらが修復されていく。
1列目の回復が済み隊列を組みなおして再出撃準備が完了した頃、しばらく攻撃を続けていた2列目も消耗し、3列目が交代で攻撃に出た。
回復しながら絶え間なく攻めて来る帝国軍と違い、ウルガー達3人は休む暇も無く動きっぱなし。もちろん疲労は蓄積していく。
だが歴戦の3人はちょっとやそっとの疲労が溜まったくらいでやられたりはしない。
この程度の猛攻ならしのぎ切ることは可能だと、ナバラは
とはいっても防戦一方。このままでは勝ちを得る事は不可能だ。時間をかける事によってオーロラシェルによる2射目が撃ち込まれてしまうだろう。
それも問題だが、帝国の軍師とやらの戦略がただの時間稼ぎなはずはない。
まだ見せぬ手を警戒しながら反撃の一手を打つ必要があった。
そんな中、ウルガーの相手をしていたフリーゲンゴレムが爆散した。
「ナバラさん、リゼルさん! 水をぶっかけてそこを撃て!」
爆音の中でも聞こえるよう大声を張り上げたウルガー。
よく見るとケロラインのぬめった舌で一撃を入れた後、そこに掌底を叩き込んでおり、次々とフリーゲンゴレムを粉砕していった。
「分かってはいる! だがそんなに都合よく水分なんか用意できない!」
進化前の岩女の弱点も水分だった。自己再生を行う岩女も水分が付着した場所は再生できずそこにダメージを受けると崩れ去るからだ。
それを知っているとは言え、ほいほいと水を用意できるわけではない。
リゼルの契約するAランクグロリアである
今リゼルの手持ちグロリアは調査用のグロリアばかりであり、最も戦えるのがこの
ナバラもそうだ。そもそもグロリア研究家を引退しており、契約しているグロリアが少ないこともあって今は
だが四の五の言っても仕方がない。
リゼルはカバンからグロリア用回復材を取り出すと岩の巨体に投げつけ、そこめがけてヒーランの一撃を撃ち込んだ。
回復材が50も100もあるわけでは無い。焼け石に水。3体のフリーゲンゴレムを倒した後はまた膠着状態に戻ってしまう。
仕方ない、とウルガーは独り言ち、ケロラインに迫るフリーゲンゴレムを自らが引き受け、そのパンチを回避しつつ腕を掴み巴投げを披露した。
その隙にケロラインは跳躍し、リゼルとナバラの相対するフリーゲンゴレムの横をかすめてすれ違いざまに一か所ずつ唾液を塗りつけていった。
反撃の狼煙が上がったとばかりに空中の二人はその一点を狙って攻撃し、フリーゲンゴレム達は数を減らし地面に瓦礫の山を築いていった。
「ナフコッド様……」
「分かっている」
(さて、アレの為だとは言えあまり手を抜きすぎるのも良くないねぇ。それに……帝国軍がこの程度だと思われるのも面白くない)
ナフコッドは戦場を見渡しながら思考を巡らせ、この後とるべき作戦の指示を出す。
「あれを出せ。カエルの足を止めろ」
ここで帝国軍は新たなグロリアを投入する。
後方で待機していた2名の騎士。飛行グロリアに乗った騎士のクラテルから光の粒子が放たれ、上空で実体化していく。
だが、それは完全に実体化する前に、ズンッ、ズンッと大きな音を立てて地面へと着地した。
着地の衝撃で地面がひび割れる。
相当の重量のグロリアが空から降ってきたことになる。
実体化が完了し、そのグロリアの姿があらわになる。
丸っこい姿の巨大なグロリア。丸っこい体をふわふわの体毛が包んでおり、その胴体が全体の8割ほどを占める。小さな頭部はウサギのように長い耳が空に向いて伸びており、胴体には短い手足がついている。
全長こそフリーゲンゴレムと同じくらいだが、横幅も全長と同じ程度ある。要は凄く太ったウサギ。
Bランクのセキワケウサギだ。その脂肪と体毛で打撃の衝撃を殺して無効化する。もちろん剛性の高い体毛により突起物や刃物からの防御力も高い。
そしてそれが2体。ズシンズシンと歩いてウルガーの前に向かった。
その姿を見たケロラインはフリーゲンゴレムへの攻撃を中止し相棒であるウルガーの元へと戻る。ちょうど唾液も枯れかけてきた所だ。
そして相手の力量を図るかのように2対1の手合わせを始めた。
目論見通りにケロラインの足を止めることに成功したナフコッドは、このタイミングで左手に持っている自らのグロリア、エンチクロペディアに自らの輝力を注ぎ込む。
「なんだ? 急に風が……うっ!」
リゼル達を中心に風が巻き起こり始め、その強さを増していく。
「この風、厄介じゃ。飛行が……出来ん」
まるで球形に張られた結界のようにその内側では強い風が吹き荒れる。
刻々と変わる風の動きに翻弄されるリゼルとナバラ。この暴風に抗うのが良いのか乗るのが良いのか。
その外側で状況を眺めているナフコッドと帝国軍。
「どうだい涼しいだろう? 奮闘を続けるお前達に私からのささやかな贈り物だ。その暴風の中、今まで通りに戦えるかな? あーっはっはっは!」
風の余波が高笑いするナフコッドのマントをわずかに揺らす。
「リゼルさん! ナバラさん!」
体勢維持に手一杯の上空の二人を見上げるウルガー。
とは言えウルガーにも余裕はない。
体技で格闘戦を挑んでくるセキワケウサギは思ったより素早く、振り切って二人を助けに行くことなどできそうにない。ケロラインはその打撃を捌きながら攻撃を繰り出しているが、セキワケウサギの体毛と脂肪に阻まれて決定打にはならない。
「こっちの事は心配いらない! ぺっぺっ……。砂が口に……」
暴風に乗って地面の砂が巻き上げられている。その中には砕け散って破片となったフリーゲンゴレムの岩石も混じっている。
「ほらお前、攻撃の手を止めてるんじゃないよ。さっさと続きをやりな!」
ナフコッドが鞭を取り出して横に控えていた騎士を打ち付ける。
恍惚の表情を浮かべている騎士。
鞭でのお仕置きを続けるといつまでたっても攻撃が始まらない事を知っているナフコッドは仕方なく鞭をしまい込んだ。
暴風の範囲は一定でありそこから抜け出すことも簡単のように思えるが、そうはさせまいと並び立つのがフリーゲンゴレム。
その巨大な質量を浮遊・飛行させるための爆発物による推進力は凄まじく、この暴風の影響もまるでないのだ。
動きに制限を受けるリゼルとナバラ、動きに制限を受けないフリーゲンゴレム。
戦局は帝国軍優勢に動き始める。
「このっ!」
フリーゲンゴレムの攻撃を回避するのに手一杯のリゼル。
反撃を行う間もなく回避し続けるが、暴風の中にあっても壁のように迫るフリーゲンゴレム達の攻撃を徐々に受け始め……岩の拳が脚がヒーランの顔を翼を打ち付けていく。
「こんな時にスーがいてくれたら……」
この辛い状況の中リゼルが思い浮かべたのは頼りになるスライムの事。
ある時は海中で、ある時は山中で、絶体絶命のピンチを救ってくれた。
人懐っこく気が利いて、どんな事があってもこのスライムなら何とかしてくれる。彼女が全幅の信頼を置いているスライムの事。
「スー? 報告に合った赤いスライムの事か?」
一挙手一投足、その様子を逃さないように、獲物を狙う蛇のように見つめているナフコッド。エンチクロペディアの力で増幅された聴力によって、僅かに漏れたリゼルのつぶやきを耳で拾った。
「ククク、たかがスライムが何が出来るっていうんだい。相当参っているようだねぇ。もっとだ、もっとだよ。もっとお前の泣き声を聞かせてみな!」
「ふん、だれが泣き言を言ったって言うんだ。あまりにも温い攻めなもんでバカンスの事を考えていただけだ!」
「ふぅん。頑張るねぇ。でもお仲間はどうかな?」
その一言によってリゼルは自分の事で手一杯で二人の様子を見ていなかった事に気づいた。
視線は無意識のうちに下ではなく横へ。同じく空で戦っているナバラの方に向けられた。
「師匠!」
そこにはフリーゲンゴレムの太い腕に捕まってもがくヒエルゥの姿があった。
「リゼル、よそ見をしておる場合か! そんな暇があったら前を向くのじゃ!」
左の翼に、右の翼に、頭に。次々とフリーゲンゴレムが取りついていく。
「リゼルよ! ワシの代わりにこのクシャーナを、クシャーナを守ってくれ!」
「師匠! 師匠!」
もはや黒い羽根は見えない。隙間なくフリーゲンゴレムが取りつき、さらにその上からも次々とフリーゲンゴレムが取りついて……。
圧殺、いや、これはその重量で地面に落下し押し潰すのだとリゼルは悟った。
「くくく、ふはははは、そら、まずは一人だ!」
浮力の限界を迎えた岩の塊は、吊り下げていた糸が切れたかのように地上へと落下する。
「ししょぉぉぉぉぉぉ!」
リゼルの叫びも虚しく轟音を立てて岩の塊は地面に激突した。
鳥グロリアは飛行のために軽い体構造をしており防御力は言うほど高くは無く、超重量を伴って地面に落下したとあっては騎乗者が無事であるはずもない。
信じたくは無かった。
グロリア研究家にとって調査は危険と隣り合わせ。
実際そういう話はよく聞いていたが、それでも、この場でそうなってしまうなんて思わなかった。
親と死に別れた自分を育ててくれた育ての親。独り立ち出来るように、そして後継者となるように自らの持つ知識を惜しみなく授けてくれた恩人でもある。
そんな師匠に自分は何か返すことが出来たのだろうか。いや、まだ何も返せていない。恩に報いる事なんてできちゃいない。
それなのに、それなのに!
忌々しい笑いを上げている帝国軍師。
師匠の仇を取らなくては。あいつを倒して仇を取って、そして、師匠の願いを、託された願いを、クシャーナを守るという大事な願いを叶えてあげなくては。
だが、いつの間にか癇に障る高い笑い声は聞こえなくなっていた。
「な、なんだ、なんなんだよ……それは!?」
その代わりに素っ頓狂な声が聞こえたのだ。
落下地点。落下による衝撃で舞い上がった砂煙も吹き荒れる風ですぐに散ってしまう。
リゼルはゴーグルもあってその視界は良好で、その後に起きた一部始終を目撃することになる。
落下の反動かどうかは分からない。
一つの岩の塊となっていたゴーレムたち何かに弾かれたように一斉に空に舞い上がり、山なりの軌道で地面に落下したのだ。
そしてその中心に半透明の赤い物質に包まれて目をぱちくりさせているナバラの姿があった。
間違いない。
あれは、あの姿は!
そう思うとリゼルは声を出さずにはいられなかった。
「スー!!!!!」
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