132 クシャーナ防衛戦 その2

 少しずつ開いていく貝殻。

 隙間からはオーロラシェル内部の様子が見える。


 生物の有機物的な部分はごく一部。貝の中心にある白いクッションの様な物だけ。それ以外はまるで屋内であるかのようにカーペットが敷かれ家具が置かれ天井は塗装されシャンデリアまでついている。


 そしてその異質な空間に立つ一人の女性。

 妖艶な雰囲気の紫色のルージュを引き、胸のあたりまである長い前髪が右目を隠している。いわゆる片目隠れ。口紅と色を合わせたアイシャドウが引かれた目は鋭く、ヘビのようにウルガー達を見下ろしている。

 露出率の高い黒のへそ出しボンデージスーツを身に纏い、歴戦の提督が着用するような袖のあるマントを上から羽織っている。通常、戦場では見ることのない姿。


 オーロラシェルの貝殻が開ききると女はすっと浮かび上がり、貝の中から外へと移動した。


「ウルガー・ディノディラン、ナバラ・バラン、リゼル・クーシー。おや……報告ではもう一人いるはずだが……」


 ハタハタと風になびく黒いマント。

 裏地は赤く、コントラストによって身に着けている黒ボンデージスーツが良く映える。


「あんた……何者だ?」


 (その姿も気になるが、グロリアに乗ることも無く宙に浮いているのはどういった仕掛けなんだ?)


「ふん……。お前達のような田舎者に名乗る名前など持ち合わせて――」


「このお方はナフコッド・シベラ様!

 帝国軍人にして栄えある軍師であらせられる! 図が高いぞ!

 そうですよね、ナフコッド様」


 横を飛んでいた帝国兵がナフコッドの発言を遮って高らかと彼女の紹介を行う。

 いや……行ってしまった。


 上手く紹介できました褒めてくださいと言わんばかりの帝国兵に対し、ナフコッドは腰のあたりから鞭を取り出すと目にもとまらぬ速さで打ち付けた。


「ひぎぃ、い、痛いです!」


「この馬鹿者が。お前たちは! どうして! いつも! そうなんだ!」


 怒鳴りながら鞭を振るい続けるナフコッド。


「ひぎぃぃぃぃぃ、もっと、もっとぶってくださいぃぃぃぃ」


 反省しろ、反省を、と言いながら鞭を振る事しばらく。

 ようやくお仕置きが終わったようで、恍惚とした表情を浮かべる帝国兵とそれをうらやましそうに見ている周りの兵を尻目にナフコッドは鞭をしまった。


「さて、昨日はこの無能どもをいいように痛めつけてくれたらしいな。これでも陛下の大切な駒でねぇ。田舎者とはいえ帝国に泥を塗る愚行を犯したお前たちを放置するわけにはいかないのさ」


「御託はいい。つまりはお前とそのデカブツを倒せばいいってことだろ」


「気の早いやつめ。たった3人で私の指揮する帝国軍にかなうと思うのかい?

 愚かな考えだがまあいい。わざわざ私が出てきたんだ。簡単にやられてくれるんじゃないよ?」


 胸元からクラテルを取り出すナフコッド。その形状は指輪リングそのものと言って相違ない。


 手のひら大の正方形であるルーナシアのクラテル、同じく手のひら大で円柱形のイングヴァイトのクラテル。それらよりもはるかに小さな帝国製の指輪クラテル。


 クラテルの形状と大きさは国によって違い、それはそのまま技術力に直結している。もちろん小さいほうが技術力が高く、それすなわちルーナシア・イングヴァイトと帝国の国力の差を表している。


 取り出したそれをすっと自分の指にはめるナフコッド。

 その手にはすでに他の指輪が着けられていた。


 指輪クラテルが光りを放ち、そこからグロリアが呼び出される。

 輝力の粒子が形作っていったのは分厚い辞書のようなグロリア。Aランクグロリアのエンチクロペディアだ。Eランクのワンダーブックの進化系であり、その体にはあらゆる情報が載っていると言われている。


「ウルガー殿、気を付けられよ。あのグロリアはエンチクロペディア。お主のグリーンフロッグでは相性が悪い」


 ナバラは知っていた。エンチクロペディアの能力はただ情報を得ることだけに留まるものではない。そこに書かれた情報を具現化する事が可能で、主に暴風、灼熱、豪雪などの自然現象や天候を模倣し操作する力があると言われている事を。


「そうであれば師匠、あのハレンチ女の相手は我々がしましょう」


「誰がハレンチ女だってぇ?」


「すまない。本人に聞こえてしまったか。聞こえないように言ったつもりだったんだが」


「生意気な女だねぇ、リゼル・クーシー。

 ククク、退屈な任務だと思ったが楽しめそうじゃないか。私はお前みたいな鼻っ柱の強い女を泣かせるのが好きでね」


「このスーパーお淑やか美女を捕まえて鼻っ柱が強いだなんて、言ってくれるじゃないか。私達にやられて泣いて逃げ帰るのはアンタ達の方さ」


「まあ口だけなら何とでも言えるさね」


「それはお互い様だ。すぐに打ち負かしてやるよ。かかってきな!」


「威勢がいいのは結構だが、いつ私がお前達の相手をすると言ったんだい? お前達の相手はこいつらさ」


 ナフコッドの言葉を皮切りに、飛行する帝国兵が次々とグロリアを呼び出していく。


「こいつら……」


 50を超えるグロリアが出現し、空が灰色に染まる。


「飛び岩男じゃ。よくこれだけ揃えたものじゃ」


 正しくはフリーゲンゴレム。岩女ストーンマンの進化系であり、背中にあるバックパックのような部位で体内で生成した推進剤を爆発させ、その爆発力で飛行を可能とした岩石素材のグロリア。

 フリーゲンゴレムはリゼルのスプリガンホーク、ナバラのテンペストクロウと同じBランク。

 珍しい部類に入るそのグロリアをこれだけの数揃えた事にナバラは感心した。


「数は多いですが鈍重なグロリア。飛行しているとは言えそのスピードは私のヒーランや師匠のヒエルゥには及びません。特性を生かしながらうまく戦えば問題ないでしょう」


 地上にウルガーとケロライン。空にはスプリガンホークヒーランに乗るリゼルとテンペストクロウヒエルゥに乗るナバラ。

 その前方に壁のように陣を組むフリーゲンゴレム。飛行できるためY軸方向、つまり縦方向に制限は無く、おおよそ5mの全長のフリーゲンゴレムが上下に三列。それだけではなくその後方にまた三列分、隊列を作っている。

 その後方にはフリーゲンゴレムの契約者マスター達が陣取り、さらに後ろに軍師であるナフコッド。そしてその後ろにはオーロラシェルという布陣だ。


「攻撃開始! 敵を圧殺せよ!」


 ナフコッドの号令によりウルガー達に襲いかかるフリーゲンゴレム。

 移動の際に爆発させている推進剤の音が辺りに鳴り響いた。

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