130 大欅を超えて第4コーナーへ

 大空を駆ける3体の飛行グロリア。

 先頭を進むのはウイングキャメル。それを追うのは2体のブルーグリフィン。

 もちろん先頭の俺達が2騎のイングヴァイト共和国国境警備隊に追われる展開だ。


 咄嗟の事で対応が後手に回った国境警備隊の方々だったが、今はもう追走状態。こちらが最初に得たアドバンテージは無くなりつつある。


 『ブルーグリフィン:Cランク

  モアグリフィンの進化系。飛行能力がさらに高まっているが四六時中飛行しているため四肢の力はモアグリフィンより下がっている。二つの肺を持ち火炎と冷気を器用に吐き分ける。好物の木のみを火炎で焼いて食べる習性があるが、時たま火力が強すぎて木の実が消し炭になっている様子を目撃することが出来る』


 とまあ神カンペさんの情報だが、軍隊で使われる飛行グロリアとしてはメジャーなグロリアだ。青い羽毛のこのグロリアは、鷹のような上半身と虎のように強靭な下半身を持っている。その容姿は子供たちにも大人気。もちろん飛行能力も申し分ない。

 契約者マスターが騎乗する分、単体で飛行する鳥グロリアには劣るものの、とりあえず飛べる部類のフライモーモーや巨体の飛行グロリアでは遠く及ばない。


 まあそういう訳で、ウイングキャメルバコタよりもトップスピードは優れており、目下彼らにジワジワと接近されている所です。


「マックス様、もっとスピードを。追いつかれてしまいます」


「い、いや、簡単に言うけどね、もうバコタは全力飛行中なんだ」


「バコタ頑張って!」


 リコッタがバコタのコブを手で撫でる。

 スリスリスリスリと高速で動くその小さな手。摩擦熱でコブを温めて元気を出してもらおうという考えなのだろうか。


 そんなリコッタの想いに応えたのか、バコタの速度が上がったような気がする。


 が、それも極僅か。

 後方を見ると、追ってくる2騎の姿は先ほどよりも大きくなっていた。


 はるか前方には空に浮かぶクシャーナ。

 まだ豆粒ほどの大きさだがゴールが見えているのは心強い。クシャーナに上陸できれば後はどうとでもなる。


 ――ボウッ


 俺達の横を火炎弾がかすめて行った。


「おわーっ! 撃ってきたっす!」


 落ち着けマックス、今のは威嚇だ。弾道は俺達からかなり離れていただろ。

 とは言えだ。すでにブルーグリフィンの射程圏内だと言う事に変わりはない。あちらさんがやる気なら俺達の撃墜も可能だろう。


「マックス様、クシャーナはすぐそこです。威嚇に屈せずに進んでください!」


「もちろんっす!」


 ――ボウッボウッ


 いくつもの火炎弾がかすめて行く。


「ひゃぁぁ、当たっちゃうよ。お兄ちゃん、撃ち返して!」


「無茶言わないでくれっす! 相手は後ろにいるんすよ。そもそもバコタは攻撃手段を持たないっす」


 まあそうなんだよね。相手は遠距離攻撃もOKな、まさに騎乗して戦うために生まれてきたような存在。それに比べてこちらは遠距離攻撃方法を持たない運搬用の飛行グロリア。それも大人数用の。


「マックス様、後方から火炎弾来ます。直撃コース!」


「こなくそっっっす!」


「うわわわわっ!」


 直撃コースの火炎弾。それを回避するためマックスはバコタに強引な指示を行う。

 今まで無かった横方向の動きを急に入れたことで、レナ達は振り落とされまいとしっかりとコブにしがみつく。


 何とか回避できたものの、回避行動を行ったため飛行スピードが僅かに落ちてしまった。

 それも問題だが、今の攻撃も問題だ。

 威力が弱められて弾速も先ほどより遅いとはいえ、確実にこちらを狙って来た。

 もはや警告の時は過ぎてしまったと言う事だ。


 相手さんがやる気ならこちらもやるぞ! 俺の粘着弾をくらえ! と言う訳にはいかない。

 マックスじゃないけど傷害沙汰は避けたい。それをしてしまうと俺達も帝国と何ら変わりなくなる。


 何とか逃げ切ってクシャーナまでたどり着きたい。

 だけど先ほどの緊急回避で相手さんとの距離はさらに詰まっている。追いつかれて横に並ばれるのも秒読み段階だ。


「緊急用の奥の手を使いたい所っすけど……」


「今がその時です。早く使ってください!」


「いや、それが出来ないんっすよ。コブから煙幕を出せるんっすが……今やるとリコッタちゃんとレナちゃんと巻き込んでしまうっす」


 そうなんだよね。ウイングキャメルはそのコブから煙幕になる体液を放出して逃走する習性があるんだが、その体液は人体に良いものではなくて。

 マックス一人ならコブから出た体液はそのまま後方に向かうから問題無いけど、今はどのコブの後ろにも人が乗っている。つまり実行したら俺も含めて体液丸被り……と言う事になる。


 だったら代わりに俺がやれば!

 レナの後ろ……バコタの尻上でやれば煙幕がレナ達にかかる事はない。


 レナ、やるぞ。伝えてくれ。


「マックス様、今からスーが煙幕を張ります。そのうちに距離を稼いでください」


「えっ? スーが? レッドスライムにそんな事出来るんすか?」


「ふふん、スーは何でも出来るんです。それでいてスーパーパーフェクトに可愛いスライムなんですよ」


 相変わらずレナは俺の事をべた褒めしてくるな。まあ悪い気はしない。

 レナの期待に応えるため、いっちょ頑張りますか!


 ウイングキャメルの体液そのままの成分を使うと体に良くない。俺達じゃなくて相手さん達に、だ。

 なので別の成分を使う事にする。


 ちょっぱやで神カンペを見て適してそうなものを探し出す。

 見つけた成分はエルブン酸と塩化グラナラスを混合したもの。成分比は2対19程度。

 ちょっと微妙な加減がいりそうだけど、まあやれるだろ。


 混合するのは可能だとして煙幕なので持続させる必要があって……。

 考えながら俺は体内に成分を蓄えていく。体が少し膨らんで、まるで備蓄タンクのようだ。

 そして準備完了。


 さていくぞ、発射!


 射出時に混合液を熱で気化させる。

 そうして広範囲に広がった煙は後方の国境警備隊さん達を包み込んだ。


「おおー。真っ赤だ。体に悪そう」


 え!? 無害だよという意図を込めて赤色にしたんだけど、やっぱり毒毒しい?

 でもまあ、視界は0なんで目標は達成だろ。さあマックス、今のうちに距離を稼ぐんだ。


 ――ヒュイン


 何か甲高い音がしたかと思うと、パキパキと俺の眼下のバコタの尻尾が凍り付いていた。


 いななきで異常を知らせるバコタ。

 状況はすぐにマックスにも伝わる。


 やっこさんたち、火炎じゃなく冷気に攻撃を切り替えてきたんだ。

 視界を奪われた中で火炎弾を打つと誤って撃墜してしまう可能性があるが、冷気なら多少当たっても即撃墜にはならないという判断か。さすがは国境警備隊と言う訳だ。


 ここで問題なのは煙幕を張っている都合上こちらからも相手が見えずに攻撃のタイミングも射線も全く分からないということだ。


 ええい、クシャーナはもうすぐだっていうのに。

 どうやって対策するか。幸い冷気も威力を落としているようで、凍り付くといっても凍傷を起こして細胞が壊死するほどじゃない。サンロードスライムである俺の熱があれば凍り付く事も無い。

 ただどこから来るか分からないのは問題だ。俺の体を盾のように広げて守る方法を採ると、空気抵抗が大きすぎてバコタの飛行速度がガタ落ちするだろう。だから守ってやれるのはレナの背中とバコタの尻だけだ。

 あとはなんとか攻撃をしのぎながらクシャーナにたどり着くしかない。


 僅かづつだが眼前のクシャーナが大きくなっていく。

 目標を定めず乱射される冷気はバコタの足を、羽根を凍り付かせる。

 俺は発熱する物質を射出して凍った部分を溶かしながらなんとか対抗して……そしてとうとうクシャーナ付近までたどり着いた。


「マックス様、高度を上げてください!」


「いや、それがっすね、バコタの残りの体力じゃ上昇することが出来そうにないっす。3人乗ってることも大きいっす」


 なんだってー!? ここまで来てたどり着けないってのか?

 

 すでに煙幕は解除している。俺の体内に貯めていた物質が切れたからだ。

 後方に迫る国境警備隊。これ以上逃げ切る事は出来ない。

 何としてもここでクシャーナにたどり着かなくては。


 スーが重すぎてごめんなさい、と述べているレナ。

 体重はレディにとって極秘事項なのは良く分かるし、俺が重い事にしてもらってもいいけど……。


 ――ドォォォォォォォォォォン


 な、なんだ!?

 クシャーナから何かが出てきた? いや、あれは高出力の砲撃か。


 どうやらクシャーナの上から放たれたらしく、クシャーナの外壁を貫通した後、眼下の地表へ到達してクレーターを生み出していた。


 なんていう威力だ……。

 ちょっと待て、あんな砲撃が行われているってことはすでに帝国が攻めて来てるってのか!?

 リゼル達は無事なのか!?

 ええい、こんなところで足止めを食っているわけにはいかない!


 マックス、今までありがとう!

 何がなんでも俺達をクシャーナに送り届けようというその想い、君の頑張りから痛いほど伝わってきたぞ。


 その頑張りに応えて俺達は先に進むよ!


「わわわっ!」


 リコッタの悲鳴。その原因は俺がリコッタを体内に取り込んだからだ。

 レナとリコッタを体内に入れて、準備完了。


「なんすか? なんすか? いったいなんなんすか!?」


 マックス、すまん。無事でいろよ!

 再会出来たら人間でも食べられる美味しい草をおごってやるからな!


 そうして俺はバコタの背の上で思いっきり跳躍した。

 頭上に鎮座するクシャーナめがけて。


 重力が俺の体を襲う。

 それなりの高度を飛行していたとはいえ、クシャーナの高さはさらに上だ。俺の跳躍でくらいでは頂上に降り立つことなんて出来ない。


 だが!


 ――ぶにょん


 俺の体は何とかクシャーナの外壁にへばりつくことに成功した。

 

 マックスは……。いた。俺がバコタの背中で飛んだ反動できりもみ状態になって落ちてるが、仮にも騎士団の飛行部隊だ。あれくらいなら立て直せるだろう。


 そんなマックスを2騎の国境警備隊が追っていく姿が見える。

 どうやら俺達を追う気は無いようだ。


 俺はマックスの無事を祈りながらペタリペタリと外壁を登る。

 すでに戦いが始まっているであろう戦場に向かって。

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