129 天駱駝幻想

 元気になったリコッタを引き取って自宅へ戻り一泊。早朝からの出発なので早起きして簡単な朝食を取って出発の支度をして。そうして準備万端になったところで昨日訪れた王都守護騎士団の本部へとやって来た。


 本部に併設された広場にはすでにマックスを含めて20名ほどの小隊が陣取っており、各々が自身の飛行用グロリアをクラテルから出して準備に余念が無い。


「マックス様、よろしくお願いいたします」


「お~、レナちゃん、おはようっす。そっちがリコッタちゃんっすね。よろしくっす」


「よろしく、おじさん」


「お、おじさん!? 俺はまだ18歳のお兄さんっすよ?」


「そうなんだ? よろしくお兄さん」


 などと言うやり取りをしている二人をよそに、これから命を預けるマックスのグロリアを眺める。


 4足歩行のグロリアで背には3つのコブが付いている。地球的に言うとラクダ。

 3つのコブがあるラクダは地球上には存在しないが、このラクダはそもそもグロリア。だって体の横に翼があるし。

 天馬ならぬ天ラクダ。Dランクのウイングキャメルだ。


 背中の3つのコブの前には鞍が取り付けられている。馬に乗るときのやつだな。それが3つ。つまりは3人乗りなのだろう。

 今回の任務にはおあつらえ向きだな。


 いやまてよ? 一人はマックスだから、マックス、レナ、リコッタで3人だ。

 俺はカウント外!


 いやしかしだな、クラテルの中じゃいざという時に困るので、何があっても俺は乗っていくからな。乗っていくからな?


 そんな俺の決意をよそに、作戦会議が始まった。


 この小隊の隊長さんが机の上に地図を置いて航路を説明する。

 ナバラ師匠に聞いたとおり浮遊大陸クシャーナが空を周回していることは昨日説明している。昨日はルーナシア内に、そして今日はイングヴァイト国内を浮遊しているので間違いない。

 大陸の移動速度は計測して詳しく割り出し済みだということで、小隊の飛ぶスピードを計算し飛行ルートを決定したとの事だった。

 まあその辺は運転手のマックスに任せよう。


 その後、浮遊大陸上陸後のいくつかの展開について説明があり、作戦会議は終了。出発と相成った。


 ◆◆◆


 さてマックスのグロリアに乗るぞ、という所。


「よーしバコタ、いいこだ」


 ラクダはの背中は位置が高く、スクッと立たせたままでは乗るのに一苦労だ。馬の約2倍は足が長いらしいからな。

 そのためマックスはウイングキャメルバコタをしゃがませて、乗り込みやすくしてくれた。


「リコッタちゃんは真ん中、レナちゃんはその後ろでいいっすか?」


「分かりました。さあリコッタちゃん乗りましょ。私はスーと一緒に乗るわね」


 おう! 一緒に乗ろう!


 いつも通りレナが抱っこして乗ってくれるようで、ほっと一安心だ。仲間外れは寂しいんだぜ。


 俺を抱きかかえたままじゃ両手がふさがっていてレナは鞍に乗り込めない。俺はぴょいっと跳ねてラクダのコブの上に乗り、スライムボディをむにゅっと伸ばしてレナの手を取りお姫様エスコート。

 ありがとうスーと笑顔を向けてくれたレナに対してジェントルマンたるもの当然ですとお答えしておいた。


 さぁ出発出発。

 おや? どうしたんだリコッタ?


 不安な表情を浮かべたまま一向にウイングキャメルバコタに乗ろうとしないリコッタ。


「どうしたのリコッタちゃん。もしかしてバコタが怖い?」


「う、うん。こんなに大きなの見たこと無いから」


 クシャーナの生態系については良く知らないけど、この様子から大型のはぐれグロリアは存在しないようだな。


「大丈夫っすよ。バコタは体は大きいけどのんびりした温厚なやつなんす」


 そう言いながらマックスはバコタの頭をなでてやると、バコタは嬉しそうにしてもっと撫でてくれと催促してくる。


「ね」


「うん。かわいい」


「分かってもらえてうれしいっす。さあ乗るっす」


 マックスはリコッタの両脇下に手を入れて彼女の体を軽々と持ち上げた。俗にいう高い高い状態だ。


「うわぁ」


 そして、ゆっくりとバコタの背の上に降ろして鞍に座らせた。


「危ないからしっかりとコブにつかまっておくっすよ?」


「…………」


「どうしたっすか? あ、もしかして嫌だったっすか!? ごめんっす! 初対面の女の子に距離感近すぎたっす!」


 無言のリコッタだが、目はキラキラしている。これはもしや……。


「ん-ん。ありがとうお兄ちゃん!」


 リコッタは今にも弾けそうな笑顔でそう言った。


 ◆◆◆


 準備が終わり広場を飛び立った俺達。

 小隊長を先頭にV字型で編隊飛行を行っている。渡り鳥などが連なって飛んでいる時のあれだ。


 先頭を飛ぶ鳥が羽ばたく事で起こる気流に乗ると後ろの鳥たちは体力を節約でき長距離を飛べるというやつだな。移動はもちろんの事、この後戦闘が控えているため体力を温存するに越したことはない。


 ただ……小隊の中にはそもそも翼が無いグロリアもいて、地球上のその理論が働いているのかは分からない。代わりにこの世界独特の力学的な何かが働いているのかもな。


 俺達の乗るウイングキャメルバコタは一番最後尾に位置している。民間人でもありキーパーソンのリコッタを守るためだ。


 いやー、ラクダの背に揺られる空の旅もいいもんだな。

 空と言えばいつもはウルガーの跳躍によるものだ。あれは何度も上下するから落ち着かない。その点では同じ高度で飛んでくれる飛行グロリアには遠く及ばない。

 レナも俺を落とさないようにぎゅっと抱きしめ続けることになるから疲労も溜まるしな。


 今俺はレナの膝の上にいてコブとおなかに挟まれている。レナはしっかりと両手でコブを持って体を支えているので俺を抱っこ出来ないからだ。

 よくよく考えるとシートベルトも無い空の旅って怖いな。


 そんな風に編隊飛行を行う事しばらく。

 そろそろルーナシアとイングヴァイトの国境辺りに差し掛かると言う所で、正面の空に小さな影を捉えた。


 前進するにつれてその影は大きくなっていき、そして目視可能な距離に到達する。


 その影の正体は空飛ぶグロリアに乗った鎧を付けた人達。


「止まられよ。ここから先はイングヴァイト共和国。我々は国境警備隊。許可なくここを通すわけにはいかん」


 4騎の国境警備隊員が端的な説明を投げてくれた。

 小隊長のハンドサインで停止しそのままの場所で飛行を続けている俺達。ホバリング状態だ。


「ルーナシア王国の方々とお見受けするが、いかに友好国とは言えここを通るなら正規の手続きを願う」


「いかにも。我々はルーナシア王国第13独立部隊。正式な手続きは昨日のうちに行っている」


「その通達は届いておりません。ですのでお通しするわけにはいきません」


「じきに許可が出る。こちらは急いでいるのだ」


「そちらの事情は関係ありません。我々は職務を全うする必要があります」


 断固譲らない国境警備隊さん。

 イングヴァイト政府には依頼が届いているけど、その決定が国境までは届いていないという状態なのかもしれない。


 届いていない理由はさておき、ここで足止めというのは厳しいぞ。なんとか俺達だけでも通してもらえないものか。

 こうしている間にもクシャーナは帝国の攻撃を受けているかもしれない。


「マックス様」


「なんすかレナちゃん」


「行ってください」


「え゛っ!?」


「行ってください」


「無理っすよ。外交問題になるっす」


「大丈夫です。責任は全てウルガー様が取ります」


「え゛え゛っ!? ダメっすよ、流石にウルガー様でも他国といざこざを起こしたら」


「大丈夫です。すでに帝国とはいざこざを起こしてるので。ここで一国増えようと大差ありません」


「いやでも、それはっすね……」


「マックス様、私達は急いでいるのです。こうしている間にも罪もないクシャーナの人たちが苦しんでいるかもしれません。あなたは何のために騎士になったのですか? 苦しんでいる人を尻目に空を飛ぶためですか? 問題を引き起こすのが怖くてそんな人達を見捨てるのですか?」


「そうなの? お兄ちゃん腰抜けなの? ちょっとお父さんみたいかなって思ってたのにガッカリだ」


「っ~、うぅぅ、分かった、わかったっすよ。行くっすよ。俺は腰抜けじゃないっすよ。もちろん苦しんでる人たちを救うために騎士になったんっすから!」


 女子達の説得に応じたマックスだが……うーん、あの無理筋の説得に応じる辺りチョロすぎる。

 しかしまあ、危険を冒してやってくれるって言うんだ。その想いに応えて責任は全部ウルガーに取ってもらわないとな!


「いくっすよバコタ!」


 ウイングキャメルバコタに指示を出し、隊列を離れて猛スピードでイングヴァイト空域内へ向かう。


「あっ、こら、待てマックス、いかんー、外交問題になるー」


 棒読みの小隊長の横を過ぎて、まっすぐトップスピードに乗る。


「待て! ジルダ、ミオス、お前たちはあいつを追え!」


「お待ちください、お手を煩わせるわけには、身内の不始末は身内で。我々が連れ戻してきます」


「何を馬鹿な、止まれ。あなた方まで通すわけにはいかない」


 それ以上進むと攻撃する、という声が後方でかすかに聞こえた。


 俺は騎士、腰抜けじゃない、俺は騎士、と呟きながら全速力でウイングキャメルバコタを飛ばすマックス。


 そして俺達を追ってくる2騎の国境警備隊。

 ドッグファイトが今始まる!

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