128 リコッタの想い その2

 レナもお腹減ったのか。そう言えば朝から何も食べてないからなぁ。このいい匂いの中じゃあしかたないな。


「な、なにを言ってるのスー。あーあー、スーだめじゃないお腹をならしちゃ。お腹が減ったのね。しかたないわね」


 いやいや俺じゃないだろ。そもそもスライムは空腹時に腹なんか鳴らさないぞ。


 あ……。


 口をへの字に曲げてプルプルと震えながら顔を真っ赤にしているレナ。

 しまった、これはデリカシーが無かったってやつだ!


 いかん、レナ様がお怒りじゃ!

 なんとか、なんとかしなければ。


 そうだ、俺が腹の虫を鳴らせば万事解決だ!

 そうとなったら――


 ――ブボッ


 ……失敗した。

 なんかオナラをしたみたいな音がした。


「あはははは、スー、変な音!」


 失敗音に大爆笑するリコッタ。それにつられて笑い出す女騎士さん。


 あ、あはは、失敗失敗。爆発物の量が多かったな。もうちょっと量を少なくして小刻みにしたらいけるかな、あはははは……。


 ちらりとレナの表情を窺う。

 

 せ、セーフ!


 ふふふ、と笑いをこらえているレナの様子に俺は胸を撫で下ろす。


 なんとかピンチを乗り切ったようだ。危ない危ない。

 次回こういうことが無いように腹を鳴らす練習をしておこっと。


 皆が一通り笑ったところで、リコッタが俺に料理を分けてくれるというので、レナも一緒にご相伴にあずかることにした。


 料理を運び終えた女騎士さんは別の仕事があるからといって部屋を離れている。


「あ、そうだリコッタちゃん! マフバマさんが戻ってきて欲しいって」


 しばらく食事と歓談をしていた中、唐突に切り出したレナ。

 俺はシュワシュワと溶ける斬新な食感の草に舌鼓を打っていたのだが、速やかに食べ尽くす。


 そうそう、その大事な話を忘れていてはいけない。

 いくら腹が減っていたとしても俺達はそのために王都に戻ってきたのだ。


 だけど、その話を切り出した瞬間、ビクッと体を震わせたリコッタの姿を俺は捉えていた。これは一筋縄じゃいかないぞ。


「い、いやだ!」


 ほらね。立ち上がって全身で嫌さを表現する拒みっぷりだ。


「大丈夫だよ、クシャーナではリコッタちゃんが逃げ出したことになってたけど、ちゃんとマフバマさんが他の子の話を聞いて、本当の事が分かったから」


 レナさんちょっと端折はしょりすぎぃ。

 全然説得になってないから!


「逃げ出した!? あいつら私がいないからってそんなウソついてるなんて!」


 お怒りのリコッタに、クシャーナであった出来事を説明していくレナ。

 流石に話の持って行き方が悪かったと反省したのか、きちんと順を追って丁寧に説明している。


 うんうん。タフネゴシエーターのジョシュア兄さんと兄弟だからな。やれば出来るって分かっていたよ。


「ごめんなさいって泣いてたよ」


「ふ、ふーん」


「マフバマさんもリコッタちゃんが大切だって言ってたよ」


「マフバマ様が? 本当に?」


「うん。面倒見てくれている家族なんだよね」


「家族……。お父さんとお母さんが死んじゃってからマフバマ様の家に住んでるけど……。

でもマフバマ様は厳しいんだ。私の事が大切だなんて言った事なんか無いし。あまり一緒にいてくれないし」


 おや? マフバマさんの想いとは温度差があるぞ?


「好きじゃないの?」


「好き……。かどうかは分からないけど、司祭様だから尊敬はしてる。でも本当は、私の事を好きになってもらいたい……。寂しいって言ってみたい」


 なんとなくご家庭の事情が見えてきたな。

 マフバマさんはリコッタの事を大切に思ってるけど、司祭の仕事が忙しくてあまりかまってあげれていない。それに子育てに不器用なんだろう。司祭の立場もあってリコッタをうまく愛してあげれていないようだ。

 おかげでリコッタは愛情不足だと感じていて、血のつながりも無いから愛情表現も遠慮がちになって、みたいな。


「私がお役目を頑張ればマフバマ様は褒めてくれるんだ。お役目を任された時、ほとんどマフバマ様と会えなくなるって思って嫌だったけど……でも頑張ったら褒めてもらえるし、マフバマ様は凄く嬉しそうなの。私それが好き」


 えへへ、とはにかむリコッタ。


 ぬっはー!

 なんだこの幸薄さちうすそうな展開は。なんだかモヤモヤする!

 な、レナ! なんとかしてやりたいな!


 レナは無言で立ち上がって……そしてリコッタの横まで行くと頭ごとガバッと抱きしめた。


「れ、レナ? どうしたの? 痛いよ」


 分かる。俺も同じ気分だ。

 俺もリコッタの横まで行って、体を伸ばしてリコッタとレナとを抱きしめる。


「なに、なに? スーまで? これじゃご飯食べれないよ」


 ひとしきり抱きしめて気持ちが落ち着いたのか、レナはホールドを解除し――


「あのねリコッタちゃん。マフバマさんはね司祭だから、偉い人だからリコッタちゃんの事を大好きって言えないだけなの。レナ達だけにこっそり教えてくれたよ。リコッタちゃんの事が大好きだって。すぐにでも探しに行きたいんだって」


 リコッタの目をじっと見つめてそう言った。


「本当?」


「うん。きっとリコッタちゃんがクシャーナに戻ったら笑顔になってくれる。抱きしめてだってくれるよ」


「…………。

 本当は帰るのは怖いんだ。私を追い出したあいつらには会いたくないし、お役目を果たしていないことでマフバマ様に怒られるって思うと……」


「リコッタちゃん……。

 大丈夫だよ。マフバマさんは怒ったりしないよ。リコッタちゃんのこと大好きだから」


「でも! よく怒られるし……」


「大丈夫、もし怒られそうになったらレナがマフバマさんを怒ってあげるから!」


「レナがマフバマ様を!?

 ……レナ凄いね。大人でもマフバマ様を怒るなんて出来ないよ」


「そうよ、レナはお姉ちゃんだから凄いの。安心して。大丈夫。大丈夫だから」


「分かった。レナを信じる」


「ありがとうリコッタちゃん」


 リコッタは一歩踏み出してくれた。その気持ちを大切にしたいし、その想いをかなえてあげたい。すべての答えはクシャーナにある。


 さあ戻ろう、クシャーナへ!

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