126 でも人間には効果がないのよ?

 スライムパラグライダー落下事件から数時間後。

 俺達は無事に王都にたどり着いていた。


 残念ながら、あのきりもみ状態から体勢を立て直すことは出来なかった。

 高高度からの落下。地表までの時間もわずかしかない中で俺は復帰をあきらめ、レナの体を全身で覆うことで俺の体内に取り込んだ。つまりは戦闘形態バトルフォームであるニノ・アグナの状態。

 その状態で地面に激突したのだ。

 もちろん激突の瞬間にスライムボディを蠕動ぜんどうさせて完璧に落下の衝撃を殺し、中のレナには全く影響をなくしてある。

 ある程度まで高度が下がっていて良かった。最高高度からだったらどうなっていたか分からない。


 レナを危険な目に合わせてしまったのは猛反省している。

 レナは気にしないでいいって言ってくれたがそうはいかない。俺の軽はずみな行動によって起こった事故なのだ。

 俺は二度とレナを危険な目には遭わさないと心の中で固く誓った。


 そんな風にして落下した近くに都合よく牧場があって、自由騎士の御威光パワーで馬グロリアをお借りして、そうしてなんとか王都に戻ってきたと言う訳だ。


 真っ先に向かったのは騎士団の詰め所。


「すみませーん。自由騎士ウルガーの従者チルカレナ・ブライスです」


 浮遊大陸クシャーナに向かう際、走り去ったリコッタを追いかけてもらった女騎士さんに会いに来たのだ。


「お勤めご苦労様です」と言って、現れた若い女騎士さん。


 あの後、街中に現れたイノシシを捕獲するかのように他の詰め所の騎士も動員されて大捕り物が行われた。しかしながらすばしっこく逃げ回るリコッタを追いかけまわしていたが結局追いつかず。

 数時間後、リコッタが腹の虫をならしたところで食べ物で釣って無事に捕獲したとのことだ。


 だが問題はこの後。機嫌よくご飯を食べていたリコッタが突然熱を出して倒れてしまったという。

 今は詰め所の一室で寝かせているため、そこへと向かっている。


「リコッタちゃん!」


 部屋の中に入るや否や、リコッタの様子を見て大きな声を出してしまったレナ。

 お静かにと女騎士さんに注意を受けてしまった。


 ベッドに横たわるリコッタ。

 寝ているものの熟睡しているわけでは無く、息は荒く、ひどく汗もかいている。


「安静にしていれば問題ないとのことだったのですが、少し前から急に……。今医療班を呼んでいる所ですが、出払っているので到着までにはしばらくかかりそうです」


 風邪か? それとも昨日までの疲れが出たのか?

 クシャーナには無かった地上のウィルスにやられてしまった事も考えられなくはない。

 なんにせよこのままでは辛そうだ。


 俺は頭に乗っている濡れタオルの代わりに自分のヒンヤリボディを乗せる。


 なるほど……。

 これはグロリア特有の輝力不足だ。


 俺はマフバマさんの話を思い出す。

 リコッタは生まれつき輝力を体内に溜めておける総量が少ないのだと言う。それ故、周囲にある輝力を利用する事に長け、結界用エネルギープラネアの充填が得意だったらしい。


 少ない総量ながらも問題なく生活できていたのも周囲に輝力が豊富なクシャーナだからだったのだろう。

 この地上で数日間過ごしている間にその輝力を使い果たしてしまい、結果輝力不足に陥ってしまったのだ。


 レナ、分かるな?


「分かるよスー。でもここでやるの?」


 そうだな……。このままの状態で家に連れ帰るわけにもいかないし、理由も言わずに女騎士さんに部屋から出て行ってもらうのも難しいだろう。

 まあその辺りはどうとでもなるだろう。まずはリコッタだ。すぐにでも楽にしてやろう。


「分かった。もう大丈夫だからねリコッタちゃん」


 レナはリコッタに掛けられている布団をめくり、ワンピースの服をめくり、リコッタのお腹を露わにする。

 一体何を、とレナを止めようとする女騎士さんを制してレナは両掌をリコッタのお腹につけた。


 レナは目を閉じて自身の輝力を高めていく。

 手のひらに輝力が集まっていくのがわかるぞ。


 そしてリコッタの全身に送り込むように手のひらに集めた輝力を流し込んだ。


「これは、輝力供給……」


 そうそう。女騎士さんもグロリア契約者マスターならやったことあるでしょ。


「でも人間には効果がないのよ?」


 まあそうだよね。風邪とか、切り傷擦り傷とか、人間はグロリアのように輝力で治癒したりはしない。よくあるファンタジー世界の回復魔法とは違うからね。

 でもね、内緒にしてたけどリコッタはグロリアなんだよね。


 レナの輝力が全身にいきわたっていき、これまで荒い息をして苦しそうだったリコッタの表情が穏やかになっていき……じきにすぅすぅと小さな寝息を立てるほどになった。


「まさか、そんな。この子、グロリア……」


 信じられないものを見たと言わんばかりに、口に手を当てて驚く仕草がなんか可愛い女騎士さん。


「ご理解いただいていると思いますが……本件他言無用でお願いします」


 先ほどまでの雰囲気と変わって低めのトーンで事務的に話すレナ。


「え、ええ。分かったわ。極秘任務ね。了解よ!」


 驚きも冷めやらぬ中、笑顔で応答する女騎士さん。

 この女騎士さん適応力あるな。


「ご理解いただけて良かったです。自由騎士の名においてあなたに処分を下さずに済みました」


 またまたー大人をからかってはいけませんよ、と騎士さんは言うけどレナの目は本気だったぞ。レナ、恐ろしい子!


「あ、申し訳ありませんが、リコッタちゃんの汗を拭いてあげたいのでタオルをお借りしたいのですが。よろしいでしょうか」


「ええ、自由騎士の名において、でしょ。いいわよ、すぐに持ってきてあげる」


 適応力高いな。なんていうか子供の扱いに長けている感じだ。こりゃあ一本取られたなレナ。


 なによスー、レナは立派なレディなんだからね、と女騎士さんが部屋を後にした後レナは不満を漏らしていた。

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