125 レナと大空の旅

 そんなこんなで方針が決まって、ウルガーが紹介状を書き終えて。それを受け取ってさあ出発だ。


 やってきたのは浮遊大陸の端。

 崖の様になっている空との境目、そこに面した広場だ。


 さーて、この高さから降りるわけだが。もちろん俺には翼もないし、舞空術も使えたりしない。じゃあどうするのかと言うとだな。


 俺はむにむにと自分の形状を変えていく。

 まずはスライムボディをうにょーんと伸ばしてレナの腰、肩をがっちりとホールドする。

 そして残りの体を薄く広く伸ばしていく。薄く長ーく広く、薄く長く広ーく。それをだらんと地面に広げていく。


「スーってこんなに大きくなれるのね。猫ちゃんグロリアの体を伸ばしたらすっごく長いのを見た時みたいだわ」


 ふふふ、大きいだろう。

 普通の丸形の状態でも家並に巨大になることもできるけど今回はパスだ。

 薄ーく長く広ーく。薄ーく長く広ーく。


 ニコニコ顔でこちらを見ているレナ。そんな笑顔に応えるべく俺はさらに体を伸ばし続けた。


 そして完成したのがこちら!

 スライムパラグライダー!

 カチューシャやヘアバンドみたいな形で、パラシュートのように風を受けながら空を浮遊するあれだ。

 三角形のハンググライダーとは違うぞ。

 

 そしてただのパラグライダーでもない。なぜなら俺本体だからだ!

 風の流れに合わせて自在に形を変えたり、爆発物質を使って加速も出来る!

 やろうと思えば気球の様に形を変えて上昇も出来るんじゃないか?


 どうだレナ凄いだろ。これから快適な空の旅をお届けするぜ。


「わぁ、スー、凄い凄い!」


 そうだろう、そうだろう。

 さて準備もできたし出発するとするか。


 見送りのウルガーと失敗した時の回収のためにナバラ師匠がスタンバってくれている。

 失敗することは無いと思うが、レナのために万が一を考えておかないとな。


「それではウルガー様行ってまいります。マフバマさんに迷惑かけないようにしてくださいね。あとナバラ師匠とリゼルさんとは仲良くしてくださいね。一人が好きなのは知っていますけどおしゃべりはちゃんとしてくださいね。あと――」


「わかったわかった、ほら早く行け。お前は俺の母さんか何かか」


「むぅ。従者チルカは母と同じですよ。それではナバラ師匠、行ってきます」


 テンペストクロウヒエルゥに乗ってスタンバった状態のナバラ師匠がコクリと頷く。


 丁度いい風も来てる。ようし、テイクオフだ!


 俺はべったりと地面に付いている体を揺らしてその風を受け止める。薄く長く広く伸ばした体が風を受けることで浮力を得て、ふわりと体全体が浮かび上がる。

 姿勢を整え、さらに向かい風を受けて準備完了。俺の体は完全に浮いた状態になっている。


 上昇する力がひも状になった部分を通してレナへと伝る。


「わぁ、凄いわ」


 おっと、レナ、足がつくうちに駆け出してくれよな。崖から飛び降りるのが怖ければ俺の方で何とかするぞ?


「ううん、大丈夫。いくよ、スー!」


 完全に浮かび上がる前のふんわりした状態。レナは臆することなく前へと駆けだした。


 みるみる近づいてくる空との境。そして――


「えーい!」


 最後の跳躍を行い俺達は大空へと飛び出した。


 離陸完了!

 

 おおっ、やっぱり結構な高度だ。人の姿なんか見えないし、街道ですら髪の毛のように細く見える。

 便宜上見えると表現しているが感知能力のことだからな。人間の視覚よりも高い能力を持ってる俺でもこれだからな。レナの目には映らないほどかもしれない。


 レナ、下を見るんじゃないぞ。空だ、この広く青い空を見るんだ。

 どうだ気持ちいいだろう。


「最高だよスー!」


 普通なら風を切る音と混ざって声なんか聞こえないのだろうが、俺の聴覚はそれを聞き分けることが出来るし、そもそもレナが思っていることはある程度分かるから補完されている。


 どうやらレナも大喜びのようだ。

 よーし、パパやっちゃうぞ!


 俺は風を全身で受けてさらに高度を上げる。

 後ろで束ねたレナの金色の髪が風を受けて上下になびいている。


「見てスー、遠くの方に海が見えるわ!」


 うんうん。360度パノラマだ。遠くには海、そして連なるダグラード山脈が見える。本日は晴天。雲一つなく眺めは最高。絶好の飛行日和だ。


 しばらくレナと一緒に大空の散歩を楽しむ。

 気づくと、つい先ほどまでいた浮遊大陸も大分小さくなっていた。


 そんな中、ブルりとレナが身震いした。

 しまった、気づかなかった。晴れているとは言え全身に風を受けてるし、上空でもあるので寒いのだ。


 俺は急いでレナの体に巻き付いている俺の体の面積を増やし、自分の体温を上げていく。湯たんぽやホッカイロ状態でとりあえず暖まってもらうのだ。

 こういうとき自身で発熱できる種族でよかったとつくづく思う。


 温まってもらうにしても、レナの体全体を覆う事はしない。そうしてしまうと浮遊感が激減してしまうからな。

 せっかくなんだ。レナには寒いのを克服してもらいこの体験を十二分に味わってもらいたい。


「ありがとうスー。温かいわ」


 気づかなくてすまんなレナ。

 俺もちょっと舞い上がってたよ。


「ふふっ、スーも楽しかったのね。レナと同じね!」


 まあそうだな。でも楽しんでばかりもいられないな。王都に戻ってリコッタを連れ帰らないとな。


 遠くの方に王都が見える。

 俺達が浮遊大陸にいる間に浮遊大陸は王都を過ぎ去っていたみたいだ。


 さて、このままふわふわ浮いていても埒が明かない。風頼みで王都へ向けてゆっくり向かってもいいのだが、いつ到着するか分からないからな。

 ここは俺の力で一気に距離を詰めるとしよう。ここからは高速空の旅だ!


 俺はパラグライダー本体部分の後方の状態を確認し、爆発物質を生み出していく。これを爆発させてその推進力で空を進むのだ。


 そうだな、断続的に爆発させてジェットのように加速しよう。

 いそいそと複数回分の爆発物質を準備する俺と、今か今かとワクワク気分で待っているレナ。


 さあ準備は完了だ。行くぞレナ!


「うん!」


 ――ドウッ


 初段の爆発物質に点火し爆発させ、その推進力で俺の体が押し出される。が……。


「きゃぁぁぁぁぁ!」


 俺の素敵な考えではうまくいくはずだったのだ。

 だが空はそんなに甘くは無かった。爆風で加速するはずが、その振動が俺の体に伝わり体勢を崩したのだ。それに爆発させた位置も良くなかった。おかげで左右のバランスは失われてきりもみ状態。

 完全にコントロールを失ったのだった。

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