120 空適正『-』

 ふ、ふう。久しぶりの地面だ。

 空中で足場が無いっていうのは不安でたまらなかった。8年間俺を腕の中でキープしてきたレナの抱き能力を疑っているわけじゃないけど、こんな高い所から落ちたら死んでしまうからな。


 フライモーモーの人、きりもみしながら落ちていったけど……たぶん大丈夫だ。あのグロリアには航空力学とか関係ないからな。途中で何事も無かったように立て直すだろう。


 俺は今まで抱きかかえてくれていたレナの腕の中から地面へと降り立つ。


 さてさてこれが浮遊大陸か。

 俺達が降り立った場所は浮遊大陸の端の端。空との境目ギリギリだ。

 地面には所々に短い草が生えているだけで荒れ地な感じなんだけど、ちょっと奥をみると木が生え始めて林になっている。遠くの方には山が見えるがあとは森。木々に遮られているのでこの場所から確認できる情報はこれだけだ。


 思ったより普通だな。未来都市とかビル群とかは無い様だ。


「さてさて、ガルガドと戦っているってのはどこのどいつだ?」


 おっと、そうだった。

 領土拡大の野望を持っている帝国と戦うってことは侵略を受けている現地の人に違いない。

 どうするんだウルガー、戦いに介入するのか?


「ウルガー様、ガルガド帝国の騎士団と争う事になれば国家間の戦争に発展しかねませんが……」


 俺の考えをレナが代弁してくれる。


「それは良い子ちゃんの考えだな。強者に虐げられる人たちが目の前にいたらお前はどうするんだ?」


「守ります!」


「それが他国の人であってもか?」


「もちろん守ります!」


「まあそういう事だ。それが騎士ってもんだ。俺にそんな熱い事を言わせるなよ?」


「はいっ!」


 レナのやる気は十分だ。

 つまらない事を言わせてすまなかったな。


 ◆◆◆


 状況を確認するために俺達は戦闘が行われている場所へと向かう。戦線は上陸地点から離れているうえ空中での戦いだ。遠目では状況が分からない。


 戦線に近づくにつれて状況が分かってきた。

 帝国騎士と戦っているのは2名。その二人をぐるりと帝国騎士が取り囲むように陣取っている。


 帝国騎士たちは40騎ほど。乗っているグロリアは統一されてはおらず、それぞれが異なったグロリアに乗っている。

 よくあるファンタジー世界のお話では大体羽の生えた馬だとかで統一されているのだが、この世界ではそうはいかない。

 絆や練度という意味では幼いころから一緒に育ったグロリアの方が後々大人になって契約したグロリアよりも強いからだ。


 こうなってくると攻撃方法が各グロリアによって違うので対応がしづらい。

 戦っている二人も善戦しているようだが多勢に無勢だ。


「状況は分からんが話を聞くにしても戦闘は止めなければならんな。とりあえず外周を崩すか」


 あと少しで帝国騎士の下まで届くと言う所。

 この勢いのまま戦場に突入し、包囲の一角を切り崩す作戦だ。

 そうすればあの二人も――


「ナバラ師匠!?」

 リゼル!?


 戦っていた2名。その姿は紛れもなく俺達の知人で、恩人で。


「あ、おい、……ったく」


 俺とレナは駆け出さずにはいられなかった。


 かつて俺がダークスライムに進化した時、レナはその輝力消費に耐えられず衰弱してしまった。その時、輝力消費の少ないジャックスライムに進化させるために俺を育成してくれたのがリゼルで、2年もの間一緒に生活した。

 対してナバラ師匠はレナ自身の輝力を増加させるための修行を行ってくれた人だ。


 彼女達二人のおかげで俺は今レナと一緒に過ごすことが出来ているのだ。


 そんな二人のピンチに黙っていられるわけがない!


 包囲の中心へ駆け出した俺達。戦場は上空であり敵の視線はリゼルとナバラ師匠にくぎ付けとは言え、みすみす中に入った形だ。


 あの攻撃はまずい!

 死角から狙われてるぞ!


 俺はその場から大ジャンプをする。そしてリゼルの後方から迫る帝国騎士の攻撃を防いだ。


「くっ……!」


 久しぶりに聞くリゼルの声。


 帝国騎士の攻撃を柔軟なスライムボディではじき返した俺はリゼルの乗る鳥グロリアの後ろに着地した。


「お、お前はスー!? どうしてここに!?」


 いつも冷静沈着だったリゼルが驚きの表情を見せている。

 だがそれも一瞬の事。


「いや、話しは後だ。あいつらを片付ける。手伝ってくれるか?」


 もちろんだ!


「ぐわっ、なんだ!?」

「どこから現れた、このカエル、うわーっ!」


 いいタイミングだウルガー。

 リゼル、包囲が崩れたぞ。今がチャンスだ。


 俺が乗っていては邪魔になる可能性があるので、地面のレナの元に戻る。

 地面にワンバウンドしたところでレナが自分の胸にキャッチした。


 どうしたレナ?

 がっちりとキャッチされてたら戦えないぞ。

 さあ俺達もやるぞ? レナ?


 心なしかいつもより抱っこする力が強い。


「ん、なんでもない」


 ならいいんだけど。


「ぐわーっ!」


 お、ナバラ師匠も反撃に転じたようだ。

 師匠のグロリア、テンペストクロウのヒエルゥ。大きな黒いカラスのようなグロリアから大きな竜巻が放たれて、帝国騎士たちを飲み込んでいく。

 さすがナバラ師匠。お年を召されていても実力は本物だな。


「やめっ、く、来るな、うわーっ!」


 あちらはリゼル。いかづちを纏った鳥グロリアの体当たりで敵の一角を焼き払った所だ。この鳥グロリアの名前はヒーラン。俺も何度も乗せてもらった事がある。


 お、ヒーランちょっと大きくなった?

 俺の知っているヒーランはCランクのヴァリアントホークだった。


 だが今リゼルが乗っているのはBランクのスプリガンホークだ。ちょっと会わない間に進化したんだな。さすがはエリートグロリア研究家のリゼルだ。


「このっ、カエルのくせに! ぐふっ……」


 後方ではケロラインがぴょんぴょん跳びはねて、グロリアに契約者マスターにとジャンプチョップを繰り出している。


 レナ、俺達もやるぞ。

 さあ、ほら。みんなに負けてられない。


 未だに抱っこされたままの俺。

 さあ行くぞと、もじもじ体を揺すってみる。 


「ごめんなさいスー。分かったわ」


 そう言うとレナは俺を地面にそっと降ろした。


「スー、粘着弾よ! 翼を狙うの!」


 よしよし、いつものレナだな。


 レナがグロリアバトルの中だけで見せるキリっとした声。

 その声を聞くと俺もやる気がわいてくる。


 それくらえ!

 そこのふわふわ浮いている蝙蝠こうもりグロリア!


 滞空しているグロリアに向けて勢いよく粘着弾を射出する俺。


 だが空まで距離があるため、余裕をもってひらりと回避される。

 そしてお返しだと言わんばかりにグロリアから火球が撃ち込まれた。


 頭上から降り注ぐ火球を何とか回避した俺だが……。


 ぐぐっ、空有利とはこのことだ。制空権を握られていては勝ち目がない。現代の戦争も制空権の取り合いだからな。

 つまり飛べない俺は不利中の不利。子供のころプレイしたロボットたちが戦うゲームで言うと『空- 陸A 海- 宇-』だ。なんて悲しい適正。


 いやまてよ……グリーンフロッグのケロラインだって羽があるわけじゃないんだ。同じように……。


 ――ドウッッ


 俺は自分のスライムボディと地面とが接する部分に爆発する物質を作り出し、それを爆破させた反動で宙を舞う。


 そして俺の頭上を取ってどや顔をしていたフレイムバットのさらに上まで躍り出る。


 くらえ、大回転粘着弾だ!


 体を回転させ絞り出すように粘着弾を辺りにばらまく。

 無造作に射出しているように見えて、きちんと味方の位置は把握しているから味方への誤射フレンドリーファイアは無いぜ!


 フレイムバットだけではなく突如地面から現れた俺に対応できなかった敵の飛行グロリア達の翼に粘着弾がヒットしていく。


 粘着弾がくっ付いた翼をうまく羽ばたかせることが出来ずに次々と空を飛ぶグロリア達が地面に落下、墜落して無力化されていく。


 そして俺が地面に戻るころには帝国騎士団の数は半数ほどになっていた。


「くそっ、撤退、撤退だ!」


 指揮官らしき騎士が号令を出す。


「し、しかし! このままではお叱りが」


「ええい、いいんだよ。いつも通りだ。お前は何のために戦っているんだ?」


「もちろんご褒美のためであります!」


「分かっていればいい。撤退だ。動けるものは負傷者の援護に回れ。速やかにナフコッド様に報告だ」


 指揮官騎士の指示の元、素早く動く敵騎士達。

 撃墜されたグロリアはクラテルに戻し、残った騎士は無事なグロリアの後ろに二人乗し、そうやって速やかに去っていった。


 さすがは訓練された騎士団だ。撤退は迅速だった。

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