121 浮遊大陸の秘密 その1

 案外簡単に撤退したな。

 まあこちらの戦力が予想外だったのもあるのだろう。


「スー!」


 呼びかけられて意識をそちらに向けると、着陸したヒーランからリゼルがスタッと飛び降りて、大きく手を振りながらこちらに向かって来た。


「久しぶりだなスー!」


 飛びつくような勢いで俺の元に突っ込んで来るリゼル。

 両手を前に出して俺をハグしようとするリゼルに対し――


「リゼルさんお久ぶりです」


 しゃっと俺の体を持ち上げて自分の方に寄せるレナ。

 おかげでリゼルの両手は空を切った。


「あ、ああ。おほん。レナも元気そうだな。

 スーの動きも良くなっていた。かなり修行を積んだんだな」


「はい。リゼルさんの元にいた時とは比べ物になりませんよ」


 ニコリとほほ笑むレナなんだが……。

 ちょっとレナ、どうしたんだよ。それはよそ行きの笑顔だぞ?


「あー、そろそろ事情を聴きたいんだが」

 

 なにやら怪しい雰囲気になってきた所を真っ二つに割る声。


「す、すみませんウルガー様」


 ハッと我に返ったレナはペコペコと頭を下げている。


「あなたは?」


「俺はウルガー。ルーナシアで騎士をやっている。そこのちびっ子は俺の従者チルカだ」


「あなたがあの自由騎士ウルガー。私はリゼル。グロリア研究家だ。そしてこちらがナバラ師匠」


「ナバラじゃ。よろしくな」


「ウルガー様、ナバラ師匠は私の師匠でもあるんですよ」


 そうやって簡単に自己紹介を終え本題へと入る。


 まずは、かくかくしかじかと俺達の事情を伝えた。


「なるほど、私も似たようなものだ。

 ルーナシアの端に位置する農村部のグロリアの調査をしていたら空に浮かぶ島があるじゃないか。こんなもの見た事ないからと、この島の調査へ目的を変更してな。ヒーランで飛んでこの島にたどり着いて、全体の調査がてら空中から全景を確認していたらナバラ師匠がいるじゃないか。合流しようとしたところで帝国兵が現れて戦闘になったんだ。その後はそちらも知る通りだ」


 なるほど、リゼルも何も知らない側か。


「そういえば師匠、帝国兵が襲って来た時ここを一緒に守って欲しいと仰っていましたが……」


 リゼルの発言によって、皆の視線がナバラ師匠に集まる。


「それはじゃな……」


 ナバラ師匠はそう答えただけで歯切れが悪く続きの言葉は出てこない。


「それは私から説明しましょう」


 ガサリと草むらが揺れ、そこから一人の女性が現れて唐突にそう言った。


 ゆったりしたワンピースのローブのような服を着た女性。頭にはフードをかぶっており口元は布で覆われている。首からは天然石で出来ていると思われる首飾りを掛けており、手には先端部分にガラス玉のようなものが付いた木製の杖を持っている。


 年の頃は40代くらいか。

 装いからしてミステリアスだが、彼女の言葉からは威厳が感じられる。


「どうして出てきたのじゃ」


「お守りくださった勇者様達にお礼を述べないのは失礼に当たります」


「むぅぅ……」


 渋い表情をするナバラ師匠。


「皆様、この地をお守りいただきありがとうございます。私の名はマフバマ。司祭をしております。立ち話もなんですので、どうぞこちらへ」


 そう言うとマフバマさんは森の中へと歩き始めた。


 いくらか歩いたところで森の木々は途切れ、目の前に集落が現れた。

 集落と言っても田舎の農村レベルではない。石造りの家屋が不規則に並んでこそいるが、その数は結構なものでかなりの世帯数があることが見て取れる。これらは集落の中心である一点から放射状に広がっているようで、森との境まで続いている。

 森を切り開けばもっと余裕がある作りに出来るだろうに、そうしていない所を見ると何か理由がありそうだ。


 それだけの家があるのだが、外には人っ子一人出ていない。

 ただ気配は感じるので、警戒して家に閉じこもっているだけのようだ。


 そんな様子の建物の影からチラリチラリとこちらを伺う顔があり――


「あ、なばらさまだ! なばらさまー!」


 バタンと家の扉を開け放って数人の子供たちが駆け寄ってきて……ナバラ師匠に群がった。


「よしよし、もう大丈夫じゃ。安心するといい」


 ナバラ師匠が子供たちの頭をなでている様子はほほえましいものだが、俺達はそれどころではない。


「ぐ、グロリア!?」


 リゼルの驚き様も無理はない。

 子供たちの頭の上にあったのは、俺達が王都で見飽きるほど見てきた猫耳だった。


 もちろん俺も驚いている。ただ、そういう可能性があるんじゃないかなって予想はしていた。


「ええ、私達はあなた方が言う所のグロリアです。

 さあ子供たちよ、今から大事な話がありますから、また後で」


「はーい!」


 子供たちは元気な返事をして建物中へと消えていった。


 そんなやり取りを見ていたのか大人たちも姿を現して……今まで静まり返っていた集落が嘘だったように活気づいたのだ。

 小さな子供、ガタイのいいお兄ちゃん、杖を付いた老人、子供たちに纏わりつかれている母親。ここは人間の村ですよと言っても通じるような光景。

 だが、その頭にはもれなく猫耳が鎮座していた。


 ◆◆◆


 集落の中心部にある何かの像を越えて奥へと進む。


 この集落の家屋はほとんどが平屋建てで2階のある物は無い様だ。それによく見ると結構年季が入っている。相当昔に建てられたものにずっと住んでいるのだろう。


 集落唯一の高層建築物だと思われる塔のような建物。その中へと案内される。

 壁にはいくつか幾何学的な模様が施されており、マフバマさんが司祭と名乗った事を考えるとここは宗教的な儀式を行う建物だと想定される。


 そんな石造りの建物の一室に通された俺達。

 草で編まれた座布団のようなものの上に各自が腰を下ろすと、女の子が飲み物を持ってきてくれた。

 特に変哲の無い水のようだが、戦いの後にはそのほうがさっぱりしてていい。


 各自が一息入れたところでマフバマさんの話が始まった。


「さて、それでは皆様改めて、この地をお守りいただきありがとうございます。ご覧いただいたとおり我々には戦う力はありません。皆様がおられなければあの方達によって蹂躙じゅうりんされていたでしょう。本当にありがとうございました」


「礼はいい。それよりもあんたらは何者だ。空に浮かぶここは一体なんなんだ」


 ぶっきらぼうに礼を打ち切るウルガー。


「はい。我々はクシャーナの民。あなた方の言う所のはぐれグロリアです。ただ、その事を知る者はごく一部。この地には我々しかいませんので、ここに暮らす多くの者は自分が何者であるかなど、そんな事を考える機会も必要も無いのです」

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