119 物理法則とか関係ない

 それにしても……近づけば近づくほどデカいなこの浮遊大陸は。


 ウルガーが跳躍するたびに僅かずつその姿が大きくなっていき、すでに空一面を覆うかのような大きさまでになっている。


 島の下部は岩が鍾乳石のように尖っており、逆さまにした剣山の様になっている。いや、中心部は太く長く下へと伸びているから棘のついたドリルの様にも見えるな。

 そんな様子に、世界一有名な配管工のゲームに出てくる棘付きの釣り天井を思い出した。


 まあそんな見た目危険なものがかなりの高度で浮かんでいるのだが、現在ウルガーがぴょんぴょん跳ねている高さでは到底届かない。


 後二、三倍は高く跳ばないと届かないなこれは。本気を出せばいけるのか?


 ――ドォォォォォォォォォォウ


 爆発音が聞こえた。

 どうやら俺達から見て浮遊大陸の反対側で起きているようだ。

 実際のところ反対側なのか中心なのかは分からない。奥の方であることは間違いないんだが、下方から観測できる情報では特定が難しい。


 どうするんだウルガー? どこを目指しているんだ? そもそもどうやってこれに上陸するんだ?


 って言っても俺の考えはウルガーには伝わらないか。

 まあ考えがあるのだろう。


 ウルガーが歩調を速める。

 巨大な逆さ針釣り天井の真下まで到達したが、落下してきたときの事を考えてかそのまま下をくぐることはせず、外周にそって左回りに移動していく。


 すると空中に何か粒のようなものが見えてきた。


 あれは鳥グロリアか?

 何個かの粒が存在していて群れを成しているようにも見える。


「よし、あいつを利用するか」


 ウルガーはそう言うとその粒の真下辺りで停止すると――


「いくぞケロライン!」


 ――ケロケーロ


 懐から取り出した正方形のクラテルから自分のグロリアであるケロラインを呼び出した。


 いったいケロラインが何をするんだ?

 と疑問に思っていると……ケロラインはその舌を長く伸ばしてウルガーの胴体に巻き付けた。


 そしてウルガーとケロラインが同時にジャンプ!


 もはや何が起こるのか想像もつかないので実況に徹することにする。


 いつもより気合を入れたであろうその跳躍でも島の高度にはまったく及ばない。

 上昇するスピードが落ち、そろそろ落下が始まるであろうと言う所で、ウルガーはケロラインをガシッと掴み、上空へと向けて放り投げた。


 ロケットの様にぐんぐんと空を上昇していくケロライン。

 今までゆるゆるだったその舌がピンと伸びて上昇の勢いをウルガーの体に伝えると、落下しようとしていたウルガーの体は舌に引っ張られるような形で上昇を始めたのだ!


 先に上昇していたケロラインに追いついて、ケロラインが落下を始めようとする際に、今度はケロラインが舌のパワーでウルガーを上に投げ上げる。


 ウルガーの体に巻き付いた舌がその勢いを伝えて、今度はケロラインが舌に引っ張られる形で上昇する。


 そしてそれが繰り返される。

 ウルガーがケロラインを投げ、ケロラインがウルガーを投げる。


 自分が投げた柱に飛び乗って飛行する殺し屋さんのような、物理法則を無視したような光景が繰り広げられている。


 レナも俺と同じようだ。考える事を放棄して、ウルガー様だからね。なんでもありだね。と達観しているようだ。


 何回かそれを繰り返していると、粒ほどの大きさだった鳥グロリアの姿が明確になっていく。


 ――ビチャッ


 その様子を見上げる俺の上に何かが落下してきた。

 ま、まさか鳥グロリアのフン!?


 いや、これは違う。これはミルクだ。

 やっぱりあのグロリアは。


 『フライモーモー:Cランク

  敏捷性の低い巨体を空に浮かせることで弱点を克服したビッグオックス。その巨体を浮かせる翼は鳥グロリアのものと比べて小さいが、輝力を浮力に変えているため翼の大きさはあまり関係ない。進化の際に性別が変わる事例がある珍しいグロリアで、99%がメスとして進化する。そのためオスが少なく自然に繁殖する例はほとんど無い』


 間違いない、あれはフライモーモー。空飛ぶ乳牛と誉れ高いレアなグロリアだ。

 もしかしてこの浮遊大陸で生活していたやつか?


 いや、違うな、あれは!


「よし、ケロライン、行くぞ!」


 ウルガーはケロラインをフライモーモーに向かって投げつける。


 撃墜するつもりか?

 と思ったがそうではなく、横を素通りしたケロライン。

 空中でくいっとUターンし、フライモーモーの周りを回転するかのようにして白と黒のまだら模様の体に舌を巻きつけていった。


「うわっ、なんだ!?」


 声。それはフライモーモーにまたがっている人から発せられたものだ。

 つまりは契約者マスターとそのグロリア。なんとなく嫌な予感がしてきた。


 よっと、とウルガーはケロラインの舌を掴んで上昇し、ストンとフライモーモーの背中に着陸した。


「な、なんだ貴様らどこから現れやがった! 降りろ!」


 鎧を身に着けた契約者マスター

 すいませんお邪魔します。


「お前達は何者だ。ここで何をしている?」


 ウルガーの問いかけは『お前』ではなく『お前達』。複数形だ。


 鳥グロリアの群れだと思っていたもの。この契約者マスターのさらに上空にいるそれらは鳥グロリアではなく、同じように鎧を付けた人が乗っていたからだ。


「ええい、降りろ!」


 降りろ降りろと言われても、どこに降りろって言うんだ。もうちょっと上昇して浮遊大陸に降ろしてくれるのならありがたいんだが。


「俺だって手荒なことはしたくない。質問に答えれば見逃してやる」


 後ろから銃を突きつけるかの如くウルガーが脅し文句を言う。

 殺気と言うか怒気と言うか覇気と言うか、そんななんらかを込めたウルガーの言葉を受け、言葉を発さず大人しくなくなった契約者マスターさん。


 そもそも身動き取れない場面で背後を取られているのだ。四の五の言ってる場合じゃないと思うがな。


「くっ……俺達はガルガド帝国飛行騎士団。この島の調査に来ただけだ。さあ降りろ、ていうか落ちる!」


 ガルガド帝国!

 ルーナシアやイングヴァイトと秘境ダグラード山脈を挟んで反対側にある国だ。俺達の住むルーナシアとはあまり国交が無く情報が少ない。


 ダグラード山脈はAランクグロリアが跋扈ばっこするためそこを超えてこようなんていう人はいないし、山脈自体も標高が高く頂上付近は乱気流が発生しているため空からのルートも危険だ。

 そのため山脈の切れ目からぐるっと回って来なくてはいけないのが国交が少ない理由だ。


 まあ大体帝国という国家体制は専制君主制であるのがお決まりで、たいがい皇帝が領土拡大の野望を抱いているというのがお約束だ。つまりは悪役ヒールだな。


「もう一声。なんでガルガドがルーナシアまで入ってきてるんだ」


「フンッ! こいつは、このデカいのは俺達の物だ! こいつは突如我が国に現れたんだ。つまりは我が国の物。他国にとやかく言われる筋合いは無い。さては、お前もあいつらの仲間だな?」


 あいつら?


 空を見上げると浮遊大陸の上空で何者かが争い合っている。


「まあ……大体わかった。ありがとな」


 ――ダンッ


「うわぁぁああぁぁぁ」


 ウルガーはフライモーモーの背を蹴って跳躍し、何とか浮遊大陸の端へと着地した。

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