118 逃亡する少女
――ギィギィギィギィ
――バルッフバルッフ
――リルリルリルリルリル
人間達だけではない。彼らのグロリア達もまた突如現れた浮遊大陸に驚きを隠せず騒いでいる。
俺だってぶっしゃーと消化液を吹き出さなかっただけであって驚天動地状態であるのには間違いない。
どうやらあの浮遊大陸はこちらに向かって移動しているらしい。
早朝からあれを見ている人が「だんだん大きくなってるんだ」と言ってる会話が入ってきた。
「どうしたのスー、ええっ!?」
支度を終えて家から出てきたレナもそれを目にして驚いている。
凄いよなあれ。どういう原理で浮いているのか知らないが、あれだけの質量の物が空に浮かんでいるんだ。並大抵の力じゃないぞ。
それに、あれがもし王都の上に落ちてきたら、王都は一瞬で消し飛んでしまうレベルだ。
「だ、大丈夫よリコッタちゃん。何があってもレナお姉さんが守ってあげるからね」
リコッタは驚きすぎて声も出ないようだ。
そんなリコッタをレナはぎゅっと抱きしめる。
「リコッタちゃん?」
どうしたレナ?
「リコッタちゃん凄く震えて……あっ!」
突然リコッタがレナの腕の中からグイッと力任せに抜け出すと、後方へ脱兎のごとく駆け出していった。
なんだ、いきなりどうしたって言うんだ。レナ、追うぞ!
街中を疾走するリコッタ。
道の上には人やグロリアが溢れているが、スルスルとそれをすり抜けてすばしっこく駆けていく。
対する俺達はその群衆に阻まれてなかなか追いつくことが出来ない。
小さい子は素早いな、本当に!
体格で言ったら俺が一番小さいしスピードはあるのだが、いかんせん小回りが利かない。すでに忘れてしまうほど遠い感覚だけど、足があるのって便利だったよなって思ってしまう。
あと、みんな上を向いていて足元の俺には気づいちゃいない。無意識にボールを蹴るアクションなどが入る人もいて余計に避けにくいのだ。
「リコッタちゃーん、待って、戻ってきて!」
レナが大声で呼びかけるが、騒然とした今の街頭ではその声はかき消されてしまう。
見失ったら大変だ。この広い王都でそんな事になったらちょっとやそっとでは見つからないぞ。
ジワジワと距離が離れていくリコッタに、焦りを抱く俺達。
そんな時――
「うわっ!」
遠方のリコッタが人にぶつかって、その反動で尻もちをついたのだ。
おい大丈夫かリコッタ!
俺達はすぐさまその場所に追いつく。
相手が止まっているのならどうと言う事は無い。
そんな俺達の前に現れたのは――
「う、ウルガー様!?」
そこにいたのは見知った顔。
なんとリコッタがぶつかったのはウルガーだったのだ。
「やめろ、放せ放せ!」
ウルガーがリコッタを摘み上げている。
手足をバタバタさせてそこから逃れようとするリコッタだが、抵抗空しく手足は空を切るのみ。
お、おいウルガー、もうちょっと優しくだな。
ワンピースを摘み上げてるから服がずり上がって中から尻尾が出てしまいそうだ。皆が上空を見ているからってそいつは危険だ。
それ以上に問題なのはパンツが見えてしまいそうになってるんだよ!
俺の体当たり抗議によってようやくそれに気が付いたのか、いつもレナを抱えているように腰横に担ぎ直した。
「ウルガー様、どうしてここに?」
「おう。お前の家に向かう所だったんだが、手間が省けた」
「私の家って……正反対の場所ですよここ」
「お前も見ただろ、あれを。正体不明のデカいやつ」
目的地と現在地の情報の乖離は無視して話を始めたウルガー。
「あれが自然現象なのか、それとも何者かのグロリアの仕業なのか、はたまた他国の新兵器なのか。そいつを調べなくてはならん。もちろんお前にも着いてきてもらう」
「それでしたら、リコッタちゃんを家に連れて戻らないと」
――ドォォォォォォォォォォン
うお、なんだ? 浮遊大陸から煙が上がっているぞ。
「どうやらそんな時間は無いようだ。こいつも連れて行く。守れるな?」
託すようにリコッタをレナの目の前に降ろす。
「もちろんです! レナは強い騎士を目指しているんです。人を守るのは当然の事です! リコッタちゃんはレナが必ず守ります!」
守るという単語に強く反応したレナ。
「いいだろう――」
「まって! 私は行かない!」
蚊帳の外に置かれていたリコッタが声を上げた。
「大丈夫よリコッタちゃん。怖くはないわ。何があってもレナお姉さんが守ってあげるから。絶対に危ない目には合わせないから」
リコッタの肩を両手でがっしりと掴んで、じっと目を見て語りかけるレナ。
「いや、私はそう言う事を言ってるんじゃ……」
「おい、時間が無い。行くぞ」
「いやだっ!」
リコッタはレナの手を振り切って再び逃げ出した。
あ、おい待て! 今そんなに展開をややこしくするんじゃない!
「おい、そこの騎士! あの少女を保護してくれ。俺はあれの調査に向かう!」
都合よくそこにいた女騎士が「了解しました!」と声を上げ、リコッタを追いかけていった。
「大丈夫かしら……」
「大丈夫だ。それよりもあれの危険を排除するほうが結果的に安全になる」
「わかりました。行きましょう!」
レナはくるりと回転しウルガーに背を向ける。
……レナ、もう慣れてきたんだな。
ウルガーが自分を担ぎやすいように自分から動くなんて。
ま、まあ適応能力が高いのはいいことだ。どんな状況にもすぐに対応できるというのは騎士の適正が高い証拠とも言えるな。うんうん。
などとレナの腕の中で複雑な気分になっている俺だった。
そんなレナの様子に満足げに頷いたウルガーは、いつもの通りがっしりとレナを脇に抱えるとノーモーションで跳躍した。
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