117 お姉さんムーブ

 リコッタが7杯目のパフェを平らげた所で俺達はカフェを後にしてウルガー邸へと帰宅した。


「まずはお風呂よ」


 家の中に入ったレナは開口一番そう言った。


 リコッタの服や体に付いていた枝や木の葉は綺麗に取っているし、擦り傷切り傷も回復薬で癒したとはいえ、山の中を何日もさまよっていたのだ。近くに寄らないと分からないレベルだが、有り体に言って汚い。

 そのことはリコッタ本人も分かっていたようで、嫌がることもなく風呂タイムへと突入することになった。


「さあリコッタちゃん、手を上にあげて。服を脱がせるからね」


 ウルガー邸の風呂場更衣室。

 二人はそこで風呂に入るための準備をしている。

 俺はと言うと、何か無性にフラグ・・・を感じたので、フラグブレイクするために更衣室の外に陣取っている。


「レナ、肌白い! 雪みたいだ!」


「ほら大人しくしなさい。さあ下も脱いで。脱げる?」


 まあそんなわけで、先ほどから音声のみでお伝えしております。

 二人の様子は想像で補っていただければと思います。


「何このモコモコの、ぬるぬるして変な感じ」


「これは石鹸よ。使ったことない?」


「うん。いつも水浴びだけだから」


「さあそこに座って。頭を洗ってあげるわね。目はつむっておくのよ。目に泡が入っちゃうから」


「はーい」


 ――ワッシャワッシャ

 ――ワッシャワッシャワッシャ


「どう、気持ちいい?」


「ふわー、気持ちいい」


「私もお屋敷にいたころはよく洗ってもらったのよ」


「ふーん?」


 懐かしいな。レナがまだ小さな子供だった頃はメイドさんと一緒に入っていたっけな。俺も連れ込まれて大変だったよ。

 いつのころからかメイドさんと一緒には入らなくなったけど、相変わらず俺は連れ込まれてしまう。俺は自分で汚れを浄化できる清潔紳士なのに。


「次は体を洗ってあげるわね。回復薬で治っているはずだけど、痛かったらこまるから念のためタオルじゃなくて手で洗うわね」


「ひゃうっ、くすぐったいよ」


「はいはい、我慢しなさい。これ……本当に尻尾なのね」


「ひうっ、れ、レナ、そこは敏感なんだ……あっ、だめ……」


「あ、ごめんなさい。私、尻尾が無いからわからなくて」


「むぅぅ、お返しだ」


「きゃぁ、ちょっとリコッタちゃん、や、やめてよ、そんな所」


「ほらー、ぬるぬる攻撃をくらえー」


 おいおい、何をやってるんだ……。

 まあ楽しそうなのでよしとするが、ちゃんと隅々まで洗うんだぞ。湯船に入ったら100までかぞえるんだぞ。


 ――ガチャリ


 ぬ! 玄関の扉が開いた音がしたな。どうやらフラグの主が現れたようだ。

 ドスドスドスと一直線にこちらへ向かって来ているのが分かる。


 ふふふ、運命の悪戯なんか起こさせないぞ!


「ん? お前、そんな所でどうしたんだ?」


 って、なんじゃー!

 なんで、すでに脱いでるんだよ!


 今まさにボタンをすべて外したシャツから腕を抜こうという状態。見え隠れする鍛えられた胸筋が罪深い。


 自分の家だからって脱ぎながら風呂に向かって来るなっての。本当に事故るぞ。


「なんだ、あいつら風呂に入ってるのか。仕方ねえな。もう少し体を動かしてくるか」


 そう言って上半身はだけた服を脱ぎ捨てて裏庭へ向かって行った。


 いろいろ危なかったな。ここで待ち受けておいて正解だった。

 俺が一緒に風呂に入っていたら今頃ウルガーが突入してきて騎士団沙汰になっているところだった。


 ◆◆◆


 とりあえずリコッタは迷子として騎士団に連れていくことになったのだが、時間も遅いということで、今日はレナの家で一緒に寝ることにした。

 ウルガー邸の客室を使ってもいいんだが、ジョシュア兄さんの耳に入った時の事を考えると回避しておくべきで、もちろんリコッタ一人をウルガーの元には置いておけないし。というか、レナ自身がリコッタと一緒にいたいようで。そうなった。


「おお、なにこれ、ふかふかだ!」


 ベッドの上でぴょんぴょん跳びはねるリコッタ。


「これはベッドよ。ほら、跳びはねたら危ないからやめなさい」


「むぅぅ、いいもん。私スーでぷにぷにするから」


 当初は俺の事を気にも留めていなかったリコッタだったが、先ほど食堂でレナが俺に草を食べさせていのを見たことで俺の存在を認識したようで、レナが指で俺をぷにぷにしているのを見て、自分も触りたいと言い出して……それから俺のスライムボディの虜になったようなのだ。


「だーめ、スーは私のなんだから」


「ぶぅぅぅ」


 頬を膨らませて不満を表すリコッタ。

 レナはあまり不満を表す子じゃないのでなんか新鮮だ。


「ほら、もう遅いから寝ましょ。二人だからちょっと狭いけど我慢してね。その代わり二人だから温かいわよ」


 リコッタを布団へ促すレナ。

 いつもは俺と寝ているベッドだが、今日はレナとリコッタだ。

 流石に二人に加えて俺も一緒に寝れるほどベッドは大きくないのだ。


 俺は久しぶりに洗面器というか桶と言うかそういう器に入って寝る。

 形を維持せずにだらんとしてても大丈夫なのが桶のいい所で、俺は結構好きなのだ。


「んふふふ、誰かと一緒に寝るの初めてだ」


「……そうなのね。レナお姉さんに甘えていいのよ。ほらもっとこっちに来てぎゅーっと」


「あったかい……」


 二人の寝息が聞こえてきたところで俺も寝ることにした。

 お休みレナ、リコッタ。いい夢みなよ。


 ◆◆◆


 朝。いつもやってくる朝。

 レナとリコッタもちゃんと起床して今は出勤の準備をしている。


 「リコッタちゃん、こっちにいらっしゃい。髪をといてあげるわ」


 自身の髪を編み終えたレナは、寝ぐせのぴょんぴょん跳ねているリコッタを自分の前に座らせて櫛で綺麗に髪をすいていく。

 そんな風に人に整えてもらうことなんてあまり無かったのだろう。リコッタは笑顔でそれを受け入れている。

 上機嫌なのかそのうち鼻歌を歌い出して、そんな様子にレナもご満悦のようだ。


「あ、あれは何だ!?」

「おい、ヤバいんじゃないか!?」


 ん? んー。なんだようるさいな。

 そんな和やかで温かい雰囲気をぶち壊すように、家の外から騒がしい声が聞こえてきた。


「ヤバイヤバイ、マジヤバイ!」


 えらい慌てようだな。語彙力が足りてないから何を慌てているのか分からないぞ。

 とはいえ何か危険が迫っているのなら見過ごすわけにはいかない。


 俺は部屋を出て玄関を出て、騒動の原因を探る。


 家の外はすでに多くの人でごった返していた。

 道の真ん中で佇む人、家の窓から乗り出している人。彼らは皆ある一点を見つめながら、ヤバイヤバイと言っている。


 何がそんなにヤバイんだよ――

 

 って、なんだー!?


 人々の視線の先を追った俺はそこにとんでもないものがあるのを見てしまった。


 青い空の中に浮かぶ茶色の巨大な岩塊。いや、岩と言うよりは山か島。

 天空の城か浮遊大陸か? というような圧倒的質量を誇る何かが遠くの空に浮かんでいたのだ。

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