114 好きか嫌いかと言われますと
今日の式典はこの国の重要なイベントである豊穣祭だ。大地の恵みに感謝する祭りだな。豊穣祭自体はそこらあたり国中で行われるのだが、王城で行われる式典は国民を代表して国王が行う儀式的な側面が強い。
その場所がこの大聖堂。ここで王族がそろって式典に参加するというわけだ。
そのため警備は厳重で俺達下っ端は入ることが出来ない。
入口を固めている騎士さんにウルガーはもう来ているか尋ねたが、まだだという回答だった。
案の定、城内なのに迷っているに違いない。
どこに行ったんだよ、と思いながら探すことしばらく。大聖堂のある場所の反対側辺りをうろうろしているウルガーを見つけ、忘れものだと赤マントを渡して大聖堂へ連行する。
無事に大聖堂まで連れてきて、それではしっかりお願いしますねと送り出そうとしたところ、お前も一緒に中に入るんだよと言い出すウルガーと、困ります困りますという入口の騎士さんと。
堅い事言うなよ、何かあったら俺が責任を取るからと押し切ったウルガー。自由騎士がそこまで言うのならと騎士さんも仕方なく俺達を大聖堂内に案内した。
すべての騎士を統括する騎士長と同等の権限があるからなぁ、自由騎士は。指揮系統を一本化しないのはあまり良くないが、それを差し引いてあまりある貢献をしているのだろう。
俺達が案内されたのは貴賓席というか、国の偉いさんが集まっているような場所。そこに一席追加されてちょこんと座っているレナ。俺はその膝の上にいる。
この式典はグロリア同伴で参加するのがしきたりとなっている。大聖堂内の限られたスペースで偉い人とグロリアとが所狭しとひしめき合っているのだ。
前方にはこちらに向かい合うように王族席が設けられている。すでに全員がスタンバイしているようだ。病弱で滅多にお目にかかることが出来ないという第3王子グラウ様もいるぞ。
ちなみに王家の方々は女王キャロ・ディ・ルーナ様とその夫サースラ・ヒーン・ルーナ様。その子供である4人の王子と1人の王女の5人兄妹という構成だ。
キャロ女王はすべての母のような母性を持ったお方だ。
今日のお姿も素敵だ。いつもの事だが素肌をあまりさらしてはいない。スキューバダイビングの時に被るような顔だけ出るような形状で白のヴェールがついたお召し物、その上に金色に輝く王冠を被り、白のドレスを身に着けている。
5人の子を産んでいるお年だがその美しさは損なわれてはいない。
契約グロリアは一本角の白い馬、Aランクのルナシス。この国の王に代々受け継がれているグロリアだ。
女王とグロリアから圧倒的な後光が差している。輝力が放出されているというわけでは無いが荘厳な雰囲気がそう見えさせるのか。
どちらにせよキャロ様は偉大なお方だ。この国はこの人にかかっているのだ。
対照的に細目のいまいち頼りなさそうな貧弱そうな方が王配のサースラ様。女王様中心で回っているこの国ではあまり表に出てくることはない。隣にいるのはアーマーテンペストだな。仮面お姉ちゃんのリリアンが契約していたやつと同じだ。
強そうな第1王子ガリアン様、優男風の第2王子ダムン様、病弱な第3王子グラウ様、今度こそ女の子をというところで生まれた悲しみの第4王子ミスラン様。そしてあと2年したら守護騎士隊が発足する第1王女ニニス様。各々がグロリアと一緒に席に座っている。
おや?
なあレナ、今グラウ様がこっちに向かって目配せしなかったか?
目が合ったような気はしたけど、気のせいじゃない? と小声で返してくれるレナ。
うーん、気のせいかな。王族の方と面識はないわけだし。
などと普段お目にかかることの無い王族の方チェックをしている間に式典が始まった。
ぷいーという厳かな音楽が流れる中、女王キャロ様が
ぶっちゃけとても眠い。でも寝てはいけないという重圧の中、逆にそう思えば思うほど眠くなるのが人間だ。あ、俺はスライムですけどね。
ウルガーは……。お、ちゃんと前を向いて聞いてるな。ウルガーに出来て俺に出来ないはずはない! と気合をいれようと思ったら、ウルガーもちょっと船漕いでるな。まあそんな事だろうと思ったよ。俺も人の事言えないけど。
ほら頑張って、とレナが俺の体をさすってくれる。うーん、レナの手は気持ちいい。まるで天国のようだ……。
……はっ!
意識が飛んでしまった。いつの間にか式典は終わっていた。
王族の方は退席し、皆が大聖堂を後にしている所だった。
幸い目も鼻も無い俺なんでレナ以外には寝ていたことはバレてはいないだろうが……次からは気を付けます!
さてレナ帰ろうか。ウルガーも連れて帰ってやらないとな。あの人迷子になるから……。
あれ? ウルガーは? どこに行ったんだあの人は……。
ウルガーの姿を求めて辺りをぐるりと見渡していると、大聖堂の入口にジョシュア兄さんがいるのを見つけた。
なるほど、ウルガーの出待ちだな。それを察知したウルガーはどこからか逃げ出したってわけだ。
「レナ、ウルガー様はどこだい?」
「それが、いつの間にかいなくなってしまいましたの」
「逃げられたか……。まあどこに逃げても屋敷が城内にある以上いつかは追い詰めることが出来るな。それよりもレナ、聞いておきたいんだけど」
「何でしょうかお兄様」
大聖堂の入口で込み入った話をするのもなんなので場所を移動して。
「レナはあの人の事をどう思っているんだい?」
「あの人とはウルガー様のことですか? えっと……大雑把だけど温かいおじさんのような感じですね。ここだけの話ですよお兄様」
「それは好きという事かい?」
「好きか嫌いかと言われますと……好き。でしょうか?」
「ええっ! 結婚したいってこと!?」
「もう、お兄様なんでそうなるのですか! お兄様の事だってお父様の事だってお母さまのことだって好きですよ。それにレナが、あっ、私が結婚するのは大大大好きなスーなんですから」
そんなレナの返答を聞いたジョシュア兄さんは「それなら一安心……いや成長期にどう心が成長するかわからないぞ。父さんはノイエンバッハ君を推してたけど、そうだな、まだまだ有力な候補は沢山いるぞ」などとブツブツ呟いている。
「どちらにせよ結婚するまでは注意しておかないといけないな。いつも一緒にいる相手に好意を抱きやすいという研究結果も出ているし。やはり同棲は論外……となると。……よし、レナ、やっぱり僕の家から通おう。家ならメイドもいるし不自由することもない。ご飯だって栄養バランスたっぷりの物を作らせるよ」
「お兄様、それはお断りいたします」
「ど、どうしてだい? 僕の家よりもウルガー様の家のほうがいいってこと?」
「色々理由はありますが、レナは強くなりたいのです。なんでも自分で出来ることはその前提です。お兄様のお屋敷はおっしゃるとおり恵まれた環境なのだと思います。でもそれでは本当の強さというものが得られないと思うのです。なのでお兄様のお屋敷にお世話になることは出来ません」
ぐぬぬ、とレナに圧倒されるジョシュア兄さん。
「わ、分かった。じゃあ、街中に家を用意する。メイドは付けない。それならいいだろ? 頼むよレナ。僕は心配なんだ。間違いが起こってからでは遅いんだ。そんな事があったら僕はウルガー様を地獄に送るまで死ねやしない。それに――」
心配であることを説明し、こんこんと説得を続けるジョシュア兄さん。
レナ絡みの事で知能指数は低下しているとはいえ、外交大臣補佐に抜擢されるほどのタフネゴシエーターだ。レナからの反論を一つ一つ吟味しながら時には代案を用意したり時には条件を受け入れたりして交渉を重ねていく。
レナも善戦していたがさすがに旗色悪く、「でもウルガー様が許可したらですからね」と念を押すと、ジョシュア兄さんはすっとんでウルガーを探しに行ってしまった。
その行動力も若くして重職に抜擢された要因かな。
でも俺も負けてないぞ!
◆◆◆
数日後、俺達はジョシュア兄さんが用意した家に引っ越した。
ウルガーもジョシュア兄さんの交渉テクに敗北したようで「まあきちんと仕事さえしてもらえれば問題ない」と疲れ切った顔でそう言っていた。
越してきてすぐにまた引っ越しというのもせわしなかったけど、俺としても引っ越しは良かったと思う。
ジョシュア兄さんの言うようにハプニングは避けたい所だし、職場が別のほうが仕事のオンオフを切り替えやすいからな。なにぶんここ数日城の中から出て無かったわけだし。
美少女一人暮らしになるわけだけど、王都内なんで治安も安心。なぜなら普通の町や村と違って王都守護騎士団が治安維持をしているからな。それに数軒先には守護騎士団の詰め所もある。兄さんの配慮がうかがえるようだ。
さあレナ、新居でがんばろうぜ!
そうそう、休みになったらこの前見かけた草食グロリア専門の草屋さんに行こうな!
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