113 あなたの目は節穴ですか!

『メラネ村に迫る巨大スモークキャタピラー対策としてアドヒションフィンチの粘液と羽を用いて村の防衛を行うこととする。またススク村に現れたクイーンホーネット対策として兵士隊が常駐する最も近い町であるラースンから週1回巡回を行う事とする


     騎士長 リスト・ナーシアス

     騎士長補佐 スラ・ラライラ  』



 これは先日上げた報告に対する結果の連絡書類だ。

 初めての報告書作成だったからレナも悪戦苦闘しながら書いたけど、ちゃんと上に報告が届いて対策がなされるようでよかった。報告書には「対策を求める」としか書かなかったけど、実効性のある対策を検討してもらえたようだ。


 虫グロリアの天敵とも言われているアドヒションフィンチ。中型犬ほどの大きさのインコのような鳥グロリアなのだが、ただでさえ空から素早く襲ってくるのに口から動きを封じるための粘液を吐いて虫を拘束してしまうのだ。虫たちの中ではそれが本能に刻まれているのかその粘液や羽を避けようとする習性があるという。

 クイーンホーネット対策も実現可能な範囲では問題ないだろう。田舎の村に兵士を常駐させるとなるといろいろ大変だからな。


 報告書の何が一番大変だったかって言ったら、村の名前が分からないことだったな。

 俺達はどこに連れていかれるのか分からない上に、連れて行ったウルガー本人もどこか分からないという始末だ。なんとか調べることが出来たけど、次からはきっちりと場所の確認はしておこうってレナと決めた。


 あの激しかった勤務初日から今日で4日経っている。


 毎日あれがあるのかと思っていたので拍子抜けなんだが、あれ以来ウルガーが出動するような事件は起きていない。

 この平和な世界でそうそうあんな事件が起こっているわけは無いよな。


 そんなわけで数日かけてウルガー邸の掃除を行った。これが本当にあのゴミ屋敷だったのか、と見違えるほどに綺麗になった。これでお客さんを招き入れても問題なし。

 掃除に数日もかかった理由なんだが……ごみの中から出るわ出るわ、仕事の書類や連絡事項の数々。それらの処理やらスケジュール調整やらにも時間をとられてしまったからだった。


 こうして職場環境を整えたレナは「仕事ならその机でやっていい」とウルガーが言ったので、リビングにあるウルガーデスクで先ほどの連絡書類を読んでいたのだ。


「ウルガー様にお伝えしに行きましょ」


 黒い皮張りの豪華な椅子から降りるレナ。成人男性用の椅子だから小柄なレナにはちょっと合っていないんだよな。椅子だけは変えてもらおうな。


 ――コンコンコンコン


 そんな時、玄関をノックする音が聞こえてきた。

 このウルガー邸は王家の来客用に作られているため随所にオシャレな造りをしており、ドアにも真鍮製のドアノッカーが付けられている。王家の紋章をアレンジした格好いいやつだ。


 それが音を立てている。どうやらお客様のようだ。


 ――コンコンコンコン


 音が小さくて聞こえなかったに違いないという慎重派なのか、急いでいるんだよというせっかちなのか、間を置かずにノック音が発せられた。


 パタパタと駆けていくレナの後を追う。

 どちらにしろここは城内だ。不審な輩が入ってくると言う事はあり得ない。

 レナもそれを分かっているのか、ガチャリと鍵を開け玄関ドアを開いた。


「ああ、レナ! 無事だったか!」


「お、お兄様!?」


 そこにいたのはレナと同じく金髪で青い目をした青年。レナの兄、ジョシュア・ブライスその人だった。


「きゃっ、お、お兄様、ちょっと、どうなされたのですか?」


 ジョシュア兄さんはいきなりレナをぎゅっと抱きしめたのだ。


「どうしたもこうしたもレナが心配でやってきたんだよ。長期外国出張から帰ってきたらレナが働き始めるっていうじゃないか。話しを聞いているうちにいてもらってもいられなくて会いに来たんだ」


「あの、お兄様、恥ずかしいですわ。お放しください」


 華奢な体形とは言えジョシュア兄さんは23歳の大人。レナの小さな体はその胸にすっぽりと納まってしまう。


「何も変な事されてないか? 着替えとか覗かれてないか? 卑猥な事言われてないか?」


「その、大丈夫ですから。そんな事はありませんから!」


「いや、まだ未実行なだけで機会をうかがっているのかもしれない!」


 あっあー、ヒートアップしてきたな。

 ジョシュア兄さんは冷静沈着、真面目なイケメンで人望も厚いのだが、レナとは10歳離れているためレナを猫かわいがりしているのだ。

 それゆえ、レナのためなら一人突っ走ってダメ人間になってしまうきらいがある。

 その点はまさにあのマーカスパパの息子と言ってよい。


「なんだ? もめ事か?」


 裏庭での訓練を終えたウルガーが相変わらずの上半身裸で汗を拭きながらやってきた。

 なんというかタイミングが悪い。ややこしくなりそうだ……。


「なっ、なっ、なっ、なんていう格好をしているんですか自由騎士ウルガー! レディの前ですよ!」


 そんな姿を見たジョシュア兄さんはすぐさま噛みついた。


「ええと、貴君は確か……」


「ジョシュアです。ジョシュア・ブライス!」


「おっと、そうそう。ブライス卿。若くして外交大臣補佐に抜擢されたっていう。何度かお見掛けしましたよ」


「そんなことはいいんです自由騎士ウルガー! 年端もいかないうちのレナをどうしようって言うんですか!」


「どうと言われてもな?」


「しらばっくれるのもいい加減にしてください! うちのレナはまだ学生なんですよ! 13歳なんです。普通は従者チルカを採るにしても15歳からでしょうに。それを無理矢理学校を退学させてまで引っ張って。やましい事があるに決まっています!」


「いや、特に深い意味は無くてだな――」


「それに加えて自分の屋敷に住まわせてるだなんて。嫁入り前の娘と四六時中一緒に生活して、聞けば風呂にトイレは共用らしいじゃないですか! 不潔です! 事故が起こるかもしれないじゃないですか! もう事故狙いとしか思えない労働条件! 言い逃れは出来ませんよ! このロリコン!」


「いや、俺はロリコンじゃないし。そもそも俺は成熟した大人の方が好みだ」


「そんな事信じられませんね。その年になって未だに未婚なのがいい証拠です! モテないからって子供に手を出そうなんて破廉恥極まりない!」


「いや……。俺は一人が気楽でいいから結婚していないだけで、別にモテないわけじゃない。実際はその逆で女は沢山寄ってくる。ただその中で結婚してもいいかなと思えるようなビビッと来る女がいないだけだ。つまりロリコンじゃないし、そこのおこちゃまに色気を感じることもまた皆無だ」


「何を! レナに魅力が無いっていうんですか! あなたの目は節穴ですか! ほら見てくださいこの愛らしさ。この吸い込まれそうな青い瞳はまるで天使のささやきのように心の奥底まで浸透してくるし。そしてこの金色の清らかな髪は天を流れる星空のよう。極めつけは笑顔。もうそれはこの世のすべてを敵に回しても――」


「お兄様、お兄様!」


「ほら聞いてください、この声を。この美声は脳天をとろけさせ――」


「お、に、い、さ、ま! もうやめてください! 恥ずかしいです」


「え、ああ、すまない。ちょっとばかり頭に血が上ってだな……」


「まあ分かってもらえたならいいんだよ」


「何を言っているんですか自由騎士ウルガー! あなたの疑惑は全く晴れていませんよ。さあ白状しなさい。レナにあんなことやこんなことをしようと思ってたってことを。そしてレナを解放してください!」


「お、おおっと、そう言えばもう式典の時間だ。すまないがそういう訳だ」


 勢い治まらないジョシュア兄さんに対して、話しが通じない部類の人間だと感じて逃げるが勝ちを決め込んだのだろう。ウルガーは玄関を出て颯爽と駆けて行った。


「あ、まだ話は終わっていませんよ! お待ちください!」


 そしてそれを追っていくジョシュア兄さん。

 取り残された俺とレナ。


 いやあ凄いものを見たな。どうなるか冷や冷やしたよ。

 ウルガーは26歳でジョシュア兄さんは23歳。目上でもあり身分も上の人にあそこまで食ってかかるだなんて、首が飛んでもおかしくないレベルだった。それだけレナの事が心配で大好きなんだよな。

 でもまあ俺もレナ愛では負けてないぞ?


「ウルガー様ったらマントを忘れてる……」


 ああもう世話の焼ける。大事な式典で粗相があったら従者であるレナの資質も疑われてしまう。ウルガーの評判だけならまだしも、それは許容できない。行こうレナ。

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