115 大切なお役目
「ちょっとあんた、もう我慢できない!」
「そうよそうよ。あんたばっかり!」
薄暗く空気の淀んだ場所。焚かれた小さな篝火の光が薄っすらと辺りの景色を映し出しており、石造りの壁や柱は厳かで神聖な雰囲気を纏っている。
そのような佇まいの場に似つかわしくない声が先刻から周囲に反響している。
「みんな落ち着いてくれよ。いったいどうしたんだよ」
一人の少女が四人の少女に詰め寄られている。
獲物を狩るかの様に前後左右を固め今にも襲い掛からんとする様相の四人。そんな彼女達に対して状況が掴めず困惑している少女一人。
「どうしたもこうしたもないわ。もう許さないんだから!」
詰め寄られている少女のそんな態度に対して、自分達の怒りの理由がまったく伝わっていないのだと感じた一人の少女。内側に溜め込んだ怒りが溢れ出し、それが周囲の少女にも感染していく。
「おい、ちょっと。やめてって、痛い痛い、引っ張らないでくれよ!」
溢れ出した怒りに突き動かされ、少女達は実力行使に出る。
獲物である少女の手を引っ張ると小さな部屋まで連行し、その少女を部屋の中に閉じ込めてしまった。
「そこで少し反省するといいわ。あんたなんかいなくても私達だけでやれるんだから」
「お、おい、開けてよ。なあ、開けてくれよ!」
必死に呼びかけ扉を開けようとするが掛けられた錠前がガチャガチャと音を発するのみ。
そんな様子に少しだけ鬱憤が晴れた4人の少女達はその場を後にする。
「なあ、おい、教えてくれよ、なんで私が閉じ込められないといけないんだよ!」
その声は誰の耳にも届かない。
彼女を閉じ込めた少女たちはすでにその場を去ってしまっているのだから。
それを知らずにしばらく扉をたたき続けた少女だったが、効果がない事を悟って叩くのを止める。
「なんだよあいつら。私が何をしたっていうんだよ……」
木製の扉に叩きつけていた手の痛みがじわりじわりと広がっていく。
なぜこんなことになったのか。昨日まで仲良くやっていたのに。
少女は自問自答するが答えは見つからない。
自分は頑張ってきた。誰にも文句は言われないくらいに頑張ってきた。なのにどうして……。
そう思うとだんだんと怒りが込み上げてきた。
五人で行う大切なお役目。
一族の中では誇りある事で、それ故失敗も許されない。
ただ、そう難しい事ではないため、実際はあの四人でもやっていけるのだろう。
だからこそ自分はのけ者にされた。
少女は身寄りが無かった。そんな自分がお役目を行っている。
きっとそれが気に入らなかったのだろう。
それならそうと最初から言ってくれればよかったのに。
上辺だけだったとはいえ、仲良く楽しくやってこれていたのに。
これまでの楽しい思い出と先ほどの扱い。その落差が少女を苛立たせる。
音もせず誰もいない場所で悶々と考え続けていた少女だったが、とうとうその想いが爆発した。
「いいよ! そっちがその気なら出て行ってやる! 後で帰ってきてくれって泣きついても知らないんだからな!」
心を固めた少女は部屋の中を見渡し、ごちゃごちゃと積まれた荷物の影に別の扉があることに気が付いた。
なんとか荷物をどかしてその扉を開いて勇んで部屋から飛び出す。
「あっ、あぁぁぁぁぁぁぁー」
その先に床は無く、少女は暗闇に消えていった。
◆◆◆
◇◇◇
◆◆◆
ふいー、今日も大変だったな。
恒例となったウルガーの「むっ?」から始まる空中散歩。
人々に危機が迫っているからと言って、準備も無しに担がれて連れていかれるのはこまりものだ。
そんな事を何回か繰り返したレナは次こそはとフル装備で仕事をこなすようにしていた。
それなのにウルガーは「お前、太った?」などと小脇に抱えたレナに向かって言うもんだからレナは大噴火。
「それは回復薬の分です!」と反論しガサガサとカバンからガラス瓶に入った液体を取り出して「重いのなら捨ててしまいますよ。捨てた分はウルガー様のお給料から天引きですからね」などと言って。
実際そんな事をすることはないのだが、かなりのお怒りだった。
到着した村で問題を解決したのはいいのだが、レナの怒りは収まっておらず、「先に帰りますからたまにはお一人でゆっくりとお帰りください」などと言いだして。
方向音痴な自分が一人で帰るとなると大変な事を身に染みて知っているウルガーは何とかレナのご機嫌を取ろうとして。その村名産のスイーツをごちそうの上、レナが掛けている重い薬の入ったカバンとサイドポーチを持つからと言い出して。
そんなこんなで何とかレナのご機嫌を取って。そうして今王都へ帰宅していると言う訳だ。
まあどう考えてもウルガーが悪いので自業自得だ。
ご機嫌な様子で先頭を行くレナ。ぽよぽよとその後に続く俺。そしてさらに後ろを触らぬ神に祟りなしとレナの荷物を全部持ったウルガーが歩いている。
流石に長距離移動ともなるとずっとレナに運んでもらうのは憚られるので俺は自分の足で歩いている。スライムなので自分の体で跳ねている、が正しいのだが。
この国は自然豊かな場所が多くて、地方に行くと大自然という感じの場所が多々ある。俺達はそんな場所の一つを帰路についている。
村と村を繋ぐ道。人が行き来することで地面が踏み固められただけの細い山道。左右は木々が生い茂る林だ。
道の上には木々は無く、それでいて左右の林の木々もそれほど高いわけではないので頭上に輝く太陽の光が遮られて暗いということもない。
こんな場所には瘴気も溜まらず、はぐれグロリアも顕現しないはずで、それゆえの行商ルートにもなっているというわけだ。
もっともこんな細い道では馬車などが通ることは出来ない。こんな辺境の村にやってくるのは旅の行商人くらいで、たいがいはモゴンを連れている。丸っこい大きな口の中に商品を詰め込んでクラテルの中に収容することで重い商品を担ぐことなく行商が出来ると言う訳だ。
などと考えていた時。
「あら? 何か音がするわ」
先頭を行くレナが何かに気づいたようで立ち止まった。
そんなレナに追いついた俺はレナの視線の方向へと知覚を向ける。
なにやら林の中からガサリガサリと草木をかき分けるような音がしている。
「はぐれグロリアかな、毒とか持ってると厄介だよね」
警戒した面持ちのレナ。警戒はしているが緊張しているわけではない。
おそらくここで大きな熊グロリアのグレイトフルベアが現れても動じはしないだろう。撃退出来るだけの力はあるし修羅場はくぐっている。
とはいえ、未知なものであるという事がレナをピリピリさせているのだ。
俺はそんな様子のレナの前に出る。何が現れてもレナには指一本触れさせない。
さあなんだ? 熊か蛇か?
――ガサッガサッガサッ
来たっ!
全身に葉をくっつけた獣!
って、ええっ!?
茂みから現れたのは女の子だった。
ボロボロになった薄茶色のワンピースを着た女の子。8歳くらいだろうか、頭には今王都で流行りの猫耳カチューシャを付けていて足は素足。服や髪の毛には落ち葉やらなんやらがくっ付いて物乞いと間違えられてもおかしくはない。
そんな風貌の女の子がいきなり現れて、地面から出っ張った木の根に足を引っかけて前のめりに倒れ込んだのだった。
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