109 未来への選択

 なんだ!?


 皆がその声の主の姿を探そうと視線を方々ほうぼうに走らせる。


「あそこだ、屋上だ!」


 誰かがそう言った事で皆の視線がそこに集まる。


「ウルガーだ! 自由騎士ウルガーだ!」


 視線の先。そこにいたのは以前に見たことのある前後細長の赤ハットに赤マント姿の男。何故か転落防止の金網の上に立って腕を組んだ状態でこちらを見下ろしている。


 男は「とうっ」と言うと跳躍し、ズダンと俺達の前に着地した。


 なんなんだ一体!?

 待てってどういうことなんだ?

 そもそも何でウルガーがこんな所にいるんだ?


「自由騎士ウルガー、今までどこに。もう試験は終わってしまいましたよ。審判なんですから最初からいてもらわないと困ります」


「悪い悪い、ちょっと道に迷ってな。さっきようやくたどり着いた所だ」


「そんな、――」


「おっと、お小言は後だ」


 審判の先生の反論を遮ったウルガーは倒れたクリングリンさんの元へと近づいて、その体を抱き起すと――


 デジャヴを引き起こすような、そんな光景が展開された。


 ウルガーはクリングリンさんの鼻をつまむと懐から取り出した羽を開いた口にぶち込んで、その上から水筒を突っ込んで水を流し込む。

 そして彼女の顎に手を当てもしゃもしゃと上下させて咀嚼させたのだ。

 しばらく咀嚼させた後、クリングリンさんが口の中の異物を飲み込んだことを確認すると、ゆっくりと地面に寝かせた。


 フェニックスの尾羽投入の儀式だ。蝶仮面巨乳お姉ちゃんのリリアンもこうやって治療された。


「さて、待たせたな」


 そう言うとウルガーは俺達と審判の先生とを交互に見る。


「あの、自由騎士ウルガー。先ほど『待て』と言われたのはいったい……」


「ああ、勝者の話だ。勝ったのはこのスライム娘じゃない。そこに寝ているくるくる毛の子の方だ」


 ど、どういうことだよ!!

 どう見ても完全勝利、すべてのグロリアを撃破してクリングリンさんも倒して、文句ない完璧な勝利だろ!!

 そうだよな、レナ!!


「スーの言う通りよ。レナは全力を出して、それでクリングリンさんに勝ったの!」


 突然の言いがかりに俺もレナも納得がいかない。


「ふむ。まあそうなるな。俺も面倒くさい問答はごめんだ」


 そう言うとウルガーは歩き出し、フィールドの後方へと至る。


「こいつを見てみなよ」


 立ち止まったウルガーは俺達に早く来いと目配せする。


 意味も分からないままその場へと向かった俺達だったが、そこであるものを見てしまった。


「これは……もしかして場外……」


 俺達の背後で審判の先生がポツリと漏らした。


「そうさ。二人のぶつかり合いの際、スライム娘の足はすでにフィールドから出ていたのさ」


 レナが足を踏ん張った時にできた線。

 それはフィールド内から続いていて……わずかにフィールドの外に出ていたのだ。


 そ、そんな……。

 俺達の、レナの負けなのか……。


 何を言っても覆ることのない完璧な物証。

 それを目の前に突き付けられた俺はバラ色の未来から真っ暗闇の中に堕ちるようなそんなブラックアウト感を味わう。


「判定を修正します! 勝者、クリングリン・ドリルロールさん! 第1王女守護騎士隊選抜試験合格者はクリングリン・ドリルロールさんです!」


 改めて審判の先生から宣言があり、再び会場は大きな歓声に包まれた。

 だが、その声は俺とレナには聞こえてこなかった。


 負けた……。俺達が負けた……。

 毎日厳しい修行をして、技も磨いて……。今日のために頑張ってきたのに負けた……。


「うっ、うっ……」


 その声に俺は我に返った。レナが涙を流していたのだ。

 声を殺して、鳴き声を出すまいと、気丈に振舞おうと、そうやって堪えているもの堪え切れずに涙を。


 レナ……。俺達は全力で戦った。そのうえで負けたんだ……。


 まだ俺の体の中にいるレナ。俺はスライムボディを蠕動させて流れ出た涙を拭きとり、その頭を優しくなでてあげる。


「ひっく、ひっく……」


 俺達は負けた。でも、それは守護騎士隊に入れないだけであって騎士になれないわけじゃない。半年後の騎士試験を目指そう。騎士試験に合格して改めて騎士になろう。


「騎士を目指すのなら涙を見せるな」


 傷心のレナに向かってウルガーがそう言い放った。


 このっ! 今言う事じゃないだろ!

 涙を流すな、ってな、お前は、甲子園で負けた球児に泣くなって言うようなもんなんだぞ!


「お前は全力で戦って負けた。世の中ではよくあることだ。負ければ手に入る物も手に入らない。勝者はもてはやされるが敗者は見向きもされない。負けるってのはそういうことだ。だが……それを乗り越えたものはより強くなれる」


 そんな事は分かってる。レナだってこの負けを乗り越えて一層強くなるさ!

 だから今は放っておいてくれ!!


「そこで俺から一つ道を示してやろう。

 お前が望むのなら俺の従者、チルカにしてやってもいい」


 お前の……従者? 何を言ってるんだ?


「なんだと、あのウルガーが従者チルカを!?」

「まさか! 今までどんな有能な者であってもそばに置きたがらなかったあのウルガーが!」

「お主もそう思われるか! 若手騎士ゲニーズとか優秀秘書リミンとか、王宮主催お披露目会イグニカコルコントで最優秀だったクファン嬢とか、名だたる候補をめんどくさいから、一人がいいからという理由で頑なに従者チルカを着けられるのを拒否していたあのウルガーが!」

「貴殿詳しいな……」


 一体どういうことだ……。

 そんなに従者嫌いで一人が好きなこの無精ひげの方向音痴おっさんが、なぜレナを?


 いろいろな情報がごっちゃになって頭の中がグルグルしている俺をよそに、ウルガーが話を続ける。


「だが、その場合は今日の今からだ。学校を卒業した後でもなければ騎士資格を取得した後でもない。なるかならないかはこの場で決めてもらう」


 な、なんだって!?

 そんな無茶な!!


「もちろん学校は退学だ。俺の従者チルカとは両立できないからな。

 さあどうする?

 お前がただ騎士になりたいだけと言うのであれば止めておけ。半年後の騎士試験を受けるがいい。

 だけど強くなりたいのであれば……この国最強の騎士である俺のそばでその姿を見ることが出来るというのがどれだけの経験になるか、考えるまでもないだろう」


 その通りだ。従者となって最強騎士の戦いを間近で見ることができるのなら、レナはもっと強くなれるだろう。一度見ただけのコスモ重力落としをあそこまでの形に出来るレナならば。


 とは言え、この場で決めろっていうのは酷だろ。

 せめて一日。両親と相談して決めさせてもらうとかさ――


「分かりました。レナ、あなたの従者チルカになります」


 レナっ!?


 一瞬、聞き間違えかと思った。

 声はそう大きくはなかったが、確かにレナはしっかりとそう言ったのだ。


「いいのか? 途中退学で二度と貴族社会には戻れんぞ。それに騎士にもなれない。もちろん俺はお前に戦いの事を何も教えてはやらない。あくまで従者チルカだ」


「理解しています。その上でレナを従者チルカにしてください!」


 先ほどとは違い、毅然とした声でしっかりとウルガーの顔を見て……そう言ったのだ。


 その決断を止めるべきだという頭が働いて、そう伝えようとしたところで思いとどまった。

 レナが決断した事だ。俺が口を出すのは止めよう、と。


 正直な所、俺にもどちらが良いのかは決めかねる。

 そんな中でレナが自分自身で決めたのだ。

 レナのグロリアとして保護者としてパートナーとして、俺はレナの考えを尊重する。


「ふははははは、いいだろう! お前の決意は良く分かった。

 一週間だ。猶予を一週間やろう。きちんと皆を、親御さんを説得するんだぞ」


 なっ! 試されてたのか!?


 なんて嫌なおっさんなんだと思ったけど、なるほど。今までのは圧迫面接だったんだな。レナの想いの強さを確認したかったってことか。

 猶予期間があればちゃんとパパやママと話が出来るし、しっかり準備も出来る。

 なんだ、いいおにいさんじゃないか。


「一週間後俺の元に来い。その時からお前は俺の従者チルカだ」




 こうして波乱万丈の第一王女守護騎士隊選抜試験は想像もしなかった展開で幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る