110 自由騎士の従者 その1
俺の名前はスー。8年前まで人間やってました。人間の時の名前……有馬健太郎という名を知る人は誰もいない。俺の飼い主である金髪で青い目をした美人お嬢様、レナ・ブライスであっても……。
◆◆◆
「スー、見えてきたわよ、王城よ」
俺の
その細い指でふわりと耳元の髪をかき上げると辺りにいい匂いが広がる。俺は鼻が無いので匂いを感じることはないけど、感知した情報がそう伝えてくる。
俺とレナは今馬車の中にいる。目的地は王都ルーナシア。
乗客は俺達だけ。この馬車はマーカスパパがチャーターした馬車なのだ。
第1王女守護騎士隊選抜試験が終わっていろいろ騒ぎになった。もちろん自由騎士ウルガーが
そんな大きな話題に隠れて俺がサンロードスライムの力を見せたことはほとんど話題に上がっていない。その点だけで言えば事なきを得たと言ってもいい。
そんな騒がしい中、一週間という時間を与えられたレナはすぐにブライス家に戻ってマーカスパパとライザママを説得した。
最低限学校は卒業して欲しかったというパパをママが説得する構図になったが、基本はレナの好きにさせてあげるという家族の方針に変わりはなく、無事に両親から
その後は慌ただしかった。学校のレナお別れ会に参加し、1年間お世話になったシュルクコーチにお礼を伝えてシュルク邸を後にして、ブライス家のお屋敷に戻ってきてからは王都に行くための準備をしっかりとした。
マーカスパパからこれを持っていけだのこれは絶対必要だなど、いろんなものを渡されて。あまりの過保護っぷりにレナもとうとう怒ってしまって。パパはしゅんとしてしまったが、パパの気持ちも分からないことはない。レナもそれを分かっているようで言い過ぎた事を謝って、出発前日は家族団らんの時間を過ごした。
そうやって準備を終えて、荷物がパンパンにつまった大きな旅行カバンと一緒に馬車に揺られているところなのだ。
王都までは馬車で二日。一泊二日の小旅行だ。
ブライス家メイドさんバーナちゃんが契約する飛行グロリアのマースピーガルに乗っていけば1日も経たずに着くため、ギリギリまでレナと一緒にいたいパパはそちらの案を推したのだが、レナとしてはいつまでも甘えてばかりはいられないと、一人で行くことを決めていた。
乗合馬車に乗せるのがどうしても心配だったパパと一人で行きたいレナとの折衷案がこのチャーター馬車だったというわけだ。
「どんな生活が待ってるかな。レナ、ドキドキだよ」
レナは膝の上にいる俺の体をその手でゆっくりと撫でる。
若干13歳のレナがこれから大人の社会の中に入るのだ。俺が人間の時だって大学を出て22歳だったにもかかわらず緊張したものだ。レナがそう思うのも無理はない。
人生の転換点でドキドキしたり不安になったりと言うのは誰しもあるものだ。それが無いとしたらそれは神様仏様お釈迦様の類だろう。
とはいえ、レナの様子は緊張はしているものの不安であるとか心配であるとかそんなネガティブな感情のものではなく、未知の世界へのワクワクであるというような興味や好奇心の方だ。
度胸というのかな。いろんなことを経験して一歩一歩しっかりとレナは大人に近づいている。
とは言えまだまだ13歳。保護者の俺がしっかりとサポートしてあげないとな!
馬車が歩を進めるにつれて窓から見える王城の姿が大きくなっていく。
王都ルーナシアの中心にある小高い丘にそびえたつのがルーナシア城。女王キャロ・ディ・ルーナ様がおわす政治の中心だ。
王都の周囲をがっちりと固める堅牢で重厚な城壁の高さをもってしてもその白亜の城の姿を隠すことは出来ない。
俺達はそんな光景を目にしながら王都に入った。もちろんノーチェックじゃなくてきちんと検問がある。
そこはウルガーからの紹介状でパスする。3日ほど前に届いたものだ。出発直前のギリギリに届く辺り、ウルガーが出すのを忘れてた所を誰かが手をまわしてくれたんだろうと思っている。
王都内はすごい人混みだ。どこに視界を向けても沢山の人の姿が入ってくる。さすがは大都会、田舎のエルゼ―とは規模が違う。
俺は王都は初めてだけどレナは何度か来たことがあって、2年前のジョシュア兄さんの結婚式の時にも来たらしい。その時おれはリゼルの元で修行中だったな。
ジョシュア兄さんと言えばレナより10歳年上で、今は23歳だったかな。王都在住のエリート文官で次期ブライス家当主だ。
レナが王都で働くことになったのでジョシュア兄さんのお屋敷に居候して通う案もあったけど、兄さんの家に厄介になるのははばかられた。
去年子供が生まれて今1歳。奥さんともラブラブらしいし公私ともに忙しい時期だからな。
まあ、ウルガーからの紹介状に勤務条件が住み込みと書かれていたのでその案は無くなったのだが。
そんな事を考えながら王都の舗装された石畳をゴトゴトと行くことしばらく。
王城の麓までやってきた俺達は御者さんにお礼を伝えて1泊2日の馬車の旅を終えた。
ここからは徒歩だ。大きな旅行カバンを両手で持ってうんしょうんしょと言いながら丘を上がっていくレナ。俺はカバンの下に入って下から支えてあげてるんだけど、結構重いんだこれが……。
登り道とは言え目的地までそんなに距離は無い。それだけが救いだ。
少し上がったところで遠目に城門が見えてきた。
大昔に戦いのために建てられた城が原型なのだが、平和な時代が続いている現在では城門も改修され、広く大きくそして芸術的なものへと変わっている。
「そこで止まられよ!」
門番の騎士さん。王城守護騎士団の方だな。
レナがウルガーの紹介状を見せ事情を話すと――
「なるほどお嬢ちゃんが噂のウルガー様の。ちょうどいい。交代の時間だから紹介状に記載された場所まで案内してあげよう」
と、親切にも城内の案内を申し出てくれる騎士様。
レナも俺も王城には入ったことが無いので願ったりかなったり。案内板とか設置してあるのかなぁ、などと目的地にたどり着く方法を模索していた所だったからな。
城門の内側は開けていた。城門と言ってもその中がすべて建物の屋内というわけではないようだ。
言ったら城門は城壁のようなもので、中は庭の様になっているのだ。その中に国として必要な建物がちりばめられており、それらの中心が王城の本体となっているとの事だ。
道すがら騎士様から簡単な説明を受けながら目的地に到着。
騎士様にお礼を言って、時間まで待機する。
紹介状には場所と時間が書かれてあった。あの第1王女守護騎士隊選抜試験からちょうど1週間後。それが今日だ。
さてと、どんな仕事が待ってるんだろうな。女王様を見かけたりするのかな、などと田舎者丸出しトークをレナと繰り広げながらウルガーを待つ。
・・・
・・
・
「来ないね……」
指定された時間をかなり過ぎた。
俺たちの田舎者トークネタも尽きて結構になる。
いったいどういう事なんだ。忘れてるのか? 急用が入って来れないとか?
そんな不安トークが開始されて、またしばらく。
「悪い悪い、道に迷ってな」
ようやく現れた待ち人は、「よっ」と片手を上げて悪びれもせずにそう言った。
トレードマークの前後細長赤ハットを被った無精ひげの男ウルガー。方向音痴だとは聞いているが城の中で迷う訳はないだろ。
「ウルガー様、レナ・ブライス参りました。本日より
レナはスカートの両端を摘み上げ見事な挨拶を披露する。
「おう、さすがはご令嬢。きちんと教育が行き届いているな。だが俺の前ではそんなかしこまった態度は必要ない。式典とか王族とかと会う時とか、まあ外面だけそうしてくれたらいいさ」
「ありがとうございます。レナ、頑張ります」
「うーん、そうだなぁ。そこは直したほうがいいかもな」
「そこ、ですか?」
「そうだ。自分の事は『私』と言ったほうがいい」
「わたし、ですか?」
「そうだ。俺はどっちでもいいんだが、儀式的なヤツは面倒くさい。後々小言を言われるからな。今のうちに変えておいたほうがいい」
「分かりました」
レナが自分の事をレナって言うのは可愛くて好きなんだけど、確かにこれから社会に出るにあたって直しておいたほうがいいな。
「いよーし、着いてこい。俺の家に案内しよう」
ウルガーに連れられて俺達は城内を移動する。
騎士の詰め所というか宿舎というか、普段騎士の人が生活している場所は城内には無い。単純に場所が無いからだが、城外である王都の街中に作られている。騎士の人たちはそこから出勤しているのだ。
だけどウルガーには特別に城内に屋敷があてがわれている。
何でかという理由はすぐに分かった。
城内を歩いてしばらく。
歩いても歩いても、屋敷にはたどり着かなかった。
重い荷物を抱えているから早くたどり着きたいのに一向にウルガーの足は止まらない。
王城とはいえそれほど広いはずはないんだけど……って思っていた矢先、先ほど似たような建物を見たのでは、というデジャヴを感じたのだ。
これは……。
「すまん、そこのキミ。自由騎士邸はどちらかな。できれば案内を頼みたいんだが」
お、おいーっ!
自分の家がどこにあるのか分からないのかよ。自分ちの庭も同然の城内で迷ったのかよ!
遅れてきた理由が道に迷ったってのは本当だったのかよ!
これだよ、これが城内に家がある理由だよ。
城内でもこれなんだ。この人、城の外に家があったら緊急時に城まで来るのにやたら時間がかかってしまうってのが理由だよ!
上司のため苦笑いしか出来ないレナの代わりに俺が心の中で叫んでおいた。
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