107 心を一つに

「今よスー!」


 レナからの合図だ!

 俺はレナの足裏と地面が接する部分に燃焼性の液体を生成し、瞬時に俺の体温を上げ発火・爆発させる。その爆発を推進力として利用するために足裏の形状を筒状に変化させるおまけつきだ。


 突っ込んでくるクリングリンさんに対し懐に入るかのように両腕を前に出したレナは爆発の推進力を得て突撃し――


 その挙動に目を丸くしたクリングリンさんの胴体へと組みついた。


「そんなものでっ!」


 でもさすがはクリングリンさん。レナが完全に懐に入る前に、自分も腕を伸ばし、相撲の取り組みのようにがっしりと組み合ったのだ。

 レナの右腕はクリングリンさんの左腕の下、クリングリンさんの右腕はレナの左腕の下。相四つというやつだ。

 身長的にはクリングリンさんの方が頭一つ以上高く、レナを見下ろすような形だ。当然足も腕も長いので組み合い状態であってもレナは不利だ。


 それに加えて――


 レナっ! ダメだ、粘着液は効果が無い。やっぱり鎧の防御膜で阻まれてる。だからしっかりとクリングリンさんをつかんで離すんじゃないぞ!


「分かった!」


 全力の攻防が繰り広げられる。

 振りほどこうとするクリングリンさんに対しレナは必死に食らいついて、がっちりと鎧の端に指を食いこませた。

 俺も俺で右手部分を伸ばし左手部分を伸ばし、伸びたそれぞれをお互いにくっつけてクリングリンさんの胴を一周する形で完全なホールド体形に移行した。


 クリングリンさんもこうなったら振りほどくことは出来ないと判断したのか、がっしり俺とレナの体をつかんだ。


「何度も言いますけど、わたくしあなたと全力で戦えることが嬉しいんですの。それも密着するようなこんな距離であなたと戦えるなんて夢にも思いませんでしたわ。まさに至福、まさに僥倖!」


「そんなに思ってもらえて光栄だよ。レナ、全力よ。出し惜しみの無い全力! レナとスーの力でクリングリンさんを場外に押し出すわ」


「やってみなさい、わたくしとグロリアみんなの力で打倒してあげますわ!」


 クリングリンさんの発する輝力が輝きを増し、俺とレナの体を押す力が一段と強くなる。


 レナ、さらに体温を上げる! 輝力を高めてくれ!


 俺の呼びかけでレナの輝力が吹き上がる。

 その力でクリングリンさんを押し返す。


 一進一退の攻防が続く。

 俺達がクリングリンさんを押すとクリングリンさんが押し返す。クリングリンさんに押された俺達がまたクリングリンさんを押し返す。

 進んで下がって、進んで下がって、各々が一挙手一投足に全力を振り絞る。


「ずっとこの時を待っていましたわ。わたくしに無いものを沢山持っているあなたに……レナ・・に勝つ時を!」


 ぐうっっ!

 押しが……強い。レナっ!


 レナ……?


 返事が無い事でようやく気が付いた。レナはもう自分の限界を超えて輝力を放出しているのだ。はぁはぁと息を荒らげ何とか輝力を振り絞っている状態だ。


 じりじりと押されていく。

 少しずつ、少しずつ、フィールドの後ろ側に押されていき、場外のラインが近づいてくる。


 くそっ、このままじゃ押し出されてしまう。俺だってすでに全力だ。すでにスライム細胞が沸騰直前まで体温を上げてパワーに変えている。これ以上のパワー増は望めない。何か別の手でこの状態を乗り切るか。いや、こんな拮抗した状態で小細工を打ったらパワーバランスが崩れて一瞬で押し出されてしまう。


 レナっ、踏ん張るぞ、踏ん張れ!


 ぐっと右足を後ろに踏ん張るレナ。わずかながらに押し出されるスピードが落ちたものの、もう場外まで目と鼻の先だ。


 だ、ダメかっ!

 ここまで来て、これだけ食らいついてダメなのか!?

 一年間必死に特訓を重ねてきて、この日のために頑張ってきて、雨の日も雪の日も、ずっと頑張って来たのにそれでもダメなのか!?

 修行中にレナは何度も倒れて、そのたびに俺の心はじくりと痛んで、それでも立ち上がって修行を続ける姿に、自分の甘えた心を捨てようと、レナが進むのなら俺はどこまでも一緒に支えようと、一緒に血反吐を吐いても絶対に勝つんだって思ってきたけど、それでも、ダメなのか!?


 そんな時だった。

 どこからか声が聞こえてきたのだ。


「レナちゃーん、がんばってー!」


 あれはナノちゃんの声!


「がんばってー、がんばってー、がんばってー!!」


 聞こえるかレナ、ナノちゃんが応援してくれてるぞ!


「レナちゃーん、ファイトー、応援してます!」


 これはサイリちゃんの声。あの大人しいサイリちゃんがこんなに大きな声で声援を送ってくれてるぞ!


 あなたたち席に戻りなさい授業中ですよ、と遠くで聞こえてくる。それに対し、大切な事なのと食い下がる二人。


 授業中にも関わらず応援のために教室のベランダに出てきてくれたのだ。


 ありがたいな……。友達ってありがたいな、レナ!!


「聞こえてるよスー……。レナにも聞こえてる。ナノちゃんとサイリちゃんの声が!」


 目を見開いたレナはどこからともなく湧き上がる力で、クリングリンさんを押し返し始めた。


「くっ、この……力っ!!」


 クリングリンさんが、押し側一辺倒だったクリングリンさんがじりじりと後退していく。


「クリングリンさん! レナにはスーが、ナノちゃんが、サイリちゃんが、それに今は倒れちゃったミイちゃんが、トルネちゃんが付いてるの! だから負けない!」


「そんなっ、こんなことって!」


「レナ、嬉しかった。クリングリンさんがレナと戦いたいって、全力で打ち勝つって言ってくれて嬉しかった。それに本当に強くって。全力でぶつかって、押したり押されたりして。もうこれまでかって思ったわ。でも、それでも、負けられない。負けたくないの。自分で決めた、初めて自分でしっかりと決めた将来なの。だから勝って、それを掴み取るわ!」


 レナは気合一閃、すくい上げる様にクリングリンさんの体を上空へと投げ上げた。


「な、なんですってぇぇぇぇ!?」


「スー、あれをやるわよ!」


 え、ええ? あれってなんだ!?

 うわぁぁぁぁぁ!


 レナがジャンプした!

 空中で錐もみ状態で回転しているクリングリンさんに向かって、10mくらい跳躍した!


 まさかレナがやろうとしているのはあの時の技!


 なんとなくおぼろげだが、レナのやろうとしていることが、イメージが伝わってくる。


 そう、これは俺達がピンチのとき颯爽と現れたあの自由騎士が使った技だ!


 分かった、合わせるぞレナ!


 強力な技ともなると契約者マスターとグロリアの心がバラバラだと成功しない。たとえ成功したとしても100%の威力を出すことは出来ない。

 それがぶつけ本番・・・・・ならなおさらだ!


 俺とレナは心を一つに合わせていく。二人の技のビジョンがぶれて重なっているその姿を、ゆっくりと合わせて行って……それがピッタリ一致した時、俺はレナの体に、レナは俺の体になったかのような感覚となり、そして――


「コスモ!(コスモ!)」


 クリングリンさんの体を掴み寄せる。


「重力!!(重力!!)」


 スルリとクリングリンさんの天地を逆さまにし、腰の部分を両腕でがっちりと挟み込むと――


「落としぃぃぃぃぃ!!!(落としぃぃぃぃぃ!!!)」


 その状態で地面へと落下し……ほどなくして落下の衝撃の激しさを物語る耳をつんざくような大きな音が校庭に響き渡った。

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