100 ミイちゃんの覚悟

「羽はフルフレッジドアーマーの発生させる輝力の膜にくっ付いていただけで、わたくしにはくっ付いていませんの。膜を解除すればこのとおり」


 膜が重さを支えていたのか、それともクリングリンさんにくっ付いている訳ではないから重さが発生しなかったのか。俺が戦う時のためにもうちょっと説明が欲しいところだけど、どちらにせよ顔まで羽根で覆われているのによく喋れたなって思ったのはそう言う理由か。


「ティッピー、流星蹴りよ! この間合い、それに防御膜を解除してるなら軽い一撃でも大ダメージになる!」


 重り羽根を破られたミイちゃんだったがさすがに武家の娘。冷静に状況を判断してすぐさま攻撃指示を出している。


 ミイちゃんの指示でデュークモアティッピーは攻撃を繰り出す。左足を軸足にして右足でキックの雨だ。


 ギンギンと小刻みに金属音が発生する。

 鋭く繰り出されるキックに対しクリングリンさんは小手の部分でその蹴りを受け、弾き、流し、と器用にさばいていたものの……蹴りの速さが徐々に早くなっていくと、その速さに対応できなくなってしまいボクサーのように防御態勢を取った。


「その調子よティッピー。そのまま攻撃を続けて押し切るのよ!」


「くっ!」


 クリングリンさんが小さく毒づいたのが聞こえた。襲い来る流星のような攻撃になすすべもないという状況のようだ。

 かろうじて足を踏ん張り、攻撃の威力に負けて吹き飛ばされてしまわないように前傾姿勢でガードを続けているクリングリンさん。


 このまま続けば時を置かずにクリングリンさんは負けてしまうだろう。とそう思った瞬間――。


「えっ!?」


 ミイちゃんが驚きの声を上げた。

 驚いたのはミイちゃんだけではない。俺達もだ。


 クリングリンさんは足で踏ん張ることをやめ、後方に跳躍しようとしたのだ。


 もちろん流星のような連続攻撃が彼女の体を襲い、踏ん張りを失った体は勢いを乗せて後方に吹っ飛ばされる……はずだったが、攻撃が軽かったのか意図的にそうなるように後方に飛んだためなのか、体勢は崩したものの地面にダウンすることなく着地した。


 クリングリンさんとティッピーの距離はおよそ2m。


「まだよ、もう一度流星蹴り!」


 ――クエェェェェ


 間を置かずティッピーがクリングリンさんに流星蹴りを放つ。


「この一瞬の間が欲しかったのですわ」


 ティッピーが攻撃するためには2mの距離を詰める必要がある。

 そのため今まで攻撃のために固定していた軸足を数歩の移動に使う事になる。

 時間にすると僅かな間であったが、その勝ち取った刹那でフルフレッジドアーマーの身体強化機能を使って跳躍し――


 ――クエェェェェェェェェェェェェ!!


 ストンとティッピーの背の上に着地すると、そのままその細長い首を肘で締め落としにかかった。


「ティッピー、振りほどくのよ」


 ミイちゃんが指示を出す。


「離すものですか!」


 ティッピーは首をぐりんぐりんと大きく振りながら同時に跳びはね背中を揺さぶって、そんな風に激しく動いてクリングリンさんを振り落とそうとするが、背後からがっちりと組みついたクリングリンさんはなかなか振り落とされず……首を絞められたことで苦しがって暴れたティッピーはバトルフィールドの外に出てしまった。


「デュークモア場外!」


 審判のコール。

 組みついていたクリングリンさんはティッピーが場外になる瞬間に離れてフィールド内に戻っていた。

 誰が見てもクリングリンさんの勝利だ。


「そんな、ティッピーが……」


 ――クエェ


 申し訳なさそうにミイちゃんの元に戻ってくるティッピー。

 しゅんとしてか頭を下に下げている。


「ありがとうティッピー。休んでいて」


 その体を撫でていたわり、クラテルへと戻した。


「さて、バルツさん。これでお仕舞ですこと?」


 ミイちゃんの契約しているグロリアはデュークモアしかいない。そのデュークモアが破れたとなるとこのバトルはクリングリンさんの勝ちで終わりだ。


「……まだよ。私だって秘密兵器くらい持っているんだから!」


 なにっ!? ミイちゃんが俺達の知らないグロリアを!?


「試合続行です。バルツさん、グロリアを」


 ミイちゃんの戦闘継続の意思を確認した審判がバトルを進行する。


「出てきて頂戴、ファムロ!!」


 ミイちゃんは体操服のポケットから新たなクラテルを取り出して、そこからグロリアを呼び出す。

 輝力の粒子がクリングリンさんの待つバトルフィールドへと集まっていき、一塊となってグロリアの姿を形成する。


 あれはアトミックヒーター……じゃないな。大きさが違う。多分アトミックヒーターの進化前のさらに前。Cランクのファイアカクテルだ。小さくなったと言っても1.5mはある。その大きさの火の塊。


「おじい様から受け継いだこのファムロで戦うわ! 勝負よクリングリンさん!」


 ミイちゃんの気合に呼応してファイアカクテルファムロが揺らめかせている炎の勢いが増す。


「それでは試合開始!」


 やっぱり熱いんだろうな。いつのまにか審判の先生はバトルフィールドから距離を取っていた。


「まさかこんな隠し玉を持っていたなんて……驚きましたわ」


 余裕そうなセリフだが、腕で顔の前を覆っている。

 やはり至近距離では熱いのだ。


「ファムロ、もっと熱く、もっと燃え上りなさい! いくらグロリアを身にまとっていてもクリングリンさんは生身よ。熱には弱いわ」


 秋に差し掛かろうという季節。あの暑かった夏をようやく乗り越えたと思ったのに、またそれを思い出すかのような熱さが選手席まで伝わってくる。


 これは……クリングリンさんは絶体絶命なんではなかろうか。飛び道具でもあれば遠距離攻撃も可能だけど、これまで見た所その手段はなさそうだ。上位の鎧グロリアなら輝力を弾状にして打ち出す技とか使えるらしいけど。

 それすなわちパンチやキックなどの近距離攻撃を当てるしかなく、熱源である炎の塊に突っ込む他はない。


「さあクリングリンさん、降参なさい」


「降参を勧めるなんて舐められたものですわね。この程度の熱さでわたくしに勝てた・・・と思っているのかしら」


 まだ逆転の策があるのか。それともハッタリか。強気な姿勢を崩さないクリングリンさん。貴族のプライドというものなのだろうか。


「まだそんなことをっ! いいわ。ファムロ、火力を上げながら前進よ。クリングリンさんを熱さでフィールドから追い出しなさい」


 ミイちゃんの指示でじりじりとファムロが距離を詰めていく。それに合わせてクリングリンも少しずつ後退する。


 これで勝負はついたな。

 クリングリンさんのすぐ後ろにはフィールドのライン。そこを超えれば場外負けとなる。

 この展開から逆転は無理だろう。


 さすがはCランクグロリア。

 俺の修行時代、リゼルが連れていたアクアビーストのホルンと同じランクだからな。巨大なイカを倒した角での一撃の事は忘れられない。


 俺達が戦う際はどうやって戦うか……。

 俺は発熱することが出来て熱に強いとはいえ、さすがに炎で焼かれるとダメージを受けてしまうからな。それにおそらく物理攻撃は無効だしかなり手強いぞ。


 俺がミイちゃんの勝ちを確信したその時。

 ぼふっ、と一際大きくファイアカクテルの炎が揺らいだかと思うと――


「ミイちゃん!!」


 レナが声を上げた。

 なぜならミイちゃんが前のめりに地面に倒れこんだからだ。


 それに伴ってファイアカクテルの炎が小さくなっていく。


 そうか、これは輝力不足。ファイアカクテルが消費する輝力に契約者マスターであるミイちゃんが耐えられなかったんだ。


 おじいちゃんから譲渡されたって言ってたな。それは恐らくここ最近の事、それもこの試験のためにだろう。

 グロリアを増やすということは契約者マスターの負担の増加と同義だ。それは自分に合わせたグロリアが召喚されるグロリア召喚であっても同じだ。

 召喚ではなく人からの譲渡契約、それもCランクグロリアだ。Cランクグロリアの輝力消費量は大きい。一般庶民では大人になっても扱いきれないくらいだ。

 騎士修行をしているといってもそれがポンと追加されたのだ。Dランクのデュークモアの上に。


 自身を維持する輝力も無くなったのだろう。ファイアカクテルファムロは光の粒子となって自動的にクラテルの中へと戻っていった。


「勝負あり! 勝者クリングリン・ドリルロール! 救護班急いで!」


 審判の先生が決着を宣言する。


「ミイちゃん!」


 レナが倒れたミイちゃんに駆け寄る。

 俺もそれに続く。


「れ、な……。ごめんね……。二人で戦うって言ってたのに……。こんなに、なっちゃった」


 体内の輝力を失いすぎて満身創痍のミイちゃん。

 弱々しく体を震わせていて、声も小さく聞き取りづらい。なんとか喉から声を絞り出しているのだろう。


「いいのミイちゃん。しゃべらないで。すぐに保健室の先生が来るから」


「輝力が、足りない、ことは、分かっていたの……。でも、負けたく……なかった……」


 ミイちゃんの手をレナが握る。

 レナの姿を見ているはずの目は力無く焦点はあってはいない。


 ミイちゃん自身も分かっていたのか。

 元々ファイアカクテルを呼び出すだけでも無理があったのだろう。その場に立っているだけでも精一杯だったはずだ。

 それを維持し、さらには炎を強めて……。

 そんな状態を続ければ自身の体に変調をきたし、さらに続ければ命を失うかもしれないというのに、それでも勝つために輝力を振り絞ったのだ。


 幼いころ自分も輝力不足になってしまったレナは、そんなミイちゃんの状態を良く分かっているだろう。


「でも、不思議と、悔しくは……ないの。全力を、出して、自分の限界を、超えて……。それでも勝てない、人がいるって……分かって。……むしろ、次は勝って、やるって……そんな気持ち」


「バルツさん」


 クリングリンさんがやってくる。


「わたくし、あなたに謝りたいのですわ。あなたがこんなになるまで……ここまで強い想いを持っていたことを見抜けませんでしたの。きっと途中で音を上げるだろうと、そんな風に思っていましたの」


 そこまで言うとクリングリンさんがすっとしゃがんだ。

 そしてじっとミイちゃんの目を見据え、言葉を続けた。


「武家の娘、そのこころざしの高さに感服しましたわ。その……あなたさえ良ければ、これからもお友達で、いえ、ライバルとして切磋琢磨させていただけませんでしょうか」


「ふふふ……あの、クリングリン、さんが……。ええ、これからも、よろ、しくね……」


 目を開ける力も無くなったのだろう。目を閉じたまま笑顔を浮かべるミイちゃん。

 その閉じられた目からすっと一筋の涙がこぼれた。


「はい、付き添いの方は離れてください。すぐに保健室に運びます」


 保健室の先生と救護班の男の人がタンカを持ってきて、ゆっくりとミイちゃんをその上に乗せて、そして急いで保健室へと消えていった。


 オレが着いておくから二人は安心して戦ってくれ、と言ってトルネちゃんがその後を追っていく。

 

 トルネちゃん、ミイちゃんの事はよろしくな。

 そしてミイちゃんお疲れ様。ゆっくり休んでくれよな。


 さあレナ、俺達も頑張るぞ!

 あそこまでの気概を見せられたら俺達も負けてはいられない。

 クリングリンさんはまだいくつも奥の手を持ってそうだが、それを全部全力で打ち砕くぞ!


 そして勝って必ず第1王女守護騎士隊に入るんだ!

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