099 ちょっかいではありませんわ
「レナお疲れさま! 凄かったね」
選手席に戻ってきたレナをミイちゃんが迎えてくれる。
「次はミイちゃんだよ。頑張ってね!」
「ええ、任せなさい!」
その目には私も勝つわという熱い想いが乗せられている。
スマッシュゴリラの一撃で穴が開いたフィールド。その修復が行われている。
長い鼻を持った象のようなグロリア、サンドエレファントが鼻の先から砂を噴き出して穴を埋めていく。その尻尾は野球場でよく見るコートをならしているトンボのようになっていて、体重で踏み固めた砂の上を器用に尻尾を動かして砂をならしていき……瞬く間にフィールドは元にもどった。
平らな砂の上で寝る習性のある彼らにとってフィールドの修復はお手の物だ。
「それでは第1回戦B組のバトルを開始します。クリングリン・ドリルロールさん、ミーリス・バルツさん位置についてください」
審判の先生の呼び出しに従ってクリングリンさんとミイちゃんがバトルフィールドの定位置に付く。
俺達は選手席から応援、もとい二人の戦力調査だ。
この1年間何度も授業で戦って来たとは言え、みんなの手の内をすべて知っているわけでは無い。現にトルネちゃんは知らない技を披露してきた。きっと二人も同じだろう。
どちらが勝つにしても強敵となるのは間違いない。しっかりとチェックしておかないとな!
「クリングリンさん、あなたいっつもうちのレナのちょっかいかけて……。丁度いいからここでレナの代わりに成敗してあげるわ」
「ちょっかいではありませんわ。ライバル視しているのです。これまでわたくしに並び立つほどの方には出会ってきませんでしたので」
「どっちでも一緒よ。レナはね、そういう争いとか嫌いな子なの。優しいから相手をしてあげてるだけなのよ」
なんか言い争いが始まったぞ。レナを奪い合う骨肉の争いみたいな。どうしてこうなった。
「あら、あなたこそブライスさんの事をわかっていないんですわね。彼女、内に秘めた闘志は何よりも強いんですのよ」
「なにが闘志よ――」
――ピピー
「それ以上の私語は謹んで。試験の最中ですよ。熱くなるのはかまいませんが、その熱はグロリアバトルに向けなさい」
先生からストップが入った。
そうそう、今日は試験だからな。それに偉い人も見ている。
そんな中でもレナの事を考えてくれるミイちゃんには感謝だな。
「それでは、両者グロリアを!」
「行くわよ、ティッピー!」
先にグロリアを呼び出したのはミイちゃん。いつものグロリア、デュークモアのティッピーだ。女の子3人が楽々乗れるくらいの大きなダチョウのようなグロリア。鳥グロリアであるが飛べない代わりに発達した2本の太い脚で高速移動を可能としている。その足から繰り出される蹴りは鋼鉄の鎧もひしゃげてしまうほどだ。
対するクリングリンさんはと言うと……。おや、彼女がバトルフィールドの中に入ったぞ。
「さあ出てきなさい。そして華麗なる私の体をさらに美しく飾るのです」
掲げたクラテルから光の粒子があふれ、体操服を着たクリングリンさんの体へと集まっていき、渦巻くようにグルグルと流れている。
まさかこれは。
光の粒子がグロリアの形を成していく。
それはまるで鎧。
胸、肩、腰、肘、
「っ! それはフルフレッジドアーマー!」
「ええ、そのとおりですわ。初めてお見せしますわね」
新たに契約したのだろうか。それにしては体にフィットしすぎている。鎧系グロリアは契約者の成長に合わせてそのサイズを変えていくため一朝一夕であのフィット感は生まれない。
となると俺とリゼルが行った鎧グロリアの研究結果を利用しているというのが自然な考えか。
「それではバトルスタート!」
二人の準備が整ったので試合開始の合図がなされる。
「ティッピー、先手必勝よ! 飛び蹴りっ!」
ミイちゃんの指示から僅かな間もおかず勢いよく駆け出す
対するクリングリンさん。グロリアを身に着けているとは言えあくまで人間。フルフレッジドアーマー自身は動けないため彼女が自分で対処しなくてはならないのだが……。
「「おおっ」」
その瞬間審判席からどよめきが起こった。
それもそのはず。クリングリンさんは空を舞うように高く跳躍してティッピーの飛び蹴りを回避し、そしてくるくると宙で回転しながらフィールド内に着地したのだ。
まるでフィギュアスケートのジャンプのような華麗な姿だった。
「や、やるじゃないの!」
戦っているミイちゃんが一番驚いているのだろう。人間の動作を超えた動きを見せたのだから。
今のはフルフレッジドアーマーの能力か、それとも別のグロリアの力を使っているのか。
おそらくは前者だろう。【神カンペ】には契約者の身体機能を高める能力があることが記されているからな。
「わたくしを舐めていらっしゃるの? そんな遅い攻撃じゃああたりもしませんわよ」
「舐めてるわけじゃなくて、ティッピーの蹴りが当たったら痛いじゃすまないのよ? いくらクリングリンさんでもそんな事になったら大変じゃない」
「それが舐めているというんですのよ。手加減するなどと、相手を侮辱するのと同義。それともあなた武家の娘のくせに相手の力も見抜けないのですか?」
「な、なにを! どうなっても知らないからね。ティッピー、もう一度飛び蹴りよ!」
ティッピーは一鳴きするとクリングリンさんに向かって駆け出す。
ミイちゃん落ち着いて。今のは安い挑発だ。
挑発にのって安易な指示を出してしまったミイちゃん。
そして先ほどよりは速いものの、同じ軌道でクリングリンさんを狙うティッピー。
そんなティッピーの攻撃をすっと身を横に滑らせて回避するクリングリンさん。
チャンスを逃がす事なく、すれ違っていく黒い鳥の尻に対して回避の際の回転を利用した裏拳を叩き込んだ。
「ティッピー!!」
攻撃したはずがカウンターを受けてしまい、ティッピーがよろける。
だだ、それほど強烈な一撃でもなかったようで、問題ないといわんばかりに力強く立つ。
「油断したわ。口だけじゃないってことね。認識を改めるわ。
ティッピー、相手は強いよ。気を引き締めて」
クェェェ! と一鳴きしてしっかりと大地を踏みしめるティッピー。こちらも浮ついた感じが消えた。
「さあおいでなさい。私が優雅に勝利する所を皆様にお見せしましょう」
おや、攻撃を誘うのか?
自らは攻撃しないカウンタータイプの戦法なのかな?
だとしたら中途半端な攻撃は命取りになるけど、ミイちゃんはどこまで分かっているだろうか。
「ティッピー、重りの羽根!」
攻撃方法を切り替えた。ミイちゃんは冷静だ。
ティッピーがバサバサと体を震わせると沢山の黒い羽根が宙に現れる。抜けたというかどこからかぱっと現れたというか、出所は分からない大量の羽毛がふわふわとティッピーの周囲を舞う。
ティッピーが自身の左右の翼をばさりと大きく広げ前方へ羽ばたかせると、宙に浮いた黒い羽根たちが矢のように射出されクリングリンさんを襲う。
さすがに広範囲に及ぶこの量の羽根をスピードで回避することは出来ない。クリングリンさんはボクサーのガードのように腕を前にだしてその攻撃をしのぎきろうとするが。
「な、なんですの。この羽根、くっついて……。それに……お、重い……」
腕に、腰に、足に。ティッピーの黒い羽根が纏わりつくようにクリングリンさんの体にくっ付いていき、まるで包帯でぐるぐる巻きにされたミイラ男の様に、全身が黒い羽根で覆われてしまった。
「かかったわね! この羽根は相手にくっ付いて重くなって自由を奪う技よ。こうなったらもうそのスピードは使えないでしょ。とどめよティッピー、バックスピンキック!!」
俺が感知するのもやっとなくらいの速く力強い一撃。
それが身動きの取れないクリングリンさんに迫る。
――ガシィィィン
足と鎧がぶつかりあった音が響く。
「スー。あれ!!」
ああ。ガードしているな。
繰り出された太い脚を両手で掴んで止めている。
先ほどの衝撃音は攻撃をくらった音ではなくて、受け止めた音だったのだ。
「そんな! どうして! 重くて手なんか動かせるはずが」
「簡単な事ですわ」
クリングリンさんが言葉を発するや否や、体中にびっしりとくっ付いていた羽根がハラハラハラとその身から舞い落ちていった。
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