098 カラカール流双拳法 その2
「なら見せてみろよ、お前たちの力を! ゲリ、ゲラ、
あれは……。1体の後ろにもう1体が隠れるような構え……まるで重なっているように見える。
この技は初めて見る。授業中の模擬戦でも見たことのない技だ。
その構えがゆらりと動いたかと思うと、巨体が砲弾の様に俺に迫る。
ええい、戦う相手が常に自分の知ってる技を使ってくると思うな健太郎。未知の戦いが普通なんだ。自分のすべてを使って戦うんだ。
俺は自分に言い聞かせるように気持ちを奮い立たせる。
目の前に迫る巨体。どう来る、強パンチか弱パンチか、それともキックか?
全神経を集中し感覚を研ぎ澄ませて攻撃の予兆を探る。
俺に神経は無いけど体中のスライム細胞一つ一つをフルに使ってという意味だ。
迫りくるスマッシュゴリラがほんの僅かに腕を引いた。
これは弱パンチだ!
手数で押してくる気だな!
勢いのまま左右両手でラッシュの猛攻を加えてくるスマッシュゴリラ。
でもっ、よく、見て、回避するだけなら、なんとか!
ほんの僅かでも事前に察知出来たことが大きい。
「スー、ゲラに気を付けて!」
えっ、えっ? ゲラってどっち? 今見えてるほう? それとも……。
レナの声に気を取られた瞬間、ぬっと後ろから太陽を隠すように現れた巨体が回避で精いっぱいの俺に渾身の一撃を叩き込んだ。
ぬわーっ!!!!
強力な一撃を受けて体が吹っ飛ぶ。
衝撃は散らしてスライムボディにダメージが行くことは防いだがこのままでは場外だ。この軌道なら一回だけフィールド内で地面にバウンドするはずだ。その時、地面に触れる時に何とか……。
間を置かず俺の体が激しく地面に打ち付けられる。
ええい、ここで接着剤だ!
本来ならスーパーボールのように遠くまで跳ね飛んで場外負けの所を、地面と接する体の一点に粘着液を生み出して地面と体を固定したのだ。
だけどそれだけでは勢いを殺しきれず、焼いた餅が膨れるかのように接着剤でくっ付けた部分以外が後方にびろんと伸びてしまい……。
危うく伸びた先が場外に出るところだったがなんとか踏みとどまって……伸ばしたゴムが収縮するかのように地面に固定した部分にと戻ってきた。
だけどそれほどの大きな隙を見逃してくれるトルネではなく……。
後ろから戻ってきた反動でこんどは前方に体が伸びたところに右ストレート。
回避できるわけもなく、その一撃を受けてまた後方に伸びる。そしてまた戻ってきたところに一撃が加えられて……あれだ、パンチングマシーンか、もしくは壁が無くても大丈夫な紐のついたテニスボールを打つやつ……。
なすすべもなくやられていると背後にもう一体のゴリラが現れ、そちらからも一撃。
前後を挟まれてしまった。
壁打ちテニスではなく本当のラリーのようになって、俺はサンドバック状態……。
前後に振れる勢いがあまりにも強く体勢を立て直す間もない。
これはヤバイ。神経は無いから痛みを感じないが、体にはダメージが蓄積され続けてこのまま負けてしまう。
「いいぞゲリ、ゲラ、そのままたたみかけろ!」
何もしなければこのまま終わってしまう。でも逃げることも出来ないし攻撃に移ることも出来ない。どうしたら……。
「スー、粘液よ!」
粘液、粘液……。
そうかレナ、分かったぞ!
俺は体内で生み出した粘液を体表から噴出させる。
「なんだ? ぬるぬるして、打点が定まらない!」
油のようなツルツルの粘液にまみれた俺の体。スマッシュゴリラ達のラッシュは俺の体の芯を捕えることが出来なくなっていた。
「いや、だけどそれだけだ。ゲリ、ゲラ、八竜顎撃だ! ラッシュのスピードを上げて削り取れ!」
攻撃の芯は捕らえられなくなったとはいえ俺の体は地面に固定されたままのため、打ちどころが悪くても相手の方向に打ち返されてしまう。
今までは長く続けるためのストロークだったのが、どこにボールが飛んでくるか分からない試合形式のテニスに変わっただけなのだ。
もはや絶体絶命じゃん。とお思いだろう。
俺が余裕を見せたとき、片方のスマッシュゴリラの一撃がスカッた。今まで猛攻を見せていたパンチが初めて俺の体に当たらなかったのだ。
とは言えゴムの反動でもう片方のゴリラの方へ戻ってしまう俺の体。
だが、もう片方のゴリラの攻撃もまた俺を捕えることは出来なかった。
「ど、どうしたんだ?」
ようやく効果が出てきたか。
俺はよっこいしょと左右に揺さぶられなくなった体を一度落ち着ける。
俺の前後を挟んでいたゴリラたちは左右の腕を伸ばしたままの体勢で止まっている。
何が起こっているのかというとだなその答えはこれだ。
体がぴくぴくして怪しい動きをしているゴリラたちに、俺はぴゅっぴゅっと粘液を吹きかけた。
すると僅かに動いていた部分も彫像のように固まってしまった。
俺が体から出したのは滑りをよくするための粘液ではない。
徐々に固くなる液体だったのだ。
俺の体に連撃を繰り出していた拳に粘液が付着するのはもちろん、攻撃の激しい反動で粘液が水滴の様に飛び散ってゴリラたちの全身に付着し、気づかないうちに硬直化していくという訳だ。
もし真正面から粘液を吹きかけても拳法を使うゴリラならたやすく回避してしまった事だろう。
「ゲリ、ゲラ、どうした、動け!」
「無駄だよトルネちゃん。スーの粘液で固まっちゃったんだから」
「なんだと? そんな馬鹿な……。そんなもんでオレの、カラカール流双拳法が負けるわけが!」
確かにゴリラたちは強かった。だけど実戦経験を沢山積んで来た俺達の方が上だったと言う事だ。
俺は固まって動かなくなったゴリラ達に体当たりをし、場外へと押し出した。
「スマッシュゴリラ2体とも場外! カラカールさん、続けますか?」
「いや、俺の手持ちのグロリアはゲリとゲラの2体だけだ。この勝負オレの負けだ……」
ゆっくりと、自分を言い聞かせるように、トルネちゃんは静かにそう言った。
「勝者、ブライスさん!」
審判席からどよめきが上がった。「あのカラカール家の娘が破れるとはな」「ええ、あの少女なかなかやりますな」などと聞こえてくる。
「ブライス」
グロリアをクラテルに戻したトルネちゃんが俺達の元にやってくる。
「トルネちゃん」
「見事だった。まさかあんな手で負けるなんて思わなかったぜ。スライムってすごいんだな」
「うん。スーは強いの。トルネちゃんのゲリとゲラも強かったよ。凄い攻撃でもう駄目かと思ったもの」
「ははは、ありがとう。オレだって余裕は無かったんだぜ。殴っても殴っても全くもって倒れないんだからなスーは。どうやって倒せばいいのかって思ったよ」
ふふふ、とお互いが微笑み合う。
「まあこのオレに勝ったんだ。絶対優勝しろよな」
「うん。約束するよ」
見上げるレナと見下ろすトルネちゃん。二人がぐっと握手を交わす。
お互いを称え合う姿には、悔しさであるとか悲しさであるとかそう言ったものはまったく見えずに、ただただ充実して満足な、全力を出し切って、すべてをぶつけあった戦いであったことを示していた。
これが友情、これが青春。
おじさんには眩しすぎて目から粘液が漏れ出してしまうよ。
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