094 姉御はさらに上を見ている

 レナの騎士修行の日々は続いた。

 ビキニアーマーだった初心者用鎧は徐々に面積を増して上半身は胸全体を覆うブレストアーマーになり、下半身も太ももが覆い隠されるほどの面積となっていた。


 もちろん修行ばかりでは身も心ももたない。きちんとした休息と心の安らぎがバランスよく行われることもまた必要なのだ。


 その一つがバルツ家お食事会。

 レナが幼いころから毎年行われているミイちゃんの家の行事だ。

 今年はサイリちゃんもおよばれして、ミイちゃんナノちゃんサイリちゃんそしてレナの面々が参加することになったのだ。


 バルツ家は代々有名な騎士を輩出する武家であり、食事にはこだわりがある家だ。

 中でもミイちゃんのお父さんはそのこだわりが強く、若いころに遠い異国の地で精進料理に似た料理に出会い、以来バルツ家ではその国の料理人を雇っているんだって。


 毎年のお食事会で振舞われるのはそんな料理の一つ。

 平べったく焼かれたパンに色々な具を挟んで巻いて、その上からさらに海藻を巻いた食べ物だ。まあ米がパンに代わった手巻き寿司のようなものだ。


 レナもナノちゃんも初めてこれを食べた時に大層気に入ったようで、それから毎年およばれしている。

 いろんな具があって一つ一つ違った味が楽しめるのは元より、自分で好きな具を巻いて食べることもできるという点が気に入ってるらしい。


「はっはっは、沢山あるから存分に食べなさい」


 もみあげとあごひげが繋がったイカツイ武人顔のミイちゃんパパ。

 でもみんなパパが優しいってことを知っている。


 巻いては食べ巻いては食べして女の子達にしては良く食べて。もうお腹いっぱいというところで、ティータイム。

 庭に用意された白いテーブルとイスに4人は座って、別腹だといわんばかりに甘いケーキを食べている所だ。


「で、どうだったのよ」


「何が?」


「ジルミリアのヤツとお祭り行ったんでしょ?」


 フォークを口に運ぶレナとケーキよりも大事な話よと意気込むミイちゃん。


「うーん、楽しかったよ?」


「く、詳しく教えてくださいレナちゃん!」


 いつもは大人しめのナノちゃんが食いついてきた。


「うーん、サイリちゃんの名誉のために黙秘しようかなぁ」


「へっ! 私ですか? そ、その、一体何が……」


 急に名前を呼ばれたサイリちゃん。おどおどしながらも話の続きを待っている。


 いやぁ、サイリちゃんには水着巫女だったことを話さないほうがいいんじゃないかな。卒倒してしまうかもしれないぞ。


 なおも話をせがむミイちゃんとナノちゃんに、しかたなくレナはお祭りの出来事を話した。


「もうそれって付き合ってるじゃないのー!」


「はわわ、レナちゃんが大人に」


「水着巫女……あうっ……」


 お友達が三者三様の反応を返す中、ジミー君とはそんなことないよ、それよりもこのケーキおいしいね、と食べ続けるレナ。


 ちょっと食べすぎなんじゃないかレナ。太る体質じゃないとはいえ騎士になるならカロリー制限もだな……。


 なおも追及止まないジミー君とのラブラブ話に、レナが好きなのはスーだから。レナはスーと結婚するんだからね、といつものラブ論を展開する。


「はぁ、レナまたそんな事言って。まったく」


「ミイちゃんとナノちゃんもお互い好きだったじゃない。それと同じだよ」


「ちょ! それは小さいころの話でしょ! 今は男の子一筋よ」


「今も私は好きだけど、私も大人になりましたから」


 え゛っ! と一同の視線がナノちゃんに集中するが、本人は涼しい顔をしている。


 レナとミイちゃんナノちゃんは昔からの親友だ。

 今までいろんな事があったけど、それらすべては思い出として三人で共有されている。


 レナが言っているのはその一つだ。

 皆がまだ小さいころ。俺がスライムで、ミイちゃんのグロリアがもふもふのタイニーキャットで、ナノちゃんのグロリアがとりさんのリトルフェザーだったころの話だ。


 とある事から誰のグロリアが一番かわいいのかという話になった。もちろん皆自分のグロリアが一番かわいいと思っていて、それはそれは大げんかになったのだ。


 特にヒートアップしたのがミイちゃんとナノちゃん。二人のグロリアは周囲の評価も高かったので絶対に譲らないとばかりに頑なに言い争ったのだ。

 俺はスライムで周囲からは残念ながら今一つの評価だったのでその争いには加われなかったが、レナはそんな二人を見ながらスーが一番だよね、と自分の世界に入っていた。


 すぐにおさまるだろうと思ったその争いは学園から帰る時間になっても終わらず、1日たっても終わらず。周囲もどうしたものかと頭を悩ませていたのだが、意外な結末に落ち着いた。

 契約者がけんか状態であるのを見るに見かねたグロリア達がお互い相手の元を訪れたのだ。


 その日は雨の日で、ずぶぬれでお互いの家を訪れたグロリア達。二人はその姿にびっくりして、それぞれがお互いのグロリアをお風呂で綺麗にあらい乾かして、そうやって接することで相手のグロリアの事も良く分かって。

 そうしてミイちゃんとナノちゃんは仲直りしたのだ。


 それからだったかな。二人の仲が一層良くなったのは。

 四六時中二人して手を繋いで一緒にいたり、レナと俺がぎゅーっと抱き合ってる時には、自分のグロリアの代わりに二人してハグしてたり。


 おはようの挨拶のときにちゅっちゅしたりするようになって、結婚するのと言い出すころには周囲の大人の目に留まって、女の子同士では結婚できないことを伝えられて。


 そんな辛い事実に二人はなきじゃくっていたなぁ。まるで初めて会った時のレナのように大泣きだった。


 その時二人のグロリアは交換されたんだよな。お互いがずっと一緒にいるっていう想いからだったんだろうか。

 今ミイちゃんのグロリアであるデュークモアはそう言った経緯でミイちゃんと契約しているのだ。


 ちなみに普通はリトルフェザーから飛べない鳥のデュークモアに進化はしない。


 これもちょっとした事件があってな。

 二人がグロリアを交換してから少しばかりたった時だったかな。三人が外で遊んでいる時にナノちゃんが急に具合が悪くなって倒れてしまったのだ。


 オロオロするミイちゃんがグロリアの羽根は病気を治すって聞いたことがあるって言いだして、リトルフェザーもナノちゃんを助けたいからってそれに同意して、ぶっちぶっちと羽根を抜きだして。

 これはヤバイと俺とレナが大人を呼びに行っている間に、横たわったナノちゃんは羽根を山盛りかけられていて。横には丸裸になったリトルフェザーがいて。

 

 その後、運ばれたナノちゃんは薬を飲んで元気になって、そんな様子を見て安心したのはミイちゃんだけじゃなくリトルフェザーもだったようで、その場で光に包まれて同じFランクのリトルオストリッチに進化したのだ。後で【神カンペ】で調べたら、飛べなくなることが特殊進化の条件だったみたいだ。

 ダチョウを小さくしたような可愛い姿のリトルオストリッチ。飛べなくなったけど足は速かったんだよな。


 まあこんな感じで昔から三人は仲の良い友達で。そこにサイリちゃんも加わってこれからも楽しく過ごしていく事だろう。


 ◆◆◆


 レナが修行をしている間にもう一つ大きな出来事があった。


 学校で大臣の息子が絡んで来た事を覚えているだろうか。

 あの時助けた取り巻きだった二人。レナを姉御と呼ぶ二人が、あろうことかレナの新ファンクラブを設立したのだ。もちろんレナにはナイショでだ。

 つまり非公式のファンクラブだったのだが、会報として【騎士を目指す姉御集】を販売していて、その会報は男子では近づけない領域からのレナの姿が掲載されており、二人が公式であると吹聴していたこともあり、瞬く間にファンクラブの規模は大きくなったのだ。


 さすがにレナの耳にも入り、二人に断固解散するようにと伝えたのだが……。


「姉御はさらに上を見ている。会員数が少なすぎて認めてもらえなかったんだ」というふうに勘違いした二人は解散するどころかさらなる増員を行ったのだった。


 規模が大きくなれば当然問題も発生する。

 公式ファンクラブとして最大規模であった最後のアルダント美少女四天王のファンクラブと激突したのだ。


 アルダント美少女四天王。つまりはアルダント校で美人な4人の女の子なのだが、うちのレナ、そしてミイちゃんナノちゃん、そしてもう一人。


 その最後の一人が3年生のシラセー・レムレムさん。

 彼女のファンクラブは公式ファンクラブということもあり学校では最大勢力を誇るのだ。


 俺も一度だけ彼女を見たことがある。ファンクラブメンバーの担ぐ神輿みこしに乗った姿を。細長い切れ長の眉毛にキッと吊り上がった目をした見た目キツそうな美人さん。

 神輿を担ぐ4人は親衛隊と呼ばれていてファンクラブの中では最高の権力を持っているらしい。4人がそれぞれ下位メンバーを仕切っており、相互牽制による組織のバランスがとられているということだ。


 そんな統率の取れた組織とぶつかったレナの非公式ファンクラブ。新進気鋭の組織とはいえ、古参の大組織とぶつかってはひとたまりもない。舎弟子しゃていこちゃん達の奮闘虚しくレナの非公式ファンクラブは滅び去ってしまった。


 その後レナにこっぴどく怒られた舎弟子しゃていこちゃん達は反省し、以後は真面目にレナのサポートをするようになったのだ。


 実はこのお話には続きがある。


 滅んだレナの非公式ファンクラブやその他ファンクラブメンバーを取り込みながらさらに拡大を続けたシラセーさんのファンクラブ。

 全校生徒の半分がメンバーになるほどの圧倒的な組織へと成長した事で、事態を重く見た風紀委員会エクスキューショナーズはシラセーさんのファンクラブを崇拝教団と認定。

 時を置かず、風紀委員会エクスキューショナーズとシラセーさんのファンクラブは激突した。


 一人また一人と風紀委員が倒れ、敵対するファンクラブ側も同じようにシラセー親衛隊の数も減っていき……泥沼の様相を呈して来たとき転機が訪れる。


 ファンクラブ本拠地まで到達した風紀委員会エクスキューショナーズの委員長(なんとナノちゃんが好きだと言っていた文官科のカスケール先輩らしい)に対し、親衛隊の制止を振り切って飛び出したシラセーさんが抱き着いて保護を求めたのだ。


 つまりはシラセーさんの離反。


 どうやらシラセーさんは元々男の子に対して奥手で、ガタイのいい男たちに囲まれて怯えてしまい、そのままファンクラブが設立されてしまったという経緯のようだ。


 トップを失ったファンクラブ側は勢いを失っていき、大きな犠牲を払った風紀委員会エクスキューショナーズVSシラセーファンクラブの戦いは風紀委員会エクスキューショナーズ側の勝利で終わった。


 だけどそこに風紀委員長とシラセーさんの姿は無かったのだ。

 二人ともすでに婚約者がいるにも関わらず惹かれあってしまったようで、駆け落ちしてしまったのだ。

 ロマンスの神様はどこにでもいるものだな。


 この一件で学校側は学生自治の領分を超えたと判断。風紀委員会エクスキューショナーズ及び残る全てのファンクラブを解散させ、今後学校内で結社の自由は認められないこととなった。

 何事もやりすぎは良くないのだ。


 ある意味平和になった学校。勉学に打ち込むのに良い環境が整って、学生たちは勉学に励んだという。




 そんなこんなで、レナが騎士修行を初めてから1年が経っていた。

 そしてレナ13歳のとある日。第1王女守護騎士隊採用試験を迎える事となる。

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