093 第1回イヴァルナス祭り その3

「スーがおいしそうに食べてるのを見たらレナも甘い物食べたくなったなー」


 きょろきょろと辺りを見回し、甘いものを売っている露店を探すレナ。その中の一つがレナのお眼鏡にかなったようで――


「あ、あそこのお店。蜜団子!」


 あ、レナ一人で行っちゃだめだ。

 駆け出したレナを追いかける俺とジミー君。


 蜜団子とは昔から伝わる伝統のお菓子で子供たちはみんな大好き。小麦粉のような粉に砂糖を練りこんでおにぎり大に丸めてゆでたものをミストビーの甘い蜜に浸し、その蜜を内側に閉じ込めるように百合系グロリアの花粉をまぶすのだ。

 いくつかバリエーションはあるが最適解である百合系グロリアの花粉がもっともメジャーなのだ。


「俺が奢ってやろう。おやじ、1個頼む」


 あいよ、と店主が応対する。


「ねえスー、今日はジミー君優しいね」


 そうだな。男の子だからな。俺にはわかるよ。

 レナにいい所見せたいんだろう。


「ん? どうしたんだ、ほら」


 コロッケの様に食べ歩き用の紙に包まれた蜜団子をレナへと渡すジミー君。


「わーい、ありがとう。はむっ」


 お嬢様であることを忘れてはいけないぞレナ。特に今は男の子の前だからな。


「あまーい。ジミー君は食べないの?」


「俺はいいよ」


「遠慮しないで」


「こら、押し付けるな、いいって」


 ぐいぐいと蜜団子をジミー君の口元に持っていくレナと、それを頑なに回避するジミー君の図。


『ぼっちゃん、それは間接キッス、男の子が憧れるシチュエーションの一つ!』


 後方から何か声が聞こえてきた。

 確認しなくても分かるがジミー君ちのメイドアーリさんだ。


『ああーっ、意気地なし。そういう時はたとえ苦手なものだろうとも率先して狙いに行くべきなのに』


 ちょっと、アーリさん。もうちょっと音量落とさないと二人に聞こえちゃうよ。


「もう。おいしいのに。わがまま言う子にはあげませんー」


「だからいいって……」


 そんなメイドさんに気づかずに、必死の猛攻を繰り返した二人。

 レナもおすそ分けすることは諦めたようで、もきゅもきゅと続きを食べ始めた。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えたレナ。おっと口の周りに粉が付いているぞ。


「ほらレナ」


 ジミー君がハンカチを取り出した。

 何! 男前!


 レナもハンカチは持っているものの、ここは素直にジミー君のハンカチを借りて口元をぬぐう。


「騎士になるからって身だしなみをおろそかにするべきじゃないぞ」


「えへへ、ジミー君ってスーみたいな事言うのね」


「なんだよ、スライムと一緒にするなよな。それよりもレナ。騎士になるって聞いたけど、その、結婚はしないのか?」


「うーん、そう言うのは考えてなかったし」


「まあムキムキで野蛮になったら嫁の貰い手が無いかもな。でもそうなったら俺が貰ってやらんことも無いぞ」


「うーん。そうなったらそうでもいいかな。ジミー君なら怖くないし、守ってもくれそうだし。でも騎士になったらレナのほうが強くなっちゃうから関係ないかな」


 はにかむレナと、思いもよらぬ答えに変な体勢で動きを止めているジミー君。


『まもなく除幕式が始まります。ご観覧の皆様はメイン会場にお越しください』


 流れてきたアナウンスによってメイン会場に向かおうという人の波が出来る。


「うおぁ!」


「ジミーくーん!」


 そんな人の波にジミー君がさらわれてしまった。

 なんでまた、こんなに人が多いんだ!


 見えなくなってしまったジミー君と合流しようとする俺とレナ。

 数分後、もみくちゃにされたジミー君が戻ってきた。


「はあっ、はあっ。危なかった。親切なお姉さんに助けてもらえてよかったぜ」


 あー、なるほど。変装したアーリさんに助けてもらったのね。

 と言う事は財布を落としたりすられたりはしてなさそうだな。


「もう。迷子になったらだめだよ。はぐれてしまわないように手を繋ぎましょ」


 ジミー君は子供ね、と言わんばかりに手を引くレナと何か言いたそうにしているけど黙ったままのジミー君と。

 そうして俺達はうまく人の波に乗りながらメイン会場を目指すのだった。


 ◆◆◆


 いやぁ、凄い人と熱気だな。


 俺達はやっとこさメイン会場にたどり着いた。そこには一面の人、人、人。どこにこれだけの人がいたのかと思うくらいの人の数だった。


 レナとジミー君はまだ子供で視点が低く、大人が周りにいると何も見えない。もちろん俺はレナの胸のあたりで抱えられているためもっと低い。

 これじゃ何も見えないので、二人はよいしょよいしょと人の隙間をぬって見える場所へと移動する。


 はぐれないように手は繋いだまま、なんとか視界を確保できる場所にたどり着いた。


 子供の身長で隙間をぬって移動したため、大人のメイドさんたちが合流するには少しの時間が必要だろう。

 有事の際は俺が二人を守らなくてはならない。

 俺はいつ何時何が起こってもいいようにセンサーの感度を上げる。


 円形の屋外広場であるメイン会場。その背後には切り立った崖が高くそびえている。崖上からは大きな布が垂れ下がっていて、あの下にお披露目されるイヴァルナス像があることを物語っている。


『それでは皆様、本日のメインイベントを開始しまーす。我々の後ろにあるのはイヴァルナス祭り実行委員会が作成しましたイヴァルナス像になります』


 アナウンスのお姉ちゃんのテンションの高い声が聞こえてくる。


『それでは早速除幕を行いたいと思います。今からカウントを行いますので皆様3から一緒にカウントをお願いしまーす。いきますよー』


「「「「「3」」」」」

「「「「「2」」」」」

「「「「「1」」」」」

『おーぷん!』


 崖上から垂れ下がっていた布がばさりと舞い落ち、下に隠れていた像の姿が露わになる。


 おおっ、と観客たちからどよめきが起こる。


『この像はイヴァルナス様とその二人の巫女の姿をかたどったものです』


 真ん中に羽衣をまとったような女性の姿、その両脇には二人の少女の姿。

 全長およそ12m。四階建ての建物くらいの高さの巨大な像が崖の中間あたりに彫り込まれている。崖下から像まではゆうに10mの高さがあり、像を間近で見るためか巨大な梯子櫓が組まれている。


『イヴァルナス様のお姿は巫女からお聞きした詳細な情報を基に作られております。もちろん巫女の姿も忠実に再現しております』


「あれ、レナ……だよな?」


「…………」


 レナは無言でプルプルと震えている。


 そうだよジミー君。あの二人はレナとサイリちゃん。

 レナがプルプルと震えている理由はだな……。


 あの像のレナとサイリちゃんの姿はイヴァルナスと遭遇した時の姿、つまり学校指定水着の姿なのだ。


『祭のメインイベントとしまして、普段は近づく事の出来ないこの像に近づいて手を触れていただく事が可能です。これは巫女達が祠(ほこら)を触ってイヴァルナス様を目覚めさせたという逸話にあやかって像をおさわりいただくことで霊験あらたかな力をさずかろう、というものになりまーす』


「ヤダヤダヤダ、ヤダーッ!!!」


 レナが大声を上げた。

 作られた像とはいえ自分の、それも学校指定水着姿で生足を披露している像にペタペタスリスリ触られるのだ。当然の反応である。


「おお、巫女様だ」

「巫女様が嫌がっておられる」


 像の出来がいいために即、身バレしてしまった。


「ヤーダ、ヤダヤダヤーダぁぁぁぁ! どうしてレナとサイリちゃんが巫女なのよ! どうして水着姿なのよ!」


『お静まりください巫女様。実行委員長の趣味と聞いております』


「何が趣味よ! バカバカバカーっ!」


 騒然とする現場。

 ええい、これ以上レナが悲しむようなら俺が像を破壊してやる!

 そう心を決めた時。


 突如空が黒くなり、雲が立ち込めて。


 ――ドガァァァァァァァァァッ


 一瞬光ったかと思うと激しい破壊音が鳴り響き、木製の櫓が跡形もなく吹っ飛んでいた。


『なんという事でしょう。突如雷鳴が櫓を吹き飛ばしてしまいました。これはイヴァルナス様の怒りかもしれません』


 突然の事にポカンとしていた俺達だが――


「見てスー、あれイーバさんじゃない?」


 レナの言うとおり崖上には人影があった。

 遠くて判別は付きにくいが、黒いローブを着ていて以前図書館でお世話になったイーバ・イースお姉さんによく似ていた。


 事を見届けたと言わんばかりに、イーバさんらしき人物はすっと崖の上から消えた。


 俺の唱えるイーバさん=イヴァルナス説は信ぴょう性が高そうだな。


 そんなこんなでおさわりイベントは中止となり、代わりにイヴァルナスへ祈りを捧げてお怒りを鎮めてもらうというイベントになったのだった。


 なお後日ジミー君の実家ノイエンバッハ家の要請で巫女の造形が作り直されていた。


 ◆◆◆


 『ということがあったの。来年はエミルちゃんも来てね』


 という内容の手紙を文通相手のエミルちゃんに送ったレナ。

 その返事には、『それってもうラブラブデートじゃないですか!』と書かれていた。


 エミルちゃんがそう思うのもごもっとも。俺もそう思うよ。

 でも、祭りの後のレナの様子を見るに進展があったのかなかったのかの判断は難しいところだけど。


 そんな状況のため、さらなる進展を目指してノイエンバッハ家・ブライス家共同チームが秘密組織として立ち上がったらしいが、知らないふりをしておこうと思う。

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