091 第1回イヴァルナス祭り その1
「お嬢様。ジルミリア様がお見えです」
ブライス家のお屋敷のレナの私室。
ノックして部屋を訪れたメイドさんは俺達にそう伝えた。
◆◆◆
時は数日前に遡る。
「レナさん。ご実家のあるエルゼーではもうすぐイヴァルナス祭りなるものがあるそうですね。学校もお休みですし、たまにはご両親に顔を見せてあげると良いでしょう」
夜ご飯の並べられた食卓。ビッグキューカンバーの実の漬物をつまみながらシュルクコーチはそう言った。
皆様覚えているだろうか。学校の宿題で5つの
昔エルゼリアと呼ばれたエルゼーの地にはこの地を守護する
その顛末としてイヴァルナスへの信仰を目的としたイヴァルナス祭りが行われることになっている。
「私もカークが帰ってきますので、その日はマーカスさんに休暇の許可を得ています。マーカスさんもレナさんに会えると喜んで休暇を許可してくれましたよ」
なるほど
そうね、ナノちゃんやミイちゃん、サイリちゃんも誘って一緒にお祭りに行きましょ! とレナは意気込んでいたものの……。
「私は文官科の宿題でちょっと大変なのが出ちゃって、それでいけそうにないんです。レナちゃんすみません」
と、ナノちゃん。
「ああー、その日はお父様と一緒に出かけないといけないのよ。ごめんねレナ」
と、ミイちゃん。
サイリちゃんは……。
「お祭り行きたかったんですけど、その日はギラルドン達の健康診断があって……。誘っていただいたのにすみません。すみません。すみません」
頭を振り子のようにぶんぶんと上下させて謝ってきた。
そういうわけでお友達は全滅で。それでも、「スーと一緒だから問題ないわ」とレナが言うので二人でお祭りに行くことにした。
お祭り前日にブライス家のメイドのバーナちゃんが迎えに来て、
久しぶりにマーカスパパとライザママと会ったレナは嬉しそうで、豪勢な食事と近況報告に花を咲かせていた。俺にも高級なイラミーナ草が振舞われてホクホクだった。
そしてお祭りの当日、そろそろ出発するか、というところで冒頭に戻るのだ。
メイドさんが言うには、レナの幼馴染の
ジミー君が何の用だろうね、とレナが応対に向かう。
トントンと階段を下りて、ガチャリとお屋敷入口の扉を開いて。
するとそこには王子様が使うような立派な屋根付きの馬車が停まっていて、その馬車の前には王立学校の制服を着たジミー君が立っていた。
「よ、よう。久しぶりだなレナ」
「どうしたのジミー君。レナに何かご用?」
「あ、ああ。そのあれだ。イヴァルナス祭り。聞くところによるとミーリスやクラナノは用事があって行けないらしいじゃないか。あー、その、あいつらが言ってたんだけどな、レナと一緒に祭りに行けって。だから仕方なしにだな、俺がこうやって、ごにょごにょ」
なるほど、祭りのお誘いね。
確かに俺と二人だけというよりも誰か他の人とも一緒に行く方が楽しいと思うけど、どうするレナ。
「うーん、いいよ。ジミー君も一緒に行きましょ」
「お、おお……」
「ん? どうかしたの?」
「べ、別に何でもないぜ。よし行こう。さあ出発だ!」
喜びが顔ににじみ出てるよジミー君。その気持ちは男としてよーく分かる。
ジミー君のお誘いはつまりはデートのお誘いで、レナの好感度によってはお断りされる可能性も高かった。
幼馴染とは言っても二人きりで出かけたことは今までなかったからなぁ。
そもそもレナからすると腐れ縁で昔からそんなに仲が良くもなかったので……あっさりと了承したのは俺もちょっと驚いている。
ジミー君にも、分の悪い戦いにまさか勝利するとは、という驚きもあったのだろう。
OKをもらってモリモリ力とが湧いてくるジミー君に対して――
「坊ちゃま、お待ちください。女性はおめかしが必要なのです。事前連絡なくいきなり訪れてさあ出発だとはなりません。それと……」
ジミー君の後ろに控えていた長身のメイドさんが釘をさし、手紙らしきものをうちのメイドさんに手渡した。
坊ちゃまは止めろとプリプリしているジミー君。
この前ファンクラブ事件で久しぶりに会ったときは凄い大人びたなって思ったけど、まだまだ年相応のようだな。
メイドさんが手紙を持って屋敷の中に入った所で、「準備してくるね」とレナは自分の部屋に駆けて行く。
ちょっとレナ、おしとやかに。実家だからってお嬢様の作法を忘れてはいけない。
ぽよぽよと俺はレナを追っていく。その途中、マーカスパパが先ほどの手紙を読んでいるのが見えた。何が書かれているんだろうか。
俺が部屋に到着すると、レナのお着替えはすでに始まっていた。
お気に入りのピンク色のドレスは先日のルクセ国家転覆未遂事件の時に破れてしまっていて、あーでもないこうでもないと脱いでは着て着ては脱いでを繰り返していて……レナは着ていく服を決めあぐねているようだ。
そうだなぁ。ジミー君は貴族貴族した服じゃなくて学校の制服だったぞ。合わせるためにレナも学校の制服でもいいかもな。なぜか学校が休みの日でも制服を着ている女子学生も結構見かけるし。
それからしばらくあーだこーだ言いながら結局は制服にすることになった。
最近は騎士修行でジャージとビキニアーマーばかりを身に着けていたレナ。私服を着る機会がなかったので気づかなかったけど、お気に入りの服が無いのは寂しいので、今度マーカスパパにかわいい服をおねだりしようと心に決めたようだった。
支度が出来て一階に下りたところ、マーカスパパに「ジミー君は応接室にいるから行ってきなさい」と言われたレナ。
俺はというとパパに呼び止められて――。
「いいかいスー。これからレナとジルミリア君はお祭りに行くが、なるべく二人きりの演出をするため、護衛のメイド達は二人の見えない所から見守っている。もし何かがあった場合護衛のメイドがたどり着くまで二人を頼んだぞ。これはあちらも了承済みだ」
と小さく耳打ちされた。
なるほどー? 手紙にはそのことが書かれてあったのかな。
事情は了解した。
護衛は俺だけで十分だ、と言いたいところだが一度失敗しているので後方で両家のメイドさんが護衛についてくれるのはありがたい。
俺はお任せあれと言わんばかりにスライムボディをプルプルと振るわせておいた。
◆◆◆
「さあ出発するぞレナ。俺の馬車に乗せてやろう」
どうだと言わんばかり豪華な馬車を見せびらかすジミー君。
確かに貴族感満載のきんきらきんの馬車だ。下々としては目がくらみそうだ。
「かーっ、坊ちゃん、祭りと言えば行き帰りも醍醐味ですぜ。それを馬車でなんてとんでもない。そんな醍醐味を私の手で潰すのは忍びないってものでさあ。というわけで歩いてどうぞ」
薄くなった頭頂部にぽふっと帽子を乗せた男の御者さん。
馬車に乗り込もうとしていたジミー君を制止した。
あ、こら、なんだよ。と計画が狂ったジミー君。
「レナはいいよ。いつも歩いてるし。もしかしてジミー君よりも体力あるかもね」
とにこやかにほほ笑むうちの天使。
「なっ、俺だって問題ない! ああいいさ歩いて行ってやろうじゃないか」
こうして、御者さん、両家メイドさんがいってらっしゃいませと見送る中、お祭りデートが始まったのだ。
もちろん俺はレナに抱えられている。
残念ながら二人きりじゃないけど、俺はグロリアだから気にしないでくれ。置物とかレナのアクセサリーだと思ってくれたらいいからね。
一直線に伸びた道を歩く二人。
左右両側にのどかな田園風景が広がるこの道は街の大通りにつながっている。
お祭りのメイン会場は大通りをさらに進んだ場所になるが、そこにたどり着くまでに沢山の屋台や露店が出ているだろう。
「一緒に行こうって思ってたお友達がみんな行けなくなっちゃってね、どうしようかなって思ってたところだったの」
「俺は祭なんか興味は無かったけど、あいつらがどうしても、って言うからだな」
「ふぅん。そうなんだ。でも一緒に行ってくれて嬉しいよ」
「あ、ああ。……そうか、嬉しいのか。良かった」
最後の方は小声で聞き取りにくかった。
でも青春って良いね。
こういうやり取りを守るために護衛のメイドさん達は二人に気づかれない位置にいる。俺の感知範囲のギリギリくらいかな。二人からも見えるか見えないかの範囲だけど、あれだけ離れていたら視認することは難しいだろう。
そのメイドさん達は何かを話して二人して盛り上がっているようだ、いや、ジミー君ちのメイドさん(アーリさんって言う名前だったか)が一方的にうちのクラザさんに話かけているようにも感じるけど、遠くて良く分からないな。
そんな青春タイムがいくつか挟まれながら道を歩いて。
しばらく進むと次第に人通りが多くなってきて、いつもは屋内店舗で商売をしている店も祭り客目当てに屋外販売を始めたりなんかしていたりして。これから祭りに突入しますという気勢を高めてくれる。
さらに進むといつもの大通りは隙間のないほどの屋台や露店が立ち並んでいた。
ここからメイン会場である再建された5つ目の
そのメイン会場にはイヴァルナスを
そんな中レナがとある屋台の前で足を止めた。
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