090 ママと赤子と全身鎧3
シュルクコーチの元で修行を初めて幾日か過ぎたある日。
「シュルクコーチはどうしてフルプレートアーマーを身に着けてるんですか? しかもメレー君まで」
今まで凄く気になってたことをレナがとうとう聞いてしまった。
普段はもとより寝るときまで装備しているという力の入れようなのだ。
「もちろん好きだからですよ。この金属の質感、光沢、重量、どれをとっても素晴らしい。特に全身を包まれているという安心感と、圧迫感というか拘束感というか、これは何にも代えられない良さがあります。鎧愛好会で出会ったレナさんのお父様のマーカスさんとも気が合いましてね、月一回の愛好会の集まりではとても話が弾むんですよ」
もはやフルプレートアーマーを手放せないと言わんばかりの熱量。
なんとなくイメージはしていたけど、縛られるのが好きな側の方ですね。やはり真面目な性格から来るストレスからそっち側に走ったのだろうか。
「そうですね、せっかくですので私が鎧を好きになった理由を修行の実演を交えてお話しましょうか」
失礼なことを考えていた俺の考えが読まれたのかと思ってびくっとしたが、どうやらそうではないようだ。セーフ。
そして屋外。
ご自慢のフルプレートアーマーの腰辺りに手を伸ばし、チャラリと音を立てるシュルクコーチ。
腰辺りにちょうどクラテルが装着できるようになっている鎧。
この鎧、特注品でしょ。
「出て来なさいクアン」
装着されたままのクラテルからグロリアが呼び出される。
これはDランクだけど初めて見るグロリアだな。
名前はバルーンクルーガー。金属質の丸い風船のような形状の体が特徴で、浮遊・飛行することが出来る。大きさは洗濯機くらい。洗濯機も大小あるけどバルーンクルーガーにも個体差があるからまあそれくらいだ。
「この子はバルーンクルーガーのクアン。私のパートナーです。見ての通り飛行することが出来ます」
バルーンクルーガーの内部は亜空間につながっていて大量の浮遊するガスを内包している。そのガスを金属質の体の一部から噴き出すことで前進、後退、上昇、下降するのだ。
そういう移動方法なので動きは鈍い。
「騎士はグロリアと一体となって強さを発揮するものです。グロリアの強みを理解し、騎士としての力に変えることが大切です」
きゃっきゃっと自らの横の辺りをふよふよと浮遊している
「ほーらメレー。危なくないように兜もしましょうね」
メレー君にフルフェイスの兜を装着し、これでメレー君は完全装備だ。言ってみれば核シェルターに入っているのと変わらないだろう。
メレー君を核シェルター装備にして一体何が始まるのか、と様子を見守っている俺とレナ。
「おほん。騎士としての力。私の場合は偵察ですね。このような感じです」
そう言うとシュルクコーチはクアンの体から伸びてきたロープの様なものに掴まると、そのままふわふわと空へ舞い上がって行った。
「わぁぁ、シュルクコーチ凄い。空中浮遊だよスー」
うん。あの垂れ下がったロープはバルーンクルーガーの一部じゃない。ロープをわざわざ
米粒のようになっていたシュルクコーチだったが、その姿がだんだんと大きくなってきて、ガシャリと地面に降り立った。
「このように上空に昇れるのは偵察として有効です。ただしこの方法だと下からも見えるため、狙い撃ちされてしまいます。騎士校生時代、訓練中にやたらと下から狙われました。訓練用とは言え、矢を撃ち込まれるのです。それはそれは恐ろしかったですね。そこで私が考えたのが鎧です。私の考えは正解でした。もはや矢は脅威では無くなったのです。以後その安心感から鎧は手放せなくなりましたけどね」
「シュルクコーチが鎧が好きになった理由が分かりました」
「はい。今の話は騎士の修行とも関係があります。騎士校を卒業し、晴れて騎士となった私はさらにクアンとの連携を強化していきました。一つは移動方法です。フルプレートアーマーは非常に良い物ですが重いのが欠点です。平時の場合は私はこの重さが好きなのでゆっくり歩くのも問題無いのですが非常時はそう言ってもいられません。そこでこのようにクアンにぶら下がりながら地面を蹴り、素早く移動する方法を編み出しました」
そう言うと、鎧の背中パーツがガションガションと変形していき肩甲骨の辺りから二つの突起物のようなものが伸びて
宙に浮くクアンに鎧でぶら下がっている感じだ。
クアンも慣れたもので、シュルクコーチの足が地面すれすれになるように高度を保っており、そして、シュルクコーチが地面を蹴ると、バルーンクルーガーとフルプレートアーマーのどう見ても鈍重な組み合わせとは思えないほどスピーディーに前へと移動していった。
「この方法は高速移動を可能にするだけではなく、空中での偵察時に両手を自由にするという観点からも生まれたものです」
俺達の前に戻ってきたシュルクコーチ。
「このように自身のグロリアの能力を生かした自分自身の騎士としての力を見出さなくてはなりません。この事は学校の1年目に教わる事ですが、レナさんはすでに1年以上遅れていますので、しっかりとスーとの連携を模索する必要があります」
そうなんだよね。もう2年の半ば。ここから騎士科に移ったのでカリキュラムは凄く遅れている。1年生に編入されてもおかしくなかったくらいだ。
「簡単なアドバイスをしておきますと、スライムなら傷口にその体を塗りつけた血止めや化膿止めですね。もちろん塗っても良い種族に限りますが。レッドスライムなら赤い体液での騎士たちの新陳代謝アップでしょうか」
「むむむむー」
レナが唸っている。俺とどういった事ができるのかと頭の中で練っているに違いない。
「遅れを取り戻すことは必要ですが、グロリアとの連携は絆を育みながら見つけるしかありません。ゆっくりと、ただし緊張感をもって見つけ出してください」
◆◆◆
ある日の授乳中。俺はいつも通り部屋の外で授乳が終わるのを待っていると、部屋の中でレナはメレー君について質問をしていた。
「メレー君にフルプレートアーマーを着せていると言う事は、メレー君も騎士に?」
「そうですね。メレーには強い騎士になってもらいたいですね。親としてはこの子が親衛隊に入ってくれる事を望んでいます。そのためには、初回のグロリア召喚でアーリィアーマーを召喚して欲しいのですが……こればっかりは適正というか運というか、仕方がありません。
最新の研究では契約者にフィットして成長した鎧系グロリアでも他の契約者に適合させることが出来ると言われていますので、召喚出来なかった場合はだれかから譲ってもらうことも考えています。とは言え、どんな鎧グロリアであっても着こなせるように、今からフルプレートアーマーを着せているというわけですね」
へー、英才教育ですね。というレナの声が聞こえてきた。
「スー、授乳は終わりましたよ。お待たせして申し訳ありませんでした」
OKが出たので俺は部屋の中に戻る。
そこには何事も無かったかのようにフルプレートアーマーを着ているシュルクコーチと、ガチャンガチャンと金属音を鳴らしながらハイハイしているメレー君の姿があった。
どわぁっ!
メレー君は俺を見つけるとハイハイのスピードを上げて俺に向かって突進してきた。
どうやら俺の体がぷにぷになのを気に入ったようで、体当たりをしてその反動を受けてころんと転ぶのが好きなようなのだ。
あとはボディプレスが好き。俺の上に乗りたがるのだが、さすがに鎧を入れると大人並みの重さがあるので、それはシュルクコーチが止めてくれる。
かなりの重さがある金属の塊を身に着けたままの高速ハイハイを行うとか、シュルクコーチの英才教育は着実に効果を上げているってことだ。
こんな風に日常を過ごしながら、基礎の体力作り、逮捕技術や救護技術などの実技訓練を繰り返しながら修行の日々は過ぎていったのだった。
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