089 ママと赤子と全身鎧2

 そんなこんなで、なんとか鎧を身に着けたレナ。

 服の上から着るとはいえ、いつものドレスの上に着ているわけじゃない。ジャージのような長袖長ズボンの訓練服の上からだ。


「はい。様になっていますね。これが鎧というものです。装着感をしっかり覚えておくように。それでは外に出ましょう。基礎訓練を開始します」


 ガチャリガチャリ。外に出る際に、金属が上下運動する際にこすれあい音が発生する。だがこれは全部シュルクコーチの鎧の音で、レナが立てている音ではない。

 レナの初心者用ビキニアーマーはこすれあうパーツが無いからな。


「まずは基礎訓練の一つ、ランニングです。いいですか、基礎訓練をおろそかにしてはいけません。しっかりとした土台が無ければ立派な建物が建たないように、騎士にも基礎が必要です。基礎が無い所に無理に建物を建てたりしても崩れ落ちてしまうでしょう」


 その通りだな。がんばって走ろうレナ。


 ガッチャンガッチャンと背後から聞こえてくる鎧の音と共に市中を走るレナ。その横をぽよんぽよんと跳ね進む俺。


「レナさんはすでに1年半遅れています。気合を入れていきなさい」


 走るスピードが落ちてきたレナを叱咤激励するシュルクコーチ。

 面積が狭いとはいえ金属の板を身に着けて走っているのだ。重いに違いない。それなりに運動神経のいいレナでも息が上がってしまうのはしかたがない。


 きゃっきゃっとメレー君の喜ぶ声が後ろから聞こえる。

 シュルクコーチが走るたびに揺れる振動が気に入っているのだろう。

 そんなほほえましい姿を想像しながら、レナと俺は走るのだった。


「初日はこんなものですね。次は座学に移ります。騎士とは何か。それをおろそかにしては立派な騎士にはなれません」


 上がった息を整えて再びシュルク邸内のリビングに戻る。

 初心者用ビキニアーマーを身に着けたまま座学へと移るのだ。


 シュルクコーチによる騎士説明。内容をかいつまんで言うと次のとおりだ。


 この国には騎士と兵士が存在する。どちらも国を守るための職で、すごくおおざっぱに言うと、王都を守るのが騎士で街や村を守るのが兵士だ。


 騎士は免許制で、資格試験で騎士免許(称号)を取得した上で採用される。

 兵士は国民に兵役を義務付ける徴兵制ではなく希望者を募る志願制。騎士の様に資格は必要ないが兵士にも採用試験があるのだ。


 騎士はその役割によって所属(騎士団)が異なっている。王都を守護する王都守護騎士団、王宮を守護する王宮守護騎士団、王族を警護する親衛隊。そして――


「自由騎士です。本来は自由騎士なるものは無いのですが、特別に自由騎士ウルガーだけに認められています。各騎士団の長達を束ねる騎士のトップ、騎士長ナイトマスターと同等以上の権限を自由騎士は持っています。自由騎士は騎士団ではないのでここに所属することはないでしょう」


 自由騎士ウルガー。相棒ケロラインと共に戦う彼は名実ともに最強の騎士。レナも憧れる男だ。念を押すけど憧れと恋愛は違うからな。


「ちょうど来年、第1王女殿下を守護する騎士隊が新設され、その募集が行われます。第1王女殿下は今7歳。3年後、レナさんが15歳の時に10歳となられ、それに合わせて大々的にお披露目されるでしょう」


 そうなのだ。来年の試験でレナが狙うのは第1王女守護騎士隊への選抜だ。全国の騎士養成学校の各校選抜成績トップ、合計5名が選抜されることになっている。アルダント校からも1名。女子という条件付きなので、つまり騎士科の女子学生の中で一番にならなくてはいけない。


 だけど目立つ、という意味では願ってもないチャンスだ。

 レナの目的の一つはスライム可愛い布教だからな。

 新米騎士が騎士団に入って実力を上げてそれをやろうとすると相当な年月がかかるに違いない。

 けれども王女様の親衛隊となれば露出も増えてその機会は多くやってくるはずだ。


「ほぎゃあ、ほぎゃあ!」

「あらあらメレー、おなががへりましたか?」


 シュルクコーチの背中でフルアーマーにくるまれているメレー君が突然泣き出したのだ。


「とりあえずはその騎士募集パンフレットを見ておいてください」


 そういうとシュルクコーチは自身の身に着けている鎧の胸部分を器用に外して授乳を始めたのだ。


 ぶぶーっ! ちょっといきなり出さないでください!

 成人男性(現在はオス)がいるんですよ!

 ていうか、鎧の胸部分ってカパッと取り外せるんだ。


「メレー君、幸せそうに飲んでますね。可愛い」

「そうでしょうそうでしょう、可愛いでしょう。もっと見てもいいんですよ」


 部屋の中には男子がいないため、はばかることなく胸を露出している。


 俺は部屋の隅っこで壁の方を向いて授乳シーンを見ないようにしている。

 俺はグロリア。男カウントされていないとはいえジロジロと見ていいものでもない。


「あら、スーはどうしたのでしょうか?」


「スーは紳士なの」


「そうでしたか。それはすみません。次から気を付けるようにしますね」


 そうしてくれるとありがたい。

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