088 ママと赤子と全身鎧1

「それでは特訓を開始します。私の事はコーチと呼ぶように」


「はい、シュルクコーチ!」


 目の前には全身鎧フルプレートアーマーに身を固めた女性がいる。

 細かい装飾の入った鎧でおとぎ話で勇者が来ているような、そんな鎧。今は兜は身に着けていない。

 切りそろえられた茶色の前髪はこの女性がきっちりとした性格だという事を暗示しているかのようだ。


 きゃっきゃっ、と彼女の背中から赤子の声が聞こえる。

 おーよしよし、と鎧をガチャガチャしながら体をゆする女性。

 なぜか背中の赤子もあつらえたように似合っている全身鎧を身に着けている。


 この小柄な女性はシュルク・ビレニー、22歳。背中の赤子はメレー君8ヶ月。


 今の俺とレナの同居人だ。

 どうしてこうなったかと言うとだな……。


 ◆◆◆


 レナが騎士になりたいと俺に相談した翌日。

 ブライス家のリビングに俺とレナ、そして相対する席にはマーカスパパとライザママが座っていた。

 レナから大事な話があると言って家族会議が行われたのだ。


 そこでレナは騎士になりたいことを二人に伝えた。

 自分の一大決心を伝えることに緊張しているのか、俺の体に触れた手にきゅっと力が入るレナだったが、どうして騎士になりたいのかを自分の言葉でしっかりと語った。


「レナの気持ちは分かった。私はいつもレナの味方だ。とはいえ騎士になりたいというのは……。レナに危ない事があった後だからね。騎士という危険が付きまとう職業に就くのは心配だよ」


 珍しくマーカスパパがレナの考えに非を打った。


「私もレナが危険な目に遭うのは反対よ。大事な娘ですもの。でもあなた、今の時代、王都はこの国は平和そのものよ。戦争もない、犯罪もほとんどない、平和な時代。騎士になったからといって常に危険であるとは言えないわ。それに騎士になるという事は強くなるということだから、逆に令嬢として嫁ぐよりも危険は減るんじゃないかしら」


 そうなんだよ。ライザママの言う通りこの国は平和そのもの。

 すごく聞こえが悪く言うと平和ボケしている。まあ日本人だった俺が言うのもなんだけどね。

 なので学校で学生に絡まれたり(2件)、ごろつきにさらわれたりなどが立て続けに降りかかって来たのは統計で言うと天文学的な数字の起こりえない確率なのだ。もしかして俺が異世界転生したことによる因果(主人公補正)に引っ張られて起こっているのかもしれないが、そこは主人公補正による俺の強さで乗り切っているのでトントンだろう。


「そうは言うがなぁライザ。私は心配なんだよ」


「レナ、お父様にもお母様にもスーにも、みんなに守ってもらうだけなのは嫌なの。レナが強くなってお父様もお母様もスーも、みんなも守るの。そうなりたいし、そうなってみせます!」


「あなた。娘を信じなくてどうするのです。あなたの娘はそんなに弱い子なのですか?」


「うぐぐ……。分かった! 分かりました! 騎士科への転科手続きはやっておく」


「ありがとうございますお父様!」


 よかったなレナ。


「だが、一つ条件がある」


 ◆◆◆


 というのが経緯だ。


 パパの言った条件というのが、目の前のシュルクさんだ。

 パパが連れてきた現役の騎士でレナのボディーガード兼騎士修行コーチとなる。

 現役なのだが現在育児休業中で、本来なら育児に全力を注ぐ時期だ。そんな所をなんとかパパが頼み込んで雇ったというのだ。


 現在俺達はアルダントにあるシュルクさんの家に居候いそうろうしている。

 お屋敷から出るのなら不便だろうとパパがメイドさんを付けようとしたら、こっぴどくシュルクさんに怒られた。

 騎士はなんでも一人で出来なくてはならない。そもそも聞くところによると寮の学生は自分たちでやってるそうじゃないか。という具合に。


 ちなみに学生寮は相変わらず満室中。

 5つのほこら探索でお友達になったサイリちゃんもまだ実家からの通学だ。


 というわけで居候いそうろうは俺とレナの二人。正しく数えるとレナ一人と俺一体だ。旦那さんのカークさんは現在他国赴任中。あまり帰ってこれないそうだ。

 大丈夫なんだろうか。メレー君が顔を忘れてしまわないか心配だ。


 さてさて、メイドさんがいないということは、着替えはもちろんのこと、炊事、洗濯、入浴……今まで全部メイドさんがやってくれていたことをレナは自分でしなくてはならない。それもシュルクさんとメレー君の分も含めてだ。もともとシュルクさんは育児休業中。育児で忙しい中レナを受け入れるのだから家事手伝いをするのは当然のことだ。


 残念ながらご飯を作るのはレナには無理だった。頑張ればなんとかなるレベルだったが、料理修行をする時間があれば騎士修行に回したほうがよいというシュルクさんの判断だった。


 芋は煮れたんだけどな……。

 皮をむいた時に可食部分がかなり減った芋だったけど。


 そのためご飯はシュルクさんが作ることになった。

 もちろんそれをしながら学校にも行く。

 令嬢科でお別れの挨拶を行った時、みんなが惜しんでくれた。

 ただ一人何も言わずに固まったままだったクリングリンさんを除いて。


 お別れの挨拶の次の日は初めての騎士科の授業だった。

 騎士科にはミイちゃんが在籍している。


「まさかレナが騎士になりたいなんてね。分からないことがあったら騎士修行の先輩の私になんでも聞きなさいね」と得意げに話していた。頼りがいがある親友がいてよかったなレナ。


 そんな風に談笑していると教室にクリングリンさんが入ってきて、「わたくしも騎士科に入ることにしましたの」などと言ったため、教室内が驚きに包まれた。


「ブライスさん、勝ち逃げなんてゆるしませんよ。王宮主催お披露目会イグニカコルコントも欠席するだなんて」などと面と向かって言ってきて。どうやらレナと張り合うためだけに騎士科に移ったようだ。


 レナとしては張り合うなんていうそんなつもりはないので、素直に友達が増えて喜んでいるようで。そんな様子に、クリングリンさんは照れながらまんざらでもない様子だった。


 そんなこんなで新しい生活が始まって数日。

 冒頭に戻るというわけだ。


「はい。いい返事ですねレナさん。まずはこれを身に着けてもらいます」


 シュルク邸のリビング。いったいどんな修行が始まるのだろうとドキドキして座っている俺達の前に、シュルクコーチは大きな箱を取り出した。

 慣れた手つきで封を解き箱を開くと、そこには人間の胴体を模した人形が入っていて、その人形には鎧が装備されていた。

 人形の胸部二か所と股間部分だけを守るように作られたそれはまるでビキニ水着。


 ご、ごくり。これがうわさに聞くビキニアーマーってやつか。

 なぜかファンタジー世界の戦士や騎士が良く使う(生前の健太郎記憶による)、どういう原理で身を守ってるのか不思議なくらいデザインを色気に振った伝説の鎧!


 これをレナが!

 いや、こんなハレンチなものを着て外に出てはいけない!

 でもまてよ、水着と大して変わらないから、セーフと言えばセーフなのか?

 いやダメだ。水着は泳ぐときに着るから水着であって、水着を着て街中を歩いている人はいないじゃないか!


「どうしましたスー? もしかして興奮しているのですか?」


「それは食べ物じゃないよスー」


 え゛っ!?

 しまった、いつの間にか箱の前で食い入るように鎧を見てしまっていたようだ。ファンタジー世界の代表のようなアーティファクトを前にして高ぶってしまったようだな。いかんいかん。


 それでもシュルクコーチ、さすがに面積が少なくて、これをレナが着るのはちょっと問題がですね……。


「レナさん。もしかして裸でこの鎧を身に着けると勘違いしていたりしませんよね。もちろん服の上からですよ。素肌に鎧を着たら痛くて冷たくて耐えれませんからね」


 そ、そうなの?

 やっぱり伝説は伝説なの?

 でも鎧ってことはこれを着て戦うんだよね?


「この鎧は初心者用です。まずは面積が狭く軽いものから慣れていき、だんだんと面積を広くしていきます。そしてゆくゆくは私のようにフル装備をしてもらうことになります」


 ああなるほど。手足に重りをつけて修行するときに段々と重いものに変えていくような感じか。だから初心者用のこれは軽くするためにやたら守る面積が少ないんだな。


 ビキニアーマーはこの世界でも幻想だった。

 いや、ビキニアーマー自体は存在しているんだ。グロリアの何かの力で特殊能力を付与して防御力を上げたり治癒効果を付与したりしてだな――


「ねえスー、届かないよ。ちょっと見て欲しいの」


 おおっと、トリップしていたようだ。すまないレナ。

 思った以上に興味を惹かれてしまった。反省します。


 いつの間にか人形から鎧は取り外され、レナはうんしょうんしょとそれを身に着けようとしている。

 どうやら胸部パーツの背中部分の接続箇所がどの辺にあるのかわからないようで、必死に手を伸ばして探っている。


「レナさん。スーに手伝ってもらってはいけませんよ。一人で脱着できるようにならなくてはいけません」


「は、はいコーチ!」


 そうだな。レナ、一人で出来るようにならないとな。

 ちなみに、接続部分はここだぞ。


 初回だからこっそり教えてあげた。俺はレナに甘々だな。

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