086 子供たちの救世主
すぐさま視覚を元に戻すと、レナを捕まえているはずだった手は直前で停止していて、その手の下には……。
カエル???
赤子くらいの大きさで体表が深緑色のカエル。
アトミックヒーターの手首をがっしりと2つの前足で押さえているカエルの姿が俺の視覚に飛び込んできた。
「自分の身を挺して人を守る。分かっていてもなかなかできることじゃない」
カエルがしゃべった……んじゃない。
逃げ惑う人ごみの中から影が飛び出し、レナの元に降り立ったのだ。
「もう大丈夫だ。俺が来たからな」
先端と後方に向かってツバが細くなっていくように伸びている赤色のハットをかぶって、これまた真っ赤なマントを身に着けた男。白い軍服のような服を着たその男は、おじさんと呼ばれることにショックを受ける20代後半のように見える。
その男は無精ひげのその顔でニヤリと不敵に笑った。
だ、……誰だ……?
「あそこにいるのはウルガーじゃないか?」
「間違いない、自由騎士ウルガーよ!」
男の登場に住民達が沸き立つ。
「う、ううっ……、うるがー、さん……」
爆発のダメージで意識がもうろうとしているリリアンがうわごとのようにつぶやいた。
「よっと」
「きゃっ!」
住民からウルガーと呼ばれたその男は、レナの体を持ち上げると自分の肩に担ぎ、「大丈夫かいじいさん」と言いながら老人もレナと同じように逆側の肩に担ぐとそのまま器用に杖を拾って、広場の端まで一蹴りで跳んで、そこに二人を下ろした。
そこでじっとしてな、と言い残して背を向けて、アトミックヒーターの元へと歩み寄る。
「待たせたなケロライン」
アトミックヒーターの腕をつかんだままじっとその場に押さえ込んでいるカエルグロリアは、男の声を聞いてケロケロと鳴き返した。
いったいなんなんだ?
あの男は、あのカエルはなんなんだ?
どうしてあのカエルは実体を持たないアトミックヒーターの腕を掴むことが出来ているんだ?
問題はそれだけじゃない。あのカエルグロリアはFランクのグリーンフロッグだ、間違いない。
Fランクなんて一番下のランクで5歳児が初めて召喚するようなランクだぞ。Aランクのアトミックヒーターとは戦車とアリほどの力の差があるはずなのに。
「さて、お前に恨みは無いが人様に危害を加えるというのなら退治させてもらう」
バンッと、急にアトミックヒーターの腕が上に浮きあがった。あのカエルグロリアが手を離したのだ。
退治? 退治って言ったのか?
Fランクグロリアで戦うっていうのか?
どうやって戦う気なんだ。グリーンフロッグには毒液とか超音波とか特殊な力はないんだぞ。ただ体当たりしたりキックしたりの物理攻撃だけだ。そんな攻撃はアトミックヒーターには通じない。
へっ!?
次の瞬間俺は目を疑った。目は無いけど。
アトミックヒーターの体が宙を舞ったのだ。
速すぎて見間違えたかもしれないが、カエルグロリアが姿勢を低くしたと思ったらいきなり跳びあがり、前足でアトミックヒーターにアッパーを繰り出したように見えた。
「なるほどね」
男がそう意味深なセリフを言うが、もはや何が何だかわからない。
宙に浮きあがったアトミックヒーターに追い打ちをかけるようにカエルグロリアがジャンプすると……アトミックヒーターに取りついて、ジャイアントスイングよろしくそのままぐるんぐるんとアトミックヒーターを回転させ始めたのだ。
もうわからん。なんかよくわからんけどあのカエルは高温の気体のようなアトミックヒーターに
理解するのをやめて事実を受け入れる俺。
空中でぐるぐる回転するアトミックヒーターから何かが射出され、遠心力で加速された二つの射出物は勢いよく地面にぶつかった。
あれはザンメア! それに槍グロリア!
アトミックヒーターに食われたと思っていた奴らが中から飛び出てきたのだ。
もしかしてあのジャイアントスイングは救出用の技?
中に奴らが入っているのに気づいたから?
「いいぞケロライン! コスモ重力落としだ」
男の指示でカエルグロリアは次の攻撃に移る。
ジャイアントスイングの回転を止めるとアトミックヒーターの天地を逆さまにし……そして抱きかかえたまま落下し、地面にヤツの脳天を叩きつけた。
激しい音と共にばふっと砂煙が立ち上る。
砂煙からカエルグロリアが飛び出し、ウルガーという男の前に戻る。
――ボボボボボボ
空気が打ち出されるようなはじけるようなそんな音。それ共に砂煙が晴れ、アトミックヒーターの姿が現れる。
「さすがに耐久力が高いな。ケロライン、カエル乱舞だ!」
小型のカエルグロリアが大型のアトミックヒーターに向かって行く。飛んだり跳ねたり。追うのがやっとのスピードの緑色の物体がキックやらパンチやらを凄い勢いで繰り出している。
――ボボボボボボ
あの音はアトミックヒーターの鳴き声だったんだ。
技を受け苦しんでいるかのような、そんな鳴き声。
「トドメだケロライン。拳に全力を込めろ!」
地に降り立ったカエルグロリアは、まるで力をためるように前足を後ろに引き、そして――
勢いよく飛び跳ねるとその前足をアトミックヒーターに叩き込んだ。
アトミックヒーターは一瞬硬直したかと思うと、ぶわっと全身が黒く小さな粒子に変わり、そして空に帰るかのようにさらさらと消えていった。
た、倒したのか、本当に……。
「人間の都合で連れてこられたのにすまなかったな」
天を仰ぎ黒い粒子を見送った男はポツリとそう漏らした。
「「「「 うっるっがー、うっるっがー 、うっるっがー !」」」」
住民から歓声が上がっている。
俺はかろうじて動くようになった体でレナの元へとにじり寄る。
レナ、大丈夫か。ごめんな助けてあげれないで……。
レナは大丈夫だよ。それよりもリリアンさんを。とレナが言うので、俺はリリアンの治療に当たる。
幸い傷はひどくない。爆発の衝撃で打ちどころが悪かったようだが、内臓に損傷はなさそうで骨折箇所も無かった。
きちんと爆発から守ってやれなくてすまなかったなリリアン……。
触診を済ませた俺は、年頃の女性に傷なんか残してはならないと全力で傷薬を生み出す。
「うるがーさん……」
いまだ意識がもうろうとしているリリアン。
そういえばさっきも呟いてたな。ウルガー、ウルガー……。
そうか、あれが……。
騎士事情に疎い俺の耳にも彼、ウルガーの話題は届いていた。
自由騎士ウルガー・ディノディラン。騎士ではあるが騎士団には属さずいつも単独で行動する。その強さゆえにそれを許されているルーナシア王国最強の騎士。
どんな敵にも負けることなく人々を救っていく自由騎士とFランクグロリアの話は半ばおとぎ話だろうと思っていた。
でも今目の当たりにしたら信じる以外にない。
Fランクのグリーンフロッグでもこれだけ強くなれるというのを実現して見せた彼は、世間の子供たちの中で憧れであり
子供たちがカエルグロリア、ケロラインに駆け寄っている。
男の子だけではない。小さな女の子からムキムキのおっちゃんや老婆まで……すべての人がそこに集まって行った。
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