085 辛いときは気持ちが沈みがち
う、ううっ……。俺は、生きているのか?
体が動かない。
暗く、無音で、孤独で。そして体の大半が失われている感覚。
かろうじて機能が復帰した俺の知覚センサーは空を捉えている。
ここは……地上か?
レナは、リリアンは無事なのか?
なんとか知覚センサーを働かせて、少し離れたところで倒れているレナとリリアンの姿を捉えた。
う、うっ、れ、レナ。
ずりっ、ずりっ、と体を少しずつ引きずりながら倒れたレナの方へと向かう。
地下工場の天井部分の
そんな果てしない時間進んだと錯覚するほどの行程を経て、倒れたレナへとたどり着く。
レナっ!
すぐさま倒れているレナの具合を確かめる。ピンク色のドレスはボロボロになっているが、擦り傷切り傷はあるものの、見た感じやけどや大きな裂傷などは見当たらない。
「うう……」
倒れていたリリアンからうめき声が聞こえる。
すまないリリアン少し待っていてくれ。
レナ、すぐに治療してやるからな。
いまだ意識の戻らないレナのために体内で傷薬を生成しようとするが、俺自身が昇天間際なくらいの酷いダメージを追っているので、なかなか傷薬が生み出せない。
「スー……」
レナ! 気が付いたか! 待ってろ今傷薬を塗ってやるからな。
「あったかい……」
僅かな量しか生成できていないが、少しだけでもと、生成できたものからレナの体に塗っていく。
塗ると言っても俺の体もうまくは動かない。レナの体に触れた俺のスライムボディからじわじわと傷薬を染み出させるだけなのだ。
そんな風に皆を復帰させようと必死の俺の視界の端に、とあるものが映りこんだ。
燃えるような炎。
ルクセ地下工場の天井部分が吹き飛んで出来たと思われる大穴から、メラメラと燃えるような炎がせり上がってきたのだ。
見間違うはずはない。アトミックヒーターだ。
どおりで……。
街をも吹き飛ばす威力のある爆発にしては威力が低いと思ったのだ。自爆ではなく、ヤツはただくしゃみをするかのように体内の輝力と瘴気を解き放っただけだったのだ。
おかげで九死に一生を得たものの、少しの猶予をもらったに過ぎない。
早く住民を避難させないと。
いつ爆発するかわからないけど、少しでも遠くへ、少しでも爆発の中心から離れてもらわなくては。
今俺達がいるのは地下工場の天井部分を中心に円形に広場状になった場所。円の外側はその広場を包むかのようにぎっしりと数階建ての建物に囲まれている。その集合住宅だけで何十、何百と住民がいる事だろう。
そしてなお悪いことに、事情を知らない住民たちはこの爆発の状況を確認しようと住宅の窓から道からと、わらわら現れたのだ。
そんな住民たちはアトミックヒーターにとっては格好の餌となる。
現れた住民に向かってゆっくりと向きを変えると、ザンメアを食った時のように2つの手を伸ばしていく。
巨大な化け物の姿を見た住人達は一目で危険な状況だと悟り、
地上にいる住民はそれでもまだマシだ。
広場に面した集合住宅の住民は、建物の中に向けて伸ばされた腕から辛くも回避するも腕が触れた建物が高温によって燃え出してしまい……危険なグロリアから逃げ出す事と火事の対処とを同時に迫られることになったのだ。
そんな大混乱の中、集合住宅から外に逃げ出してきた一人の老人が避難する住民の波に弾かれて転んでしまう。
都合の悪いことに弾かれた先はアトミックヒーターの前。
すばしっこく逃げ惑う住民達をまだ一人も捕まえていないアトミックヒーターはこれ幸いと老人へと迫る。
住人たちは自分のことで精いっぱいで、誰もが老人の事を気にしている余裕はなかった。
ま、待つんだレナ!
倒れた老人に気づいたのは俺とレナ。
レナは傷薬での治療を放り出して駆け出したのだ。
「助けないと! 出来る人がやらないと!」
分かってる、それは分かっているんだが!
俺は自身の治療を後回しにしてレナの治療を行っていた。つまり、俺の体は自由には動かない。
どうにもならない苛立ちがこみあげてくる。
「おじいさん、速く逃げて!」
老人の前で両腕を大きく横に開き仁王立ちになるレナ。
迫るアトミックヒーターに対して、老人を抱き起してその場から避難させる時間もなかったのだ。
せめても自分が盾に、いや先に犠牲になっているうちに老人を逃がそうと、そういうつもりに違いない。
俺は自分の体の治癒に全力を注ぎこむが、体の大半を失ったあげく、残っているスライム細胞の大部分が破壊されているため、動けるようになるまでに回復するには時間が短すぎる。
こんな事ならまず自分から回復しておくべきだった。いや、傷ついているレナを目の前にそんなことが出来ようか。だからレナを先に治療したのは間違いじゃない。でも、逆にレナが動けるようになったから、駆け出せるほどになってしまったから、レナは一人で動いてしまって。じゃあやはり俺から……。
一刻を争う事態に動かない体。焦る俺の心は堂々巡りを繰り返す。
「わしの杖が……、あれが無いと立ち上がれんのじゃ」
杖?! 足が悪いのか!
確かに老人から離れた所に杖が落ちている。なんてことだ。
そんな老人の言葉を背に受けて、レナはキッとアトミックヒーターを睨みつける。
迫るアトミックヒーターの手。高温のあれに捕まったら食われる前に大火傷を負ってしまう。
俺の脳裏に先ほどのザンメアの様子がちらつく。
レナもそれを間近で見ていたにも関わらず、それでも背後の老人には手を出させないと言わんばかりだ。
そんな事情はお構いなしに、目の前の獲物に、レナに向かって手を伸ばすアトミックヒーター。
動け、動けよ俺の体!
ほんの少しの間でいい。レナに体当たりしてその場所を交代するだけの、それだけの力でいいんだ。
レナが炎に包まれる姿なんて見たくないんだ!
頼む、頼む! 俺の体! 動いてくれ!
レナぁぁぁぁぁぁぁぁ!
レナの小さな体が大きなアトミックヒーターの手に捕えられる。
そんな恐怖から俺は一瞬視覚を遮断してしまった。
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