084 天ぷら火災に水をかけてはいけない
大臣とその取り巻きがVIP観覧席から姿を消すと、アトミックヒーターを捕らえていた紫色の試作クラテルがはじけ飛び、炎の塊のようなグロリアの姿が鮮明になる。
――ボボボボボボ
狭い檻の中から解放されたからか、アトミックヒーターの炎が大きく揺らめきその勢いを増す。
すぐにでも爆発するのではないか。そう予感させるほどの大量の瘴気を感じざるを得ない。すぐにでも逃げなければ危険だ。
だけど逃げようにも脱出する経路が無い。
闘技場から外に出る扉は固く閉ざされており、破壊するにしてもちょっとやそっとでは出来そうにない。その間にアトミックヒーターが超爆発を起こして
唯一の出口になりうるのは天井。実は天窓のようなものがありそこから脱出できるかもしれないのだ。ただ、高さ20m程にもなるそこにたどり着く方法は無い。
そして
ここがどの街なのかは知らないが、街ごと消し飛んだら何人が犠牲になってしまうのか見当もつかない。
ええい、レナ、俺の考え伝わるか?
じっとレナの方をみると、レナはこくんと小さくうなずいた。
「リリアンさん。あのグロリアは危険。ここがどこかは知らないけど大爆発で街ごと消えてしまう」
さすがはレナ、もはや以心伝心といっても過言ではないな!
「街ごとだって!? そんなバカな。それじゃあ大臣も巻き込まれる。そんなミスをあの大臣が犯すはずはない」
「大臣さんは勘違いしてるの。あれは違うグロリアなの。凄い爆発する違うグロリアなの!」
「なんだって!? どうしてレナがそんな事知ってるんだ?」
「スーがそう言ってる……気がする」
「スーが?」
リリアンの疑問も分かります。
俺はただのグロリア。それもスライム。
【神カンペ】を持っていることはレナも知らないし、ましてや転生者であることは明かしていない。
「スーは賢いの! いろんなことを知ってるし、凄いの! 信じて!」
「分かったよ。スーがうんぬんは置いておいて、あのグロリアが危険なのはボクでも分かる。とはいえ、何とかしようにも……」
俺達が会話しているうちにアトミックヒーターの炎が強まって、大きさが一回り大きくなった気がする。
何とかしなくてはならない。
だけど何ともしようがない。
炎のような燃え盛る体を持つグロリア。
実体は、無い。
水をかけて燃焼反応を止めたらいいのでは? と思われるかもしれないが、そもそも燃えているのは瘴気で、それは手に触れられないものだ。
ちなみに天ぷら油に火がついて燃えてしまった時、水をぶっかけてはいけない。火が消えるどころか油が跳ね飛んでさらに火災が大きくなるからな。スーさんとの約束だ!
と、そんな事を言っている場合じゃない。
「スー!?」
俺はレナ達の前に出ると、体温を上昇させていく。
【神カンペ】の情報を裏付けるために、あいつに攻撃を仕掛けるためだ。
実際はどうなのか、俺の最大の必殺技フレイムブリンガーで試してやる。
レナやるぞ!
「戦うのね! やろう!」
レナの輝力が俺の体に流れ込んでくる。
俺は体温を極限まで高める。
くらえ、フレイムブリンガー!
超高温のスライム細胞がアトミックヒーターを襲う。
一つ一つは雨粒ほどだが、あの超再生のXランクグロリア、ヒューマンイーターを倒した技だ。
マシンガンのように打ち出される俺のスライム細胞。
だが、炎の塊はゆらりと揺れただけで、弾は後方へとすり抜けていった。
はあっ、はあっ……、やはりだめか。神カンペに書いていたとおりだな。【物理無効】。
超高温とはいえ俺のフレイムブリンガーは物理攻撃。実体のないアトミックヒーターには効かないのだ。
効くとしたら同じく実体のないグロリアの攻撃。
神カンペには対抗策として同じく実体の無いグロリアのコールドオブデスをぶつけろってかいてあったけど、そんなにポンポンAランクグロリアが用意できるか!
まったく、神様用の説明資料だから庶民感覚とずれてやがる。
俺を敵と認識したのか、炎から二本の腕の形をしたものが出現し、俺の方に向かってくる。
あちち、回避したもののその熱の余波が俺を襲う。
実体は無いけど熱いのだ。こんなものどうやって倒せばいいのか。
じりじりと進んでくるアトミックヒーターに対して、俺達もじりじりと後ずさる。
俺達は後退することでアトミックヒーターと一定の距離を保っていたのだが……ヤツはふと動きを止めたかと思うと、その向きを変えた。
俺達よりも距離が近くなったザンメアの方向へと。
これで少しだけ時間が稼げる。今のうちに打開策を考えないと……って、レナ!?
あろうことかレナがザンメアに向かって駆けていったのだ。
すぐさま後を追う俺。
アトミックヒーターがザンメアの目前まで迫る。
「なんのつもりだ……」
仰向けに地に伏しているザンメアの腕を両手で引っ張るレナ。
その姿に、ザンメアはポツリと漏らした。
「やられちゃうよ! 逃げないと」
「拙者を助けようというのか? 敵だった拙者を」
「今はもう敵じゃないよ。だから早く」
「拙者の事は放っておいてくれ。先ほどの戦いのダメージと病で体が動かんのだ。お主も無駄に死ぬことはない」
アトミックヒーターの炎の腕が振り上げられ、二人を狙う。
レナっ!
レナの元に追いついた俺は、二人を捕えようとするその腕に向かって体当たりを繰り出す。
あちちちちち!
熱さだけはあるものの、霞に体当たりしたかのように腕自体がもやっと拡散し、俺の体は腕の先へと跳び抜けてしまった。
くそっ、レナ、逃げろ!
俺の体当たりの影響も全くなかったかのように、腕が二人へと迫る。
――ドンッ
「きゃっ!」
腕に二人が捕まると思われた瞬間、ザンメアは動かないはずの体を起こし、レナを突き飛ばした。
「うぐぐぐ、拙者に、構う、ことは無い。所詮は道を、踏み外した男。ぐうっ! こ、これまで行った悪逆非道を思えば、こんな死に方が相応しい!」
掴み上げられたザンメア。高熱が体を襲っているのだろう。
「ダメっ! ダメダメダメーっ!」
レナは手を伸ばすが、その叫びも虚しくザンメアはアトミックヒーターの体内へと取り込まれてしまった。
レナ、下がるぞ!
俺はアトミックヒーターに向かって手を伸ばし続けるレナの体をスライムボディで掴むと強引にその場から引きはがし、リリアンの元へと戻る。
戻ったのはいいが、解決策を考える暇もない。
ザンメアと、彼の契約しているグロリアを取り込んだことで、アトミックヒーターの体が一回り大きくなり、今にも破裂しそうな風船のように膨らんでいく。
まずい! 爆発するぞ!
こうなったら!
急いでスライムボディを膨張させレナを、リリアンを、ミナディウスを体内に入れた所で、後方から耳をつんざくほどの爆発音と高温の爆風が俺の体を襲った……。
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