083 大臣は勘違いしている

「やったわ! リリアンさん、やったよ!」

「い、いやっまだだ! あれを見るんだ」


 リリアンの言う通り、壁に叩きつけられたザンメアが起き上がってくる。


「やってくれる。鎧が無ければやられていた」


 なっ、あいつ服の下に鎧を。


 アーマーテンペストミナディウスの爪攻撃で服が破れてその姿があらわになっている。槍を左前で構えるためか、左半身だけを守るようにあつらえられた鎧。


 あの一瞬のタイミングの中、背後からのミナディウスの攻撃を鎧部分で受けていたなんて……どんな化け物なんだよ。


「ヤタはやられてしまったか。戻れ」


 俺の熱で焼かれて戦闘不能になった槍グロリアが間尺玉のように大きなクラテルに吸い込まれていく。


「次のグロリアを……」


「そんな暇は与えないよ!」


「なにっ!?」


 ザンメアはさぞ驚いただろう。

 そこには大砲があったのだ。いや、大砲というのはイメージなんだけどな。


 大砲の玉は丸くなったミナディウスだ。

 大砲の砲身は俺。まず体を伸ばします。左右に伸ばした体を床につけてしっかりと踏ん張ります。そんな俺の体を、まるでゴムを伸ばすかのようにリリアンが思いっきり引っ張っります。そしてリリアンの腰をつかんでレナがうんしょうんしょと引っ張っています。

 つまりは俺の体は引き絞られた弓の弦やスリングショットのゴムのように伸び、その中心にミナディウスがいる形だ。


「行くよリリアンさん!」

「ああ!」


 俺の体をつかんでいたリリアンの手が離される。元の形状に戻ろうとする俺の体が勢いよくミナディウスの体を押し出して――


 グロリアを出そうとクラテルを準備していたザンメアの体に命中した。


 合体技、スライム大砲だ。

 先ほど廊下を走っているときにレナによって考え出されたのだ。

 ぶつけ本番だったけど何とかなったな。


 スライム大砲を受けたザンメアは倒れて地に伏している。

 自慢じゃないがさすがにこの威力の攻撃を受けてはひとたまりもないだろう。鎧も左半身にしか無いしね。


 5秒、10秒。

 ザンメアが沈黙したまま時間が過ぎる。


「おい、ザンメア。何を寝ている。さっさと起き上がって奴らを始末せんか!」


 VIP席から声を荒らげている大臣。

 だがその声にもザンメアは反応することは無い。


「私達の勝ちのようだな。さあ大臣、次はあなただ」


「何を小癪な。ザンメア、立て、誰がお前を拾ってやったと思ってる! 誰が衣食住に加えて薬までお前にくれてやってると思ってるんだ!」


 倒れたザンメアの指がピクリと動いた。


「……、……」


 ザンメアはぐぐぐと起き上がろうとするが、体に力が入らないのか体を起こしきれず、そのまま仰向けになって天井を仰いだ。


「ザンメア! 何をしている!」


「ギリヌイ様……申し訳、ございません。拙者はこ奴らに敗北しました。ご意向に、沿えず、申し訳ございません……」


「なんだと貴様! チッ、使えんやつめ。武術しか取り柄の無い田舎者も使い様だと思ってあの時拾ってやったが、やはりこの程度だったか。まあいい、今までお前に与えた薬の代金くらいには役に立った」


「……その節、はお世話になりました……。病に倒れた、拙者に薬を、与え続けていただき……感謝しています」


「くくく、はーはっはっは! まだ気づかんのか。所詮は田舎者よ。お前が病だと思っているのは私が与えた薬のせいよ。薬が切れるたびに体が痛むような、そんな薬のな」


「……拙者を、だまして……おられたのですか?」


「ふん。田舎者を手懐けるためよ。思ったとおりお前はよくやってくれた。あれやこれや、よくやってくれたよ。だがここまでだ。お前はもう必要ない。この場で奴らと一緒に消し去ってやる」


 尻尾しっぽ切りだな。きっと口には出せない事もやって来たのだろう。役に立たないと分かったので口封じに処分するという事だ。同じく都合の悪い事情を知った俺達ごとな。

 しかし、「消し去る」とはずいぶんだな。さっきまでは捕えておくって言ってたのにさ。


「さてお嬢さん方、私はこれで失礼するとしよう。なに、心配しなくていい。こいつがお嬢さん方の相手になってくれる。おい、出せ」


 大臣が研究者風の部下に指示すると、VIP席の下に設けられた開閉式の扉から、何か巨大な物体が現れた。


 大きさは4m四方ほどの立方体状のもの。

 立方体の頂点となる部分には紫色に光る丸い球状の物体があり、立方体の辺を構成するかのように紫色の稲光いなびかりというか電流というか、そんなものでつながっている。

 面に当たる部分は薄い何か層のようなものがあり、中は透けて見える。

 そしてその中には1体のグロリアが存在していた。


 まるで檻のようだな。悪趣味な。

 それに中にいる燃え盛る炎のように見えるグロリア、あれは――


「驚いたかね。こいつはインフェルノピラー。とある山中で見つけたはぐれグロリアだ。我々ルクセははぐれグロリアと契約するための研究をしていてね。輝力ではなく瘴気で顕現しているやつらをどうやったらクラテルの中に閉じ込めることができるのかと日夜研鑽しているのだよ。このでかいのはその試作品。残念ながらまだはぐれグロリアと契約することは出来ないが、こうやって閉じ込めることくらいは出来るようになったのだ。もちろん閉じ込めるだけでこちらの命令などききやしない。でもこいつの場合はそれでいいのだよ。インフェルノピラーは敵を見つけると自らの輝力を燃やして自爆する。こいつを解き放てばこの地下工場ごとお前達もドッカンよ」


 大臣は勘違いしている。

 あのグロリアはBランクのインフェルノピラーではなく、Aランクのアトミックヒーターだ。はぐれグロリアとしてアトミックヒーターが顕現することは稀なため記録が残っていないのだろう。よく似ているため間違うのもやむを得ない。


 だけど、その間違いが大問題だ。

 確かにインフェルノピラーであれば被害はこの工場だけで済むかもしれない。だが、アトミックヒーターは自分の輝力や瘴気だけではなく周囲の輝力や瘴気を吸収して超大爆発を引き起こす。それこそ街を一つ消し飛ばすほどの規模だ。


「本当はこいつを対騎士団用に使うつもりだったんだがね。なんせこいつを捕まえるために四天王はみな病院送りになったものでね。ここで切り札を使ってしまうのはもったいないが、お嬢さん方を生かしておくのは問題だ。ここを吹き飛ばした後、私はまた善良な大臣として活動し戦力を蓄えるとしよう。思った以上に弱かった四天王も再編してな。そういうわけでさよならだ」

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