076 ルーナシアクラテル専売公社

 石壁が周囲を囲った部屋の中。窓は無く、出入り口は扉が一つ。日常生活を送る部屋ではないのであろう、ベッドを含めて家具の類は一切無い。

 倉庫というわけでもない。木箱や樽の一つも置いておらず、部屋の中はがらんどうだ。


 そんな生活感のない部屋の中、一人の少女が石の床に横たわっていた。

 ピンク色のドレスを着た金髪の少女。ブライス家の一人娘、レナ・ブライスその人だ。

 

 目をつむったまま規則正しく息を立てていたレナだったが――


「うんっ……」


 目を覚ましたのか、ゆっくりとその綺麗な青い目を開くと仰向けのままぼーっと天井を眺めている。


「ここは……」


 いつもの天井ではない。

 まだ夢の中なのか。そんなまどろみの中でポツリと呟く。


「ルクセの工場の地下さ」


「誰っ⁉」


 覚醒しきらない意識の中、急にかけられた言葉にレナは飛び起きて辺りを見回す。


 声の主はすぐに見つかった。同じ部屋の片隅に壁に寄り掛かるように体を預けている声の主。羽飾りのついた青色のハットを被り、目元だけを隠す青い仮面を着けている若い女性。

 いかにも怪しい風貌だ。

 怪しい仮面以外は普通で、白のズボンは動きやすさを重視してか体にフィットしており、青色の模様が入った軍服のような上着を着こなしている。


「驚かせてすまない。怪しい者じゃない。ボクの名はリリアン。君と同じで捕まった人間さ」


 捕まった ・・・・

 その単語に反応したレナが首を左右に振って何かを探す。


「スー! スー!?」


 いつも一緒にいる自分のグロリアの姿を探すが……どうやらこの部屋の中にはいないようだ。


「お嬢さんのグロリアかい? 君がここにいるという事は奴らに奪われてしまったんだろう」


「助けに行かないと!」


「待ちたまえ。やみくもに行動するのは良くない。それにこの部屋の扉は鍵がかけられていて出られない」


 リリアンの言葉を最後まで聞くことなくレナは扉に駆け寄ると、ガチャガチャと取っ手を引っ張る。


「言った通りだろ? 出られないのだから慌てても仕方がない。それよりも二人で協力してここを出るほうがいい。お嬢さんも自分のグロリアを助けたいだろ?」


「お嬢さんじゃない。レナ。レナの名前はレナ」


 少女はほっぺたを少し膨らませて自分の名前を名乗った。


「よろしくレナ。近くに座ってくれるかな。とりあえずボクの知っている事を話そう」


 見知らぬ怪しい人、それも数分前に会ったばかりの人だ。

 近くに座れと言われてもすんなり受け入れられるわけはない。

 

「そんなに警戒しないで。ほら」


 そんなレナの様子にリリアンはハットと仮面を取って素顔をさらす。

 整った顔立ちの素顔。大きく綺麗な目と柔らかくカーブした眉とで優しそうなイメージを与えている。


 素顔を見せてもらったことでいくらか安心したレナはぺたりとリリアンの正面に座った。


「信用してくれてありがとうレナ。そうだな、何から話そうか……」


 再び仮面を着けハットを被ったリリアンに対し、美人なんだから隠さなくてもいいのに、とレナは心の中で思いながらその様子を見ている。


「さっき言ったように、ここはルクセの工場の地下。ルクセは知ってるね? ルーナシアクラテル専売公社。皆が縮めてルクセと呼ぶ、このルーナシア王国で唯一クラテルを作っている大きな会社さ」


「知ってます。クラテルの技術が流出しないように国の管理の元に一社に限定してクラテルの製造を行っているって習いました。ルーナシアのクラテルが正方形の形をしているのも、国から独占販売の許可を得たルクセが規格を統一して作っているからだって」


「うんうん。レナは賢いね。そのとおり。そんな大きな会社の工場の地下にボク達は捕らえられている。捕まえた人間をわざわざ関係ない場所に閉じ込めたりしないだろ。つまり犯人はルクセの人間と断定して間違いない」


「そのルクセがどうしてスーをさらったの?」


「そうだな、ボクもグロリアを奪われた。レナもグロリアを奪われた。連中がグロリアを奪って何かを企んでいるというのがボクの考えだ。そもそもボクはその疑いがあるからルクセを探っていたわけだったんだけどね」


「リリアンさんもグロリアを……。レナも道を歩いてたら男の人に追いかけられて捕まって。スーは助けてくれようとしたのに、クラテルを取られたら勝手にクラテルの中に入れられて……」


 レナはスーの身を案じて声のトーンを落とす。


「そんな事が……。怖い目に遭ったね。大丈夫、ボクが一緒にいるからね。安心して」


 それを怖い目に遭ったからだと勘違いしたリリアン。

 出来る限り優しい声で、少しでも安心できるようにと、レナへとその気持ちを向ける。


「レナは大丈夫! でもスーの事が心配。酷い事されてたりしないかな……」


 気を遣わせてしまったと、ガバッと立ち上がって自分の大丈夫アピールをしたが……自分の大好きなグロリアの事を考えるとすごく心配になり、膝を抱えて座り込んでしまった。


「そ、そう……。おほん、そうだね……たぶんそれは無いとボクは思ってる。連中は人のグロリアを奪って何か大きな事をしようとしている。だからその目的を達成するためにはグロリアに酷いことをすることは無いはずだ」


「でも契約者マスターと契約を結んだグロリアを他の人が奪っても何もできないよ! そもそもクラテルから呼び出す事も出来ないし」


「それがね、出来てしまうんだよ。連中がルクセの人間だとしたらね」


 頭の中ではてなマークが乱立するレナ。


「先ほども言ったとおり、ルクセはルーナシア国内のクラテルを作っている会社だ。もちろんクラテルの仕組みは知り尽くしているし、管理者権限という何でもできる方法を使って普通の人が出来ない事もやってしまうんだ」


「だからスーは無理矢理クラテルに入れられたのね……」


「そう。そして出来るのはクラテルの出し入れだけじゃない。契約そのものを変えてしまう事も出来るとボクは踏んでいる。ここ数か月、強いグロリアを持つ契約者マスター達からグロリアを奪われたという報告がいくつも上がっていた。見事な手口で全く犯人は捕まっていないけど、それらは全部ルクセが犯人で、契約変更をして自分たちが奪ったグロリアの契約者マスターになって、そして何かを行おうとしている……というのがボクの推理だ」


「そんな! スーがレナじゃない人と契約してしまうの!?」


「その可能性は高い」


「そんなのヤダ! ヤダヤダヤダっ! スーを助けなきゃ!」


「ああ。人のグロリアを自分のモノにしようとするなんて、そんなことは許せない。そう考えてボクはここに潜入したんだ。捕まってしまったけどね」


「レナ達捕まってるんだった……。こうしてるうちにもスーが……」


「心配しないでレナ。今からあの扉を壊してこの部屋から脱出する。ヤツらは女二人が逃げ出すわけはないと油断しているだろう。そこを突いてグロリアを救い出すんだ」


「扉を壊す? リリアンさん、格闘技とかできるんですか?」


「まさか、ボクはか弱い人間さ。扉を壊すのはグロリア」


「でも、グロリアは取られたって」


「ふふふ、レナも覚えておくといい、女の子にはたくさん隠し場所があるのさ」


 そう言うとリリアンは着ている服の首元のボタンを緩め、そこから手を入れて、何かを取り出した。


「ねっ」


 手には長方形の金色に光るクラテルが握られていた。

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