077 それはただの食堂のお姉さんじゃないの!
――ドガッ
それなりに大きな音が響いて、鉄製の扉はひしゃげてしまった。
丸まったアルマジロのようなグロリアの一発の体当たりだった。
「さあ行こう」
リリアンはグロリアをクラテルにしまうとレナの手を引いてそこから脱出した。
タタタと石造りの廊下を駆ける二人。
レナは横を走るリリアンの胸をじっと見つめると、おもむろに自分の胸をペタペタと手で触れる。
同じ年代の子でもリリアンみたいに大きな胸をした子もいるけど、重いとも聞くし、自分みたいに小さいほうがいいよね、と今までは思っていたレナだったが。
だけどいざという時にクラテルを隠せるなら大きいのもいいかな、とも思うようになった。
自分とリリアンの胸を比べながら、リリアンくらいの年になったら自分もそれくらい大きくなるのだろうか、なんて思っている所なのだ。
「どうしたんだレナ?」
「どうやったらクラテルを隠せるくらい大きなお胸になるのかなって」
「えっ!? そ、それは、あの、お、おほん。そんなことはあとあと。今はグロリアを助けるために集中しないと」
何故かしどろもどろになったリリアンは走るペースを上げてしまった。
リリアンが言うには今いるのは地下だという。
地下に作られたにしては長い通路の突き当り。T字路になっている所で身を隠し、その先に人がいないかどうかをそっと確認する。
「いたぞ! あそこだ!」
その声はT字路の先ではなく
「しまった見つかった! レナ走るよ!」
T字路を飛び出し先へと走り出す。
どこかに隠れるところがないものか。そう祈りながら走るも、先ほどまでと変わらない造りの長い直線が続いており、部屋も、隠れられる隙間も、何もなかった。
そして逃走劇は終わりを迎える。
走る二人の前方に沢山の男達が現れたのだ。
二人は足を止める。
その事は後ろから迫る男達との距離を取ることが出来ないことを意味しており――
あれよあれよといううちに前後を囲まれてしまった。
「どうやって逃げ出したのかは知らんが、大人しくしてもらおうか。抵抗するなら痛い目を見るだけだぜ」
「おい、油断するなよ、あの女結構やり手だ。ここはグロリアで捕まえるべきだ」
リリアンを捕まえるときに油断して酷い目に合ったのだろう。
その轍は二度と踏まないと男がグロリアを呼び出すと、それを皮切りに周囲の男たちが一斉にグロリアを呼び出し、二人を包囲する圧が膨れ上がる。
「リリアンさん……」
レナはきゅっとリリアンの服の裾を掴む。
「心配しないでレナ」
不安そうに引っ付いているレナの頭を優しくなでてやる。
「出てこいミナディウス!」
ポケットから金色のクラテルを取り出すと、扉を破ったアルマジロのようなグロリア、アーマーテンペストを呼び出す。
どこにクラテルを隠してやがったんだ? とか、他に隠してないか捕まえて隅から隅まで調べてやる、とか、そんな言葉が飛びそうなものだが、男たちは沈黙したままで……その表情は硬い。
自分達のグロリアとのランク差を感じているのだ。
「ええい、Bランクとは言え相手は1体だ。この数にはかなうまい。いくぞお前ら!」
そんな雰囲気をひっくり返そうと一人の男が檄を飛ばす。
「レナ、ボクから離れるんじゃないよ。頼んだぞミナディウス!」
二人の前に出た
Bランクグロリアと言えども動きの遅いアーマーテンペスト。
さすがにこの数を捌くのは難しいのではないか、そう思われたがそれは杞憂だった。
数だけは多い男達のグロリア。だが、アーマーテンペストは一体一体の距離に差がある事を突いて、最も迫ってくるグロリアから一体一体一撃で仕留めていったのだ。
このグロリア達は人から奪ったグロリアに違いない。動きに精細を欠くし、なによりそのグロリアの事を知らない素人の指示だ、とリリアンは思った。
襲ってくるグロリアの群れはお互いに連携することもなく、無造作に突っ込んできたからだ。おまけにグロリアへの指示は名前ではなく【ストロングアーム】などのグロリア名称で行われていた。
「お前らだらしないぞ、俺達に任せておけ」
やられて行く仲間達の姿にしびれを切らした
「あっ! スー! スーだわ!」
そんな中、レナは後ろの方でまごまごしている赤い色をしたスライムの姿を見つけた。
見間違う事なんか無い。それはずっと一緒にすごしてきたグロリアなのだから。
「スー! すーうーーーー!」
その小さな口から大きな声で呼びかけてみるが、距離があるのか気づいては貰えなかった。
「レナ、スーを見つけたのか? どこだ?」
「あそこ! あの赤いスライム!」
レナはしっかりと指さす。
そうして見通しの良くなった先に居た赤いスライムの姿をリリアンも確認した。
「あ……、あれか……」
リリアンは他のグロリアとは雰囲気が違う事を感じ取った。
かなりやる!
「気をつけろミナディウス、今までのグロリアとは違うぞ。全力でいくんだ!」
「だ、だめっ! スーを傷つけないで」
リリアンの言葉に困惑するレナ。
そんな様子にチクりと心を痛めたリリアンだったが――
「あれは手加減できるような甘い相手じゃない。失礼だけどレナのグロリアがあれほどとは思っていなかった。とにかくまずは無力化するしかない。負けたらそれこそ取り戻すところじゃないぞ」
心を鬼にしてそう答えた。
「そんな……」
無造作に跳ねてるように見えてきちんと歩数を計って進んでくるスライム。どんな攻撃が来ても対処できるように戦闘態勢をとっているアーマーテンペスト。
最初に跳ねたのはスライム。
スライムとは思えないほどの速度の体当たりだ。
だがアーマーテンペストもそれに反応して体当たりを繰り出す。
――バチィッ
柔らかいものと固いものがぶつかった音が響き、同時に二つのモノがまるで磁石の同極を近づけたかのようにはじかれてそれぞれ後方へと吹っ飛んで行った。
「ミナディウス! 大丈夫か!」
いくらかダメージはあったものの、戦闘の続行には支障はなさそうだ。だがそれは相手も同じこと。
「おおっ! やるじゃねえかスライム。
坊ちゃんから強いとは聞いていたけど、本当にスライムが強いのかよって、にわかには信じられなかったが確かに強いぞ。
よし、連続で攻撃だ。攻めて攻めて攻めまくれ!」
今まで怯えていたスキンヘッドの男だが、自分のスライムが強い事を知り、打って変わって強気に出る。
「リリアンさん、ダメっ! ダメダメっ!」
レナの必死の懇願。
必死に維持していた鬼の心がそれにかなう訳もなく。
「分かったよレナ。様子を見てみる」
力の拮抗している相手だ。リリアンは防御に徹して隙をつく作戦に変更する事を決めた。
「ありがとうリリアンさん!」
レナの表情がぱぁっと明るくなる。そんな様子にリリアンも柔らかな笑みを浮かべる。
「ミナディウス、防御だ。身を固めて隙を見つけ出すんだ」
リリアンの指示でアーマーテンペストはがっちりと床に手足を付いて体を丸め、防御態勢をとる。
そんな様子を見たスライムは、まるでウォーミングアップのように小刻みにステップを行っている。自らの素早さをひけらかすかのように、左右に、まるで分身が見えるかのようなステップ。それが突如残像となり、アーマーテンペストに衝撃が伝わった。
「大丈夫かミナディウス!」
アーマーテンペストにに大したダメージは無いようだ。
だが、そう声をかけている間にも、二発、三発と先ほどよりも素早くそして鋭い体当たりが繰り出されていた。
だがアーマーテンペストもただ身を守っているだけではない。わずかに体をずらし、衝撃を逃がしたり、次の体当たりに移る体勢を崩す様に逸らしたりと、鉄壁の防御は揺るがない。
そんな中、甘い角度の一撃が来るのを見切ったアーマーテンペストはスライムの体当たりの威力を殺して後方へと受け流した。
ぽてんぽてんと転がる赤いスライム。
「レナ! ダメだ、危ない!」
それを見たレナは目の前に転がりこんで来た赤いスライムに駆け出すと、天地逆さになっている体勢を立て直そうとしている赤ぷにに対して覆いかぶさるように倒れ込んで、がばっとそのおなかに抱え込んでしまった。
「スー、レナだよ! ねえ、レナだよ、分からないの?」
必死に声をかけるレナ、そしてそれを振りほどこうとするスライム。
絶対に逃がすまいとするレナはがっしりと指をスライムに食い込ませている。
「スー、落ち着いて、レナだよ。ねえったら! きゃっ!」
それまで必死に食らいついていたレナが、つるりと何かに滑ったように後ろに倒れこんでしまった。
レナの手から抜け出したスライムはスキンヘッドの男の元へと戻っていく。
「レナ、大丈夫か?」
リリアンが倒れたレナを抱き起す。
「私は大丈夫、でもスーが!」
「スーは今、レナの事をレナだと認識できていないのかもしれない。契約は書き換えられて、あのスキンヘッドの男が
「そんな! レナあんなに大きくないし、髪の毛も沢山あるし!」
「可能性の話だよ。でもその可能性は高い。ちなみにスキンヘッドは髪の毛を綺麗に剃っているだけだから髪の毛は生えてくる」
それでも納得いかないのかレナはスライムに向かって叫び出した。
「こらー、スー! どうやったらそんな大きな男の人とレナを間違えるのよ! レナそんなツルツルの頭にした事ないじゃない!」
「だ、だれがハゲだ! 俺はハゲじゃない。これはファッションだ! 俺の髪の毛はふさふさなんだよ。以前はモヒカンにだってしてたんだからな!」
「なによおじさん、私のスーを返してよ! このドロボー! ドロボーヘッド!」
「誰がドロボーヘッドだ! もうこのスライムは俺のなんだよ。返せと言われて返すヤツがあるかってんだ!」
「何よ、女の子一人相手に大人二人で襲ってきて恥ずかしく無いの? そんな事じゃ女の子に嫌われるんだから!」
「誰が彼女いない歴=年齢だ! 俺だって女と付き合ったことくらいあらぁ! 今だって毎日食事を作ってもらってるんだからな! 金は払ってるけど!」
「それはただの食堂のお姉さんじゃないの! そんなことはどうでもいいの、スーを返して、返して、返してー!」
「やだね、やだね、やだねー! 返してほしかったら力づくで取ってみろってんだ!」
言葉の応酬が続き、ぜいぜい、はあはあと二人は肩で息をし始める。
「リリアンさん!」
「は、はいっ!」
鬼気迫る表情で振り向いたレナに驚いたリリアン。
「全力よ! 全力でスーを倒すの! 完膚なきまでに叩き伏せてスーに分からせるの」
「え゛っ!?」
180度の方針転換に驚いて変な声が出た。
「あ、まって……そうだわ。レナが自分でやれば……」
何かを思いついたのか、てててとリリアンの元に駆け寄ってきて、背伸びして彼女に耳打ちする。
「だ、だめだ、危険すぎる!」
「危険でもやるの。レナがスーを元に戻してあげるんだから!」
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