075 俺はレナのグロリアだからな

 レナの食事が終わって少しすると、ダンダンと扉を叩く音がした。


 レナは扉を開けるとそこには慌てた様子の男が立っていて、何か早口でしゃべり始めた。

 ちょっと遠くて何を言っているのか聞き取れないけど、普通ではない事は分かる。


 要件を告げ終えたのか、男は急いで走り去っていった。

 レナも慌てた様子で俺の入っているクラテルを掴むと部屋の外へと駆け出した。


 どうしたんだレナ? 何があったんだ?


 俺の問いかけに対してレナは「急いで行かないと」と呟いて必死に走っている。何をそんなに焦っているのかは分からないけど、レナが俺を抱っこして移動しないなんてよっぽどの事なんだろう。


 廊下も部屋と同じで辺り一面、天井から床から壁からがすべて石材で構成されている。そんな廊下を駆け抜けるとその先に人だかりが出来ていた。


 一体何があったのかと様子を探ると、そこには羽のついたハットを被り仮面をつけた一人の若い男と、レナによく似た金髪ドレス姿の少女と、そしてその二人を取り囲む沢山の男達がいた。

 あの仮面の男、男装をしている女だな。よくよく見ると胸のあたりや尻のあたりがきつそうだ。


 取り囲んでいる男達は皆グロリアを出していて、それによって二人の女の包囲がさらに厚くなっている。


 あの二人が誰だか知らないけど捕まえるつもりなのか?


 そんなに簡単に捕まる訳にはいかない、と言うかのように仮面の女がクラテルを取り出す。

 白い手袋が映える細長い指先。そこには長方形のクラテルが金色の光を放っている。


 クラテルから現れたのは全長1mほどの黄土色をした4足歩行のグロリア。その体は固い皮膚に覆われており、アルマジロのような姿をしている。あれはBランクのグロリア、アーマーテンペストだ。

 手足は短く素早く移動することが出来ないが、体をまるめて球形になって転がることで素早い動きを可能にしている。

 その固い皮膚の防御力と爆発的な体当たりの力とでかなり強い部類に入るグロリアだ。


 それを見て周りを取り囲んでいる男達の表情が強張る。

 なぜなら彼らのグロリアは、ストロングアーム、ハイハウンド、コールドボックスのようなDランクグロリアと、そこそこ強いアースライノス、ロックペッカー、ドリルライナーなどのCランクグロリアであるためだ。

 対する相手はBランク。ランクが一つ違うだけで強さに大きな違いがあるため、彼らに緊張が走っているのだ。


 相手は1体だ、ランクが高かろうとこの数にはかなうまい、と一人の男が周りを鼓舞したことで均衡が破られ、戦闘が始まる。


 だけど案の定、男たちのグロリアはアーマーテンペストに吹っ飛ばされて……一体また一体と戦闘不能になっていく。


 そんな様子に、まだまだ俺達もいるぞと囲いの後方に控えていた男達から新たなグロリアが呼び出されて、そして。


 お、レナ。俺達もやるのか?


 どうやらこの戦いに加わるようだ。

 レナは俺をクラテルから出すと、敗れた男達の前に出た。


 そんなに怯えなくても大丈夫だレナ。

 いくらアーマーテンペストと言えどもレナに仇なすやつは俺が絶対に許さないからな。さあ行くぞ!


 そうこうしているうちに俺達側のグロリアは全滅していて、残るは俺だけだ。


 ほら、レナ指示をくれ。消化液か? 体当たりか? 非常事態だから全力を出すぞ。場合によっては必殺技もありだ。


 そんな俺の意気込みに対してレナはまごまごしながら、とりあえず攻撃という指示を出した。


 お任せってことね。いいぞ俺の力を見せてやる。

 体当たりをくらえ!


 開口一番、俺は渾身の体当たりを繰り出す。

 それを迎撃するためにアーマーテンペストも体を丸めて体当たりを行って来た。


 体と体がぶつかり激しい音がする。

 スライムボディに衝撃が走り、俺はヤツの体にはじかれて後ろへと吹っ飛んだ。


 だけど一方的にやられたわけではない。ヤツも同様に後ろに吹っ飛んだからだ。つまり初手は引き分け。

 お互いの得意技の体当たりで引き分けたと言う事は、力が均衡していると言う事で……かなり手強い相手であることを身に染みて思い知る。


 ヤツと引き分けた様子を見たレナは勢いづいたのか、俺に対して連続攻撃の指示を出す。


 おっけーだレナ。相手に休む暇もなく攻めたててやるぞ。


 今度は素早さ重視で体当たりを数うつ作戦に出る。

 アーマーテンペストは防御の体勢。しのぎ切るということか。

 それじゃあ遠慮なくいくぞ。俺の攻撃が強いかお前の防御が強いか勝負だ。


 素早さに振った俺の体当たりはアーマーテンペストの体に当たるとはじかれてしまうが、はじかれて床にぶつかった反動を利用して体当たり! 角度を変えて体当たり! 体当たりが逸れた勢いで壁にぶつかった反動を利用して体当たり! と徐々にスピードを上げていく。


 どうだ、まだ耐えれるか?


 がしがしがしと何度も体当たりを行う俺。

 体を丸めてそれを耐えしのぐアーマーテンペスト。


 はた目からは攻撃と防御の意地のぶつかり合いのようにも見えるが……なんかおかしい。

 先ほどまであった俺を倒そうという気概がアーマーテンペストから感じられなくなっているのだ。

 一体何を考えてるんだ。


 変な思考が混ざったことで俺の体当たりの命中精度が落ちてしまい、甘い角度でヤツに当たったことで、俺はヤツの後ろへと転がり込んでしまった。


 うわっ、なんだ⁉


 すぐさま体勢を立て直して攻撃を続けようとしたその瞬間、俺の上に少女が覆いかぶさってきたのだ。


 ちょっと、やめなさい、今戦ってる最中なの、危ないの。


 俺は少女が怪我しないように加減しながら体をゆすり、少女を振り払おうとする。

 だけど少女はしっかりと俺のスライムボディを掴みこんでいて、なかなか俺から離れてはくれない。


 ええい、ケガしないでくれよ。


 俺は体表につるつる滑る液体を染み出させる。

 さすがの少女もその液体には勝てず、俺の体から滑り落ちてしまった。


 ふう、いったい何だって言うんだ。

 仕切り直しだ。


 俺はレナの元に戻り、今一度対峙する相手の姿を見定める。


 先ほどの少女がワーワーとこちらに叫んでいるが、今戦闘中なんだぞ、後で聞くから静かにしておいてよ。


 そんな少女の叫びに対して、レナも少女に叫び返している。

 うんうん。そうそう、俺はレナのグロリアだからな。


 この調子じゃあ戦いは中断だな、これは。

 俺は再開に向けて体のコンディションを整える事にする。


 叫び合戦がようやく終了して、レナも少女もぜえぜえはあはあと肩で息をして。

 息が落ち着いてきたレナは再びアーマーテンペストを倒すようにと指示を出した。


 あちらさんも先ほどの覇気のない感じとは異なり、メラメラと闘志を燃やしているようだ。


 いいだろう、レナのために勝つ!


 アーマーテンペストは体を丸めて体当たりの体勢だ。どうしても体当たりで決着を付けたいようだな。いいだろう、俺もそう思っていたところだ。受けて立つぞ!


 お互いに力をためる。一秒、二秒、三秒。

 決着を見守るため周囲は無言で静けさに包まれており、その時間が永遠のようにも感じる。


 そして……。

 お互いがタイミングを合わせたかのように渾身の体当たりを繰り出した。


 絶対に負けないぞ、勝ってレナに褒めてもらうんだからな!

 ……って⁉


 二つの塊がぶつかろうとする前の、そのわずかな時間。

 ヤツが体当たりの体勢をやめ、丸まりを解除したのだ。


 その短い手足をオープンにし、ぶつかり軌道からわずかに逸れたヤツは、俺の体とすれ違いざまにその手足で俺の体をがっしりと掴むと、じごくぐるまのように空中でぐりんぐりんと回転して……そして方向感覚がつかめなくなった俺を放り投げたのだ。


 くそっ、って、あ、危ない当たる!


 俺が方向感覚を取り戻した時、俺の体の軌道上にはあの少女の姿があった。


 このままでは怪我をさせてしまう。

 咄嗟に自分の体の力を抜いて、せめてもぷよぷよになって衝撃を減らしてと思って。


 俺が必死にそんなことをしているのに少女は逃げもせず、何故か右手を後ろに高く振り上げて――


「スーのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 大声と共におもいっきり勢いよく俺の体ははたかかれて、ぼてんぼてんと情けなく地面を転がったのだった。


 いてて、なんだよレナ、そんなに強く叩かなくてもいいじゃないか。


 震える体細胞を整えながらレナの姿を視界に捉える。


 あれ? レナ、いつのまにそっちに行ったんだ?

 いや、さっきの少女か? んんん?

 レナはこっちにいるけど。


 俺は自分の後に控えているレナの方を見た。


 な、なんじゃー、おっさんだー!

 スキンヘッドのおっさんだー!


 俺の後ろに居たのはレナではなくて、レナのクラテルを持った大柄の男だった。


 あ、あれ????

 どうなってるの??????


「レナ、スーが元に戻ったようだよ」

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