073 1億歩くらい譲って その2
俺はレナの腕の中から地面へと降り立ち、愚かな妄言を吐くガジャールへと怒気を向ける。
「なんだ? スライム。いっちょ前に
お前みたいな下等なグロリア、俺のグロリアでぺちゃんこにしてやる!!」
どうやら最後の警告を無視するようだな。
どうなってもしらんぞ?
「出ろ、ストロングギガント!!」
正方形のクラテルから現れたのは全長20mはあろうかという大巨人。薄汚れた黄緑色の皮膚をし、筋骨隆々なボディがさらされている。服や防具と言ったものは腰に巻いている腰ミノのみ。
一つ目ではなく人間と同じ二つ目の巨人で頭部に頭髪は無く、代わりに二本の突起、角が伸びている。
手には得物。金属でできたこん棒のようだ。あんな大質量の一撃を食らったらこの辺がクレーターになってしまう。
「あのグロリア……本で見たことある。確かAランクのグロリア!
スー気を付けて! Aランクグロリアと契約しているのはルーナシアで7人か8人だって、それだけ凄いって!」
Aランクの凄いグロリアを、屋外だからってほいほい出すんじゃない。
歩く天災と言われるほどのグロリアの集まりがAランクだ。
街中で軽々しく出していいものではない。規制する法律こそないが、強大な力を持つグロリアと契約する者なら当然の事だ。
「見ろこのグロリアを。Aランクグロリアだ。スライムごときでは相手にもならないぞ。それに武器は特注のマハリクト合金製だ。親父に言って作ってもらった。どうだ凄いだろう」
――ベコッ
レナが建物の影に隠れたことを確認した俺は、まずそのご自慢の武器に体当たりをぶちかました。
「へっ……? マハリクトこん棒が……」
俺の体当たりを受けたこん棒はその形を変え、ぐにゃりと曲がってしまった。
一ついいか? この広い場所なら俺は全力を出せる。狭い室内で被害を気にしていたレイキ君のツーハンドトップ戦とはわけが違う。
ただのスライムだと
俺は悪いやつは嫌いだ。それでも手加減して反省を促すくらいの度量は持っている。
だけど
二度とそんな事を考えないように完膚なきまでに叩きのめしてやる!
Xランクスライムの力、存分に見るがいい!!
――ドズゥゥゥゥッ
俺は渾身の体当たりをストロングギガントの鍛え上げられた腹に向かってぶちかました。
――ズゥゥゥゥン
ストロングギガントの足が重力を無視したかのように地面から離れ……そしてその巨体の重さを思い出したかのように地面へと落下した。
「な、なんだ? 何が起こったんだ。スライムだぞ。そ、そうだ、足を滑らせただけだ。おい、立てストロングギガント!」
無駄だ。俺の攻撃はこの上なく完璧に入った。
いかにストロングギガントであっても復帰には相当時間がかかるだろう。
「おい、聞いているのか、立てよ! 親父から聞いてるぞ、お前は凄い高かったんだぞ。一発で伸びてるんじゃないぞ」
あっあー。やっぱり金で買ったグロリアか。
どうせ国外から入手したんだろ。この程度がルーナシアのAランクグロリア
体当たり一発で分かったけど、錬度も低かったし輝力供給もほとんど行われてなかったからな。
もちろん俺が渾身の一撃を放ったから一発KOだったこともあるが、このストロングギガントも相手が俺じゃなく並みのグロリアなら圧倒的な強さを誇るんだろうけどな。まあ、俺を怒らせたのが敗因だな。
さてと。分かっているだろうなガジャール君。
次は君の番だ。レナに手を出そうとした事、死ぬほど後悔してもらおうか。
俺はぽよぽよとガジャール君の元に進む。
「ひっ! く、来るな!」
尻餅をついたまま後ずさろうとしているが、恐怖からかまともに体が動いていない。
「な、なんだよお前のその色、怒ってるのか、怒ってるから色がそんなに真っ赤になってるのか」
んんん?
体の一部を伸ばして見てみると確かに赤というよりは俺の本来の色、【真紅】に変わっていた。
ナバラ師匠がかけてくれた視覚誤認の力が消えてしまったのか?
ふと冷静に戻った瞬間、俺の体の色はレッドスライム特有の赤色へと戻った。
「先生あそこです」
そんな最中聞こえて来た声。
ガジャール君の取り巻きの女子学生達が先生を連れてきたようだ。
「お、おお。助かった。おい、俺を助けろ。この狂暴なスライムを何とかするんだ」
「ガジャール君、またあなたですか。事情は聴いたわ。許可されていない高ランクグロリアでの暴力行為。もはや言い訳はできませんよ」
「馬鹿、見てみろ俺のグロリアよりもそのスライムのほうが狂暴なんだぞ。俺のストロングギガントは一発でやられてしまったんだ」
「嘘も休み休み言いなさい。スライムがAランクグロリアを倒すわけないでしょ。あなたこの前停学が明けた所よね。登校してすぐに問題を起こすなんて、わかっているわね。行いを改めないと退学。確かそういう条件で何とか停学で済んでいたんでしょ」
「おいお前達、この頭の悪い先生はほっといて校長を呼んできてくれ」
「反省の色は無しですか。それでは退学ですね。分かっているとは思いますが、王立学校退学という不名誉を与えられると二度と貴族社会で活躍できないと思いなさい」
「このっ! 俺は大臣の息子だぞ。親父の力でお前をクビにしてやる!」
「ここは王立学校。王家直轄です。いかに大臣としてもその権限はありません」
「ぐっ……な、なあ、お前達からもなんとか言ってくれよ」
ガジャール君は取り巻きの二人の女子学生に助けを求める。
「…………」
女子達はその答えとして沈黙を返す。
「決定ね。学生番号5359ガジャール・マグラス。この場で退学処分を申し渡します。今この時からあなたは本校の学生ではありません。学外者は直ちに退去してください」
「お、おい。こら、俺は大臣の息子だぞ!」
「はいはい。大臣様のご子息様ね。偉い偉い」
先生のグロリアに首根っこをつかまれてガジャール君はいなくなった。
「その、ごめんなさい。先ほどはあなたにひどいことを言って。あなたにガジャールの手が及ばないようにああ言ったんだけど。ごめんなさい」
取り巻きだった女子学生がレナに謝って来た。
「私達、お父様の会社を潰すとあいつに脅されていて、仕方なく従っていたの。退学になったのならもう大丈夫。二度と貴族社会に復帰出来ないから」
二人共そんな事情があったのか。悪人判定してごめんね。
先に知っていればガジャール君にもっとキツイお仕置きを据えてやったのに。
でもまあ先生も言ってたけど、この学校を退学になるってよっぽどの事なんだな。
名誉と伝統を重んじる貴族社会でそれは再起不能の状態って事か。
「ありがとうレナさん。私達はあなたに救ってもらった。この御恩は必ず」
「別にお礼なんていいよ。悪いのは大臣の息子? だから」
なんで疑問形なんだレナ。もしかして名前を憶えてあげてないのか?
あんな事があったのにレナは大物だな。
ふふふ、ガジャール君も哀れだな。
もういいよ、それでは、とその場を後にしようとするレナ。
「いえ、そんなわけにはいきません。
そんなレナを逃がすまいと前後を挟みこむ二人。
「そうです、お姉さまと呼ばせてもらいます。私達を救ってくださったのはお姉さまなのですから。ずっと付いていきます」
キラキラとした信頼の眼差しをレナに向ける二人の女子学生。
どれだけ辛い思いをしていたのかは計り知れないけど、これで幸せになってくれるならいいことだな。
「お姉さま~」
「姉御~」
「お姉さまとか姉御とかやだー、こっちに来ないでー。スー助けてよー」
交友関係を広げておくのはいいことだぞレナ。
絆の形がどうなっているかはさておいて。
逃げるレナと追いかける二人。はたから見てるとキャッキャウフフしているように見えてほほえましい。
こうして大臣の息子ガジャール君事件は幕を下ろしたのであった。
だが、この時の俺はこの事件が後の事件の引き金になっていることを知る由もなかった。
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