071 グロリア研究家になるわ!
「ねえスー。レナ、伝え方が悪かったのかな。二人にスライムの事好きになってもらえなかった……」
お屋敷に帰ってきてからレナはずっとそれを考えているようだ。
スライムの事が好きではない少年との
多分、昔の自分を重ねてしまったのだろう。
だからこそあの子達にスライムが素敵な存在であると伝えたかったのだと思う。
「みんなにスライムの事好きになってもらいたい。スライムの良さを伝えたいの……」
――コンコン
部屋の扉がノックされる。どうやら夜ご飯の準備が完了したようだ。
レナはうかない表情のまま食卓に付き、もしゃもしゃと食べ始めた。おいしく食べないとご飯を作ってくれたメイドさんに失礼だし、レディの振る舞いではないと伝えると、ちゃんと分かってくれたらしくきちんとご飯を食べ始めた。
食後。マーカスパパが新聞を広げている。
「おっ、オニオンガッシュが発生させる霧に難病の治癒効果があるのか。著名なグロリア研究家ハーゲン氏が発見、ね。あのオニオンガッシュがねぇ。私も小さいころからオニオンガッシュは苦手でね。でも病気を治す効果があるのなら、すごいグロリアだなって見方も変わってくるな」
オニオンガッシュというのは植物系のグロリアで、端的に表現すると玉ねぎに手足が生えたような姿をしている。身を守るために体から霧を吹き出すのだが、それがやたらめったら眼にしみるため残念ながら世間一般での人気は低い。
「お父様、ちょっと見せてくださる?」
「興味があるのかいレナ。これだよ」
記事をのぞき込むレナと俺。
「お父様、オニオンガッシュの事好き?」
「ん? んー、そうだな。凄いグロリアなんだったら好きと言ってもいいかな」
「好きになったのね!」
「あ、ああ」
「スー、これよ! レナ、グロリア研究家になるわ!」
◆◆◆
レナのグロリア研究家になる発言に皆が驚いた。
理由を尋ねると、すごい発見をしてみんなにスライムの事を好きになってもらうの、ということだ。
驚いたとはいえパパは基本、レナの好きにやらせてあげるという立場。娘が自ら目標を定めたのなら反対する理由は無いと賛成に回った。
ママはグロリア研究家になっても恋愛結婚は出来るわよね、とその点をこだわっているだけなので賛成派。著名なグロリア研究家で結婚できていない人を知っているが、今はその話は伏せておく。
俺はと言うとだ。
グロリア研究家になってレナが幸せになれるのかという問題がある。仕事はきつくて基本的に貧乏だ。良家のお嬢様とは真逆の存在と言ってもいいだろう。お金が無くて満足に研究できない研究家もいると聞くし。
とはいえ、パパが賛成に回ったということは、レナのためにパトロンをするつもりなのだろう。お金の出所があれば十分な研究は出来るし、下手するとメイドさんを研究の助手にする算段かもしれない。
そう考えると、王族に
よし、俺も応援するぞ。
そうと決まったら今度の休みにでも偉大な先輩方に話を聞きに行こうじゃないか。
◆◆◆
俺達はメイドのバーナちゃんの飛行グロリア、マースピーガルのガルルに乗って一路ナバラ師匠の元に向かっている。
ナバラ師匠はレナの輝力を上げるために2年間修業をつけてくれたお方だ。つまりはもうレナの師匠であると言っても過言ではない。
通常、グロリア研究家になるには
なので金があるからと言ってノウハウの無いまま
実は俺自身はナバラ師匠の
マースピーガルでお屋敷から1時間半ほど。
辺り一面牧草が広がっている中にナバラ師匠の
山奥ではなくて平野に作られているんだな。このだだっ広い草原が一面
でも空から見た感じでは広大な敷地内にいるグロリアの数は少なかった。引退しているので仕方ないね。
ナバラ師匠には事前にお手紙でお訪ねすることは伝えている。
ちゃんとレナが書いたのだ。
その上で手土産を持ってお訪ねする。
ナバラ師匠はふわふわのパンケーキが好きだというレナ情報によりメイドさんに焼いてもらったものだ。
レナにとっては数か月前まで足
いやはや、地上で見ると本当に広い。一面大草原! っていう感じだ。遠くの方に申し訳なさそうに林があるくらいだな。
レナに抱っこされた状態だから視点は地面より上なのだが、広いものは広い。
先頭を行くレナにパンケーキが入った包みを大事そうにしっかりと手に持つバーナちゃんが続く。
俺たちが到着する音を聞きつけたのか、家の前でナバラ師匠が待ち構えていた。
黒色の大きな鳥グロリア、ヒエルゥもいるぞ。
ナバラ師匠お久しぶりです、と挨拶を行って中へと通してもらって。
客間というか皆が集まる部屋というか、そこでお話を伺う。
「さて、早速本題に入るのじゃが。レナがグロリア研究家になるのは難しい」
ナバラ師匠から出たのは衝撃の事実だった。
もちろんそう判断した理由を聞かなくては納得できない。
レナとしてもお世話になった師匠がそのように言う理由を知りたいはずだ。
続く口から述べられたのはこうだった。
「グロリア研究家というのは多くのグロリアの調査を行わなくてはならん。それらはすべて自身で契約したグロリアであるのが通常。2年間の修行でレナの輝力は増大したとは言え、スーへの輝力供給で一杯一杯じゃろう。つまり他のグロリアと契約する余地が無いという事じゃ」
「レナはスーの研究だけするから他のグロリアは必要無いのですが」
「まあまれにそういう研究家もおる。仮にレナがスーの生態について研究するという事にしよう。知っての通りスーは世間的にはレッドスライムという事になっておる。つまり世間のレッドスライムと異なった内容の論文を書くのは難しいじゃろう」
確かに。俺は実際この世界ではイレギュラーな
論文っていうのは再現性が無くてはだめだ。例えば俺が回復薬が吐けるからレッドスライムが回復薬を吐くという論文を書いたとしても、他の研究家が実証した際に確認ができず、結果として虚偽論文の烙印を押されかねない。
「この状態のままグロリア研究家になったとしても未来はない。厳しいようじゃが考えなおすほうがよい」
「でも、レナ、スーの、スライムの素敵さを皆に知ってもらいたい……」
うぐぐ、レナが悲しんでる。何とかしてあげられないのだろうか。いっそはぐれグロリア専門のグロリア研究家になって……、それじゃだめだ。レナの目的はオニオンガッシュの霧が難病に効くという研究でパパがオニオンガッシュを好きになったように、スライムの素敵な発見をしてみんなにスライムの事を好きになってもらうことだ。
「スライムの良さを知ってもらいたいというのが目的ならば、なにもグロリア研究家でなくても良いのではなかろうか。例えばグロリアランドで働いてスライムの良さを知ってもらうのも一つの方法じゃ。もう一度しっかり考えてみるとよい」
すまんレナ。俺にはナバラ師匠の正論に反論することが出来ない。
手土産のパンケーキも振る舞われたが、楽しんでそれを食べる、という雰囲気ではなく終わってしまった。
それからお屋敷に帰るまでずっと、レナは
お屋敷に帰ってからもそれは続いて……そんな塞ぎこんだレナの姿を見かねて、俺、パパ、ママによる知恵の出しあいで、スライムの良さを伝える方法がいくつも提示された。
レナも方法は一つだけじゃないと分かって、どれを選ぶのか、それを選んだら一番スライムの良さを知ってもらえるのかはじっくりと考える事にして。そうしてレナはいつもの元気を取り戻した。
将来の事について漠然としていてよく分かってなかったレナが自分で目的を見つけて、そして考えて。
結果として今回はうまくいかなかったけど、そうやって乗り越えて少しずつ成長していけばいいと思うんだ。
俺はいつでも横で応援してるよ。レナ。
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