070 スライムなんてよわいんだよ

 用事で隣町まで行ったその帰り道。

 エルゼーとは違った街並みを楽しみながら俺とレナは道を歩いている。町の規模は小さいながらも露店による市が恒常的に行われているらしく、見ていて飽きない。

 そんな市を通り過ぎ、人通りもまばらになって来た裏通り。


「あれ?」


 そんな中レナが何かを見つけた。

 それは路地と路地の狭い隙間。何か緑色の物体がその隙間に入り込もうとしているのだ。

 俺達はその奇妙な光景へと近づいていく。


「こら、あっちいけ、みつかるじゃないか。いうこときいてよ」


 隙間の奥の方から男の子の声が聞こえてくる。

 バレーボール大の緑色のぶよぶよの正体はスライム。かつての俺と同じFランクのやつだ。

 スライムは必死に隙間に入り込もうとしているようだが、隙間から伸びた手はその緑色の体を押し出そうとしている。


「おまえはいつもこうだ。ぼくのいうことはきかないし、グロリアをみつけたらとびかかるくせによわいからぜったいまけるし、みどりいろだし、ぶにぶにだし。もーっ、なんでおまえなんかしょうかんされたんだよ」


「ねえ、何してるの?」


「うわっ、みつかった! ごめん、ゆるして、って……おねえちゃんだれ?」


 日も傾き始めていくらか時間がたっている。影は伸び、路地の隙間も黒い影に覆われている。そんな中に潜んでいたのは声から推察した通り少年。年のころは5歳くらいだろうか。短髪で半袖短パンの少年は、いきなり現れた俺達に目を丸くしている。


「レナの名前はレナ。この子はスーよ。ねえ、その子スライムね。あなた、その子のこと嫌いなの?」


「きらいだよ……。ばかにされるんだ。のろまでよわいグロリアだって。ちがうグロリアがしょうかんできてたらばかにされなかったのに……」


「スライムは凄いんだよ。ひんやりしてるし、草を食べるところなんかすごく可愛いじゃない。丸い体はむにょんと伸びたりするし、たまに何か液体だしてぬめぬめしたりするのよ」


「それ、ぜんぜんすごくないし……。だってさ、リトルハウンドなんかキバとかツメとかすごいカッコいいし、スモールオックスなんかツノがつよそうでカッコいいし。なのにスライムは……」


 ああ、この年代の子はそういうのあるよね。カッコよさと強さが至上な所がさ。

 アニメとかでも主人公の5人のキャラはかっこいいから大人気だけど、サポート役のおっちゃんなんか見向きもされない。そういうおっちゃんはいぶし銀でかっこいいと思うんだけどな。

 ゴッコ遊びの時なんか、まだ強い悪役やライバルならワンチャンあるけど、弱い敵ザコの役をやるときは友達が楽しむ引き立て役でしかない。


「そんな事無いよ、スーは強いんだから。グレイウルフにも勝てるんだから!」


「おいリク。こんなところにかくれてやがったのか」


 白熱するスライム議論をさえぎって俺達の後ろから声をかけてきたのは、隠れている少年と同じ年頃の少年。


「あわわ、ケンちゃん……。お、おねえちゃんがわるいんだよ、みつかっちゃったじゃないか」


 うーん、まあ俺達が悪いと言われればそうかもしれないが。


「おまえのねえちゃんか?」


「ち、ちがうよ、しらないひと。ねえ、もうゆるしてよ……」


「いいからでてこい。そのまぬけなスライムもいっしょにだ」


 おそらくこの子が問題の子だ。ケンちゃんって言ったか。

 そしてスライムの契約者マスターリク君がケンちゃんに馬鹿にされているという構図か。

 そういうのは良くないからここは止めようレナ。


「あなたケンちゃんっていうの? スライムは凄いんだよ?」


 あ……レナの何かのスイッチが入ってしまった。


「なんだよねえちゃん、おとことおとこのたたかいにはいってくるなよ」


「レナの名前はレナよ。この子はスー」


「なんだ、ねえちゃんもスライムかよ。あははは、リクといっしょにスライムとか、あははは」


 おっと、可愛くない子だな。いかんいかん相手は子供。そして俺は大人。

 レナを馬鹿にされたからって大人げない真似は出来ない。


「何よ、スライムは強いんだから! ね、リク君。さあその強さを見せてあげるのよ」


「えっ、やだよ……。ぜったいかてるわけないよ」


「いいぜ、ほらリク、おれのグロリアとたたかえ。いつもみたいにコテンパンにしてやるよ」


 お姉ちゃんの馬鹿、と言いながらしぶしぶ戦いに挑むリク君。

 対するケンちゃんのグロリアはリトルフェザー。空を飛べる小さな鳥さんグロリアだ。


 同じFランクだからいい勝負……になるかと言うとそうではない。

 戦いが始まってすぐ、飛行するリトルフェザーに手も足もでずにリク君のスライムはやられてしまった。

 ケンちゃんの言う通り、確かに動きは緩慢で空からの攻撃に対処も出来ていなかったけど、意思疎通、つまりは契約者マスターとグロリアの絆も結ばれているとは言い難かった。


「ほらみろ、スライムなんてよわいんだよ。ザコザコ」


 ごめんなリク君。半泣きにさせてしまってごめんな。


「次はレナよ。スーは強いんだから!」


 えっ、子供の喧嘩に入っていくの⁉

 レナは12歳で圧倒的に大人なんだよ⁉


「いいぜ。いろがあかいからってスライムはスライムだ。おれのアルバーのほうがずっとつよいってことをみせてやる」


 えええ……。本当にやるのかレナ?

 もちろんよスー、コテンパンにしてね、というアイコンタクトがなされる。


 うーん、乗り気じゃないんだけど……。


 空を旋回するリトルフェザーアルバー。いつでも行けると臨戦態勢のようだ。


 はぁ、もう、仕方ないな。


「いくぞ! アルバーくちばしでこうげきだ!」


 始まってしまった。

 先ほどの戦いを見ていたけど、リトルフェザーアルバーの戦い方は急降下からのくちばし攻撃がメインだ。

 確かにその小柄な体でスピードに乗って襲ってくるので速いっちゃあ速いんだが――


 俺は体の一部をむにょんと変形させて、その場から動かずに攻撃を回避する。


「よけた⁉ いーや、まぐれだ。スライムがそんなへんなうごきするわけない。アルバー、れんぞくでこうげきだ!」


 何度も何度も襲い来る攻撃をむにょんむにょんと回避しまくる。

 4回目くらいで リトルフェザーアルバーの体力が尽きたのか攻撃がやむ。


 さーて、反撃するか。とはいえ空飛んでいるからなぁ。

 粘着弾とか撃ち込んでもいいんだけど、一応俺はレッドスライムってことになってるからそれほど逸脱した行動は出来ないんだよね。非常時は除く、だが。


「どうしたのスー、いつもみたいに体当たりよ」


 いやいやレナ、いつもはあの高さにいても余裕で体当たりをぶちかましてるけどさ、それは秘密なの忘れてないか?


 そういうわけで明らかに格下のグロリアとの戦いに苦慮しているわけです。

 どうしたものか悩んでいると。


「いいぞアルバー、とんでいるおまえにてもあしもでないぞ。さあもういちどこうげきだ!」


 こちらが攻撃できないと判断したケンちゃんが追撃の指示を出す。

 ああもう。みんな勝手な。


 ――むにょん


「ああっ、アルバーが!」


 今まで形を変えて回避していたが、もうやめだ。

 突っ込んで来た リトルフェザーアルバーを逆にスライムボディで受け止めて逃げられないようにした。

 さてさてこのまま戦闘不能になってもらうのだが、間違っても消化したり焼き鳥にしてはだめだ。


 くちばしが俺の体に刺さって抜けないアルバーは羽や足を必死にばたつかせている。


 飛ばれると厄介だな。よし。


 俺は赤い液体をばたつくアルバーにこれでもかとぶっかけた。


 俺は対外的にはレッドスライム。お忘れかもしれないが、レッドスライムは代謝を活性化させるピリ辛の液体を出すのが特徴なのだ。


 そういうわけで大量に赤い液体を浴びたアルバーは羽は濡れて体もびしょ濡れになって、重くなった事で飛行できなくなる。カタログスペック通りに辛い成分も入れておいたので、それが目に入ったら辛味が沁みてどうにもならなくなって……。


 俺の体から解放されたアルバーはフラフラと数歩だけ歩いて、ぱたりと倒れてしまった。


「スーの勝ち―、イエーイ!」


 俺を抱え上げ、くりんくりんと回転するレナ。

 大人げないぞレナ。レナは二人よりもお姉さんなんだ。それにレディの振る舞いも忘れてはいけない。


「く、くそっ! ずるいぞ、そのあかいのランクがたかいんだろ! そんなのまけるにきまってる。おれはスライムにまけたわけじゃないぞ!」


「そんな負け惜しみは聞きませーん。ケンちゃんは全スライムに負けたのよ」


 どうしたんだレナ。いつものレナらしくないぞ。

 スライムを馬鹿にされてるのが引っかかっているのか?


「ぐぬぬぬぬ」


 すごい悔しそうなケンちゃん。

 ごめんねうちのレナが大人げなくて。


「じゃあ負けた子は言う事を聞いてもらうわね。二人ともそこに正座ね」


「なんでだよ!」

「えっ、ぼくはかんけいない」


「男の子でしょ。いさぎよくなさい」


 ピシャリと言い放った。

 地面に正座させるのも良くないので、プルプル座布団を作り出して二人にはそれに正座してもらった。


 そこからレナのスライム素敵講義が始まった。

 スライムとはなんぞやから始まって、最終的には俺のべた褒め、言い換えればのろけだった。


「こらー! あんたこんな所にいたのかい!」


 そんな熱のこもった講義を中断したのは強そうな女性の声だった。


「げっ、かーちゃん!」


「あんたまたリク君に酷い事したんじゃないだろうね!」


「ち、ちがうよかーちゃん、おれおれ、おれがあのねーちゃんにひどいことされてるの!」


「あら可愛いお嬢さんだこと。うちの子が嫌な事しなかったかい? もしそんなことがあったら家に帰って尻を100回叩いておくから許しておくれよ」


「大丈夫ですよお母様。ケンちゃんは私のお話を熱心に聞いてくれましたから」


「あらやだお母様だなんて。おほほ、とりあえずこの子の尻を100回叩いておくわね」


「いえ、それよりもスライムを好きになってもらえたら――」


「へんっ、スライムなんてすきになるかよ!」


「あんた! また減らず口を。おっと、急いで帰らないと。それじゃあ可愛らしいお嬢ちゃん、待たね」


「あ、いたたた、みみひっぱらないで! わかったわかったから」


 慌ただしく現れたたケンちゃんママは、去り際も慌ただしかった。


「じゃ、じゃあぼくもこれで……」


「あ、待ってリク君、スライムは凄いの。ほら、スーはアルバーに勝ったでしょ」


「それはケンちゃんもいってたけどランクがちがうんでしょ」


「それはそうだけど、リク君のスライムも進化したら強くなるよ」


「そうかもしれないけど……こいつのランクがあがっても、ケンちゃんのグロリアもランクがあがったらけっきょくいっしょだよ。けっきょくかてなくて、またバカにされる」


「でも……」


 レナはそれ以上何も言えなかった。


 さよなら、とリク君はスライムをクラテルにしまって行ってしまった。


 レナはスライムの良さを伝えきれなくて、俺はレッドスライムを演じる上での戦い方に課題を残して。

 お互いに悶々とした気持ちの中、お屋敷に戻るのであった。

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